3
2

Delete article

Deleted articles cannot be recovered.

Draft of this article would be also deleted.

Are you sure you want to delete this article?

"動くものを書く。それは、動かすものと向き合うことから始まる。"

「このコードはハードウェアに近い」
そう語られることがある。

だが、“近い”とは一体何を意味するのか?

  • 制御レジスタを直接叩くことか?
  • 割り込みを自前で処理することか?
  • クロックサイクル単位での命令チューニングか?

この曖昧な表現の奥には、
ソフトウェアと物理の境界を巡る深い哲学的問いがある。

本章では、アセンブリという語彙を通して、
「ハードウェアに近い」とはどういう状態なのかを再定義していく。


そもそも「近い」とは何か?

「近さ」は本質的に抽象レイヤーの数で定義される。

  • C言語はアセンブリより高い
  • PythonはCよりもはるかに抽象的
  • OSのAPIはハードウェアの直接操作から隔てられている

つまり、**中間に介在する層が少ないほど、「近い」**とされる。

だがここで注意すべきは:

抽象を減らすこと=制御可能性を高めることではない

という事実である。


制御権と近接性:真の意味での「近さ」

真にハードウェアに近いとは、
**「抽象を超えて、動作そのものを制御できる」**ことを意味する。

例:

  • アセンブリで書かれた命令が、そのまま電気信号に翻訳されること
  • I/Oポートに書き込むことで、物理デバイスが反応すること
  • 割り込みベクタを操作して、CPUの挙動を直に変えること

ここで言う「近さ」は、相対的な物理的距離ではなく、
動作支配における直接性だ。


抽象の重ねすぎがもたらす「遠さ」

たとえば、以下のコードを考えてみよう:

print("Hello, world!")

この一行の背後には:

  • インタプリタ
  • 標準ライブラリ
  • システムコール
  • OSのI/Oマネージャ
  • デバイスドライバ
  • PCIバス
  • メモリマップトI/O

といった、数十層に及ぶ抽象が存在する。

このコードがどのタイミングでどのハードウェアを叩いているのかは、
書いた本人ですら知る由もない。

これこそが「遠さ」だ。


アセンブリにおける「近さ」の感触

アセンブリを書くとき、
設計者は次のような事実と対峙する:

  • レジスタは存在し、今ここで使える
  • スタックは触れば変わるし、壊せる
  • 割り込みは止めれば止まるし、呼べば発火する
  • メモリはアドレスでしかなく、誤ればクラッシュする

これが「近さ」だ。

  • 触れば壊れる
  • 壊せば止まる
  • 止まれば責任は設計者に帰す

この感触が、
高級言語では得られない「設計の実在性」である。


ハードウェアに近づくと、設計者は何を得るか?

  1. 動作に対する責任感

    • 成功も失敗も設計の結果と知る
  2. リソース感覚の獲得

    • メモリは無限ではなく、CPU時間は有限であることを肌で知る
  3. 抽象化の根拠を学べる

    • OSや言語設計が、なぜそう構造化されたかの“理由”が分かる
  4. 本質的な制御可能性の感覚

    • ソフトウェアが“可能性”ではなく、“物理”と向き合っている実感を得る

「近い」設計をすべきとき、すべきでないとき

向いているケース:

  • 組み込み開発
  • デバイスドライバ設計
  • リアルタイムシステム(RTOS)
  • セキュリティ/バイナリ解析
  • 自作OS、ブートローダ

向いていないケース:

  • 業務アプリケーション
  • Webフロントエンド
  • データベース設計
  • 高頻度のメンテナンスが必要な環境

「近い」設計は、高精度な理解と責任を要する。
適切に使い分けることが、設計者の成熟を示す。


結語:距離とは、制御できる範囲のこと

ハードウェアに近いとは、
物理的な「場所」ではなく、
設計者が責任を持って制御できる範囲のことである。

  • それは知識と経験によってのみ近づける
  • それは責任を負う意志がなければ近づけない

抽象に逃げることで得られる速度は、
ときに破綻と無理解を伴う。

だが近づくことで得られる遅さには、
設計の正確さと、動作の確かさがある。

"ハードウェアに近づくとは、世界に触れることだ。ソフトウェアの設計とは、本来そういうものだったのではないか?"

3
2
0

Register as a new user and use Qiita more conveniently

  1. You get articles that match your needs
  2. You can efficiently read back useful information
  3. You can use dark theme
What you can do with signing up
3
2

Delete article

Deleted articles cannot be recovered.

Draft of this article would be also deleted.

Are you sure you want to delete this article?