概要
**シングルトンパターン（Singleton Pattern）**は、
「あるクラスのインスタンスが常に1つであること」を保証する設計手法。
設定管理、ログ出力、接続プールなど、状態の一貫性が求められる場面で有効だが、
誤用すればテスト困難・密結合・副作用の温床ともなる。
本稿では Python におけるシングルトンの正統実装と、
適用判断の観点を洗練された設計思考として整理する。
1. シングルトンとは何か？
- 特定のクラスのインスタンスは「1つだけ」
- 再生成は同一インスタンスを返す
- グローバル状態に依存する処理に利用
2. Pythonにおける典型的な実装方法
✅ クラス変数によるインスタンス制御（最もシンプル）
class Singleton:
_instance = None
def __new__(cls):
if cls._instance is None:
cls._instance = super().__new__(cls)
return cls._instance
a = Singleton()
b = Singleton()
assert a is b # True
-
__new__()によって生成タイミングを制御 - 1度目は生成、2度目以降は同一インスタンスを返す
✅ デコレータで実現するシングルトン
def singleton(cls):
instances = {}
def get_instance(*args, **kwargs):
if cls not in instances:
instances[cls] = cls(*args, **kwargs)
return instances[cls]
return get_instance
@singleton
class Config:
...
→ 呼び出しインターフェースは通常のクラスと変わらず、設計に柔軟性を与える
✅ モジュールレベルでの自然なシングルトン（Pythonらしい）
# config.py
settings = {
"DEBUG": True,
"DB_HOST": "localhost"
}
# app.py
from config import settings
→ Pythonではモジュールは一度しかロードされない
→ 実質的にシングルトンと同じ振る舞いを実現できる
3. シングルトンの使用が適切なケース
- 設定オブジェクト：全体で一貫した設定状態を保持したい場合
- ログライター：ファイルや出力先の共有
- 接続プール・キャッシュ管理：高コストな初期化の回避
4. シングルトンの危険性とその回避法
| 問題点 | 説明 |
|---|---|
| 密結合になる | 多数の箇所が同じオブジェクトに依存する |
| テストが困難 | ステートフルでモック・再生成が難しい |
| 状態汚染が起きやすい | 副作用が蓄積されやすい |
✅ 解決アプローチ
- **DI（依存性注入）**により切り替え可能性を確保
- 明示的なライフサイクル管理で使用範囲を制限
- テスト時は
reset()メソッドやclear()などで状態を初期化
5. 実務でのベストパターン
✅ 設定クラスとしての応用
class AppConfig:
_instance = None
def __new__(cls):
if cls._instance is None:
cls._instance = super().__new__(cls)
cls._instance.env = "development"
cls._instance.debug = True
return cls._instance
→ 設定変更が即座に全体へ反映される
✅ ログ管理
class Logger:
_instance = None
def __new__(cls, filepath="log.txt"):
if cls._instance is None:
cls._instance = super().__new__(cls)
cls._instance.filepath = filepath
return cls._instance
def log(self, message):
with open(self.filepath, "a") as f:
f.write(message + "\n")
結語
シングルトンは、インスタンスの一意性という設計原則をコードで保証する構造である。
- Pythonでは多様なシングルトン実装が可能
- 状態の共有と制御を両立するためには、設計意図の明示とテスト性の担保が鍵
- オブジェクトの数を制御することは、構造と振る舞いの境界線を定義すること
Pythonicとは、“明示的に振る舞いを制限する設計の美学”であり、
シングルトンはその表現の1つに過ぎないが、極めて有力な武器である。