"危険な構文ほど、その使用には思想が問われる。"
Rustの unwrap()
は、しばしば“悪”として語られる。
多くのチュートリアルで初心者はそれを使い、ベテランは「使うな」と戒める。
だが、unwrap()
は本当に「避けるべき構文」なのだろうか?
それは単なる便利関数ではない。
Rustという言語が、**設計と安全性に責任を持たせるために提供した“覚悟の構文”である。
使ってよいのは、「使う理由を言語化できる者だけ」**なのだ。
unwrapとは何か?:Result/Optionの強制展開
let content = std::fs::read_to_string("config.toml").unwrap();
この一行は、「ファイルが存在しなかった場合はpanicせよ」という設計意思を示している。
つまり unwrap()
は、「成功することが確定している」と設計者が判断した値にしか使ってはならない。
「unwrapするな」ではなく「理由なきunwrapをするな」
unwrap
を絶対悪とする議論は、Rustの設計思想を矮小化している。
重要なのは、**「そのunwrapには設計上の意味があるか」**という問いだ。
適切なケース:
- テストコード内での
unwrap()
:エラーの検査が目的でなく、動作の確認が主である - サンプルコードでの
unwrap()
:論点をシンプルにする意図がある - 明示的な契約(e.g., 外部ライブラリの仕様上
None
にならない)を根拠とする場合
問題となるのは、「考えるのが面倒だからunwrapする」という設計放棄だ。
unwrapは“安全でない場所”を構文上に可視化する手段でもある
unwrap()
を使うということは、「ここでエラーが起きればプログラムは停止する」と言っているのと同じだ。
それはある意味で、明示的な危険区域のマーキングでもある。
let config = load_config().unwrap(); // ← ここが落ちる可能性のある地点
このように明示されていれば、設計上の見通しと保守性が高まる。
その意味で unwrap
は、“危険を隠さない”という誠実な構文とも言える。
回避可能なunwrapと、避けるべきunwrap
回避可能なunwrap(代替あり)
let user = find_user(id).unwrap();
これがエラーになる可能性がある場合、以下のように match
で明示的に扱うべき:
match find_user(id) {
Some(user) => { /* ... */ }
None => return Err("User not found"),
}
避けるべきunwrap(未知のエラーが混入している)
let response = reqwest::blocking::get(url).unwrap();
これは、ネットワーク状況、タイムアウト、プロキシエラーなど多様な失敗要因を包摂しており、
unwrapの利用は構造の安全性を壊す可能性が高い。
unwrap_or / unwrap_or_else / expect:意図に応じた構文選択を
Rustは unwrap()
の代替として、より安全なメソッドを用意している:
-
unwrap_or(default)
:失敗時に固定値を使う -
unwrap_or_else(|| ...)
:失敗時に関数で動的に生成 -
expect("理由")
:失敗時にpanicするが、“なぜそうしたか”を明示できる
let config = load_config().expect("設定ファイルが存在しないと起動できないため");
このように、expect
は unwrap
に理由を与える構文であり、
開発者の意図を構文としてコードに刻むための表現手段である。
unwrapの真価:設計の“例外”ではなく、“意図”の構文
Rustでは、すべてを網羅的に扱うべきだという圧力がある。
だが現実の設計では、「ここだけは例外的に安全だ」と判断する箇所もある。
そのような場所で、unwrap
は意図を明示する選択肢となる。
これは例外ではなく、構造上“あえて対処しないこと”をコードで表現する手段である。
unwrapの濫用は「思考の放棄」、適切な使用は「設計の責任」
unwrap
を使うべきでない理由は、危険だからではない。
「なぜそれを使ってよいか」を説明できないからである。
Rustは、設計者に問いかける。
「あなたは本当に、ここでunwrapしてよいと考えているのか?」
この問いに明確に答えられるとき、unwrap
は力強い味方になる。
そうでなければ、それはただの未処理の例外と変わらない。
結語:unwrapは、設計者の意図が試される構文である
unwrap
は設計の怠惰にも、設計の信念にも使える。
重要なのは、「なぜunwrapしたか」を設計の中で明確にできるかどうかだ。
Rustは、エラーを曖昧にしない。
その厳しさゆえに、unwrap
という構文が単なる補助関数以上の意味を持つ。
"構文は、思想を語る。unwrapは、その瞬間、設計者の信念そのものになる。"