概要

Pythonにおける with 文は、単なる構文糖ではない。
それはリソースの安全な確保と解放、
そしてスコープに紐づく副作用の抽象化を可能にする、
明確な意図を持った構造化制御の表現である。

本稿では with 文の動作原理、カスタムコンテキストマネージャの設計法、
さらには実務におけるリソース制御とエラーハンドリングのベストプラクティスを解説する。

1. `with` 文の基本構文と動作

with open("file.txt", "r") as f:
    contents = f.read()

__enter__() が実行されて as 変数に束縛
ブロック終了時に __exit__() が呼ばれて後処理

→ 明示的に f.close() を書く必要がなくなる
→ 例外が発生しても安全に後処理が実行される

2. `try/finally` との比較

f = open("file.txt")
try:
    contents = f.read()
finally:
    f.close()

→ 同等のことを with 文で1行に集約
→ 明示性・安全性・可読性のトリプル向上

3. カスタムコンテキストマネージャの定義

class Timer:
    def __enter__(self):
        from time import perf_counter
        self.start = perf_counter()
        return self

    def __exit__(self, exc_type, exc_val, exc_tb):
        from time import perf_counter
        self.end = perf_counter()
        print(f"Elapsed: {self.end - self.start:.3f}s")

with Timer():
    heavy_computation()

→ 副作用（ログ出力・ロック解放など）をスコープに紐づけて自動化

4. `contextlib` による簡易定義

✅ 関数ベースでの定義

from contextlib import contextmanager

@contextmanager
def tag(name):
    print(f"<{name}>")
    yield
    print(f"</{name}>")

with tag("section"):
    print("content")

→ 明確な構造をもった前後処理の抽象化に使える
→ HTML, テンプレート制御, ログ, トレースなど多用途

5. 例外処理との連携

class Guard:
    def __enter__(self):
        print("enter")
        return self

    def __exit__(self, exc_type, exc_val, tb):
        if exc_type:
            print(f"Exception caught: {exc_type.__name__}")
            return True  # 例外を抑制する
        print("exit cleanly")

→ トランザクションのロールバック処理や再試行制御にも応用可能

6. 実務的ユースケース

✅ DBトランザクションの制御

with db.transaction():
    update_user()
    delete_log()

✅ ファイル書き込みの整合性確保

with open("output.txt", "w") as f:
    f.write(data)

✅ ロックの管理

from threading import Lock
lock = Lock()

with lock:
    critical_section()

よくある誤解と対策

❌ `with` 文はファイル専用？

→ ✅ with は**「状態のスコープ制御」全般に使用できる**。I/O以外でも有効

❌ `with` は処理の可読性を下げる？

→ ✅ むしろ逆。副作用の範囲が明示されるため、設計が読みやすくなる

❌ `exit()` は例外がなければ呼ばれない？

→ ✅ 常に呼ばれる。例外の有無を区別して処理できるようになっている

結語

with 文は、Pythonにおける**「構造的副作用制御」の標準構文**である。

__enter__ / __exit__ による明示的なライフサイクル制御
スコープとリソースを一致させるための宣言的構文
抽象化によってエラー耐性・再利用性・設計明快性を担保

Pythonicとは、“状態とスコープを一致させ、意図を構文で明示すること”であり、
with 文はその思想を最も静かに、かつ強力に体現している。