"コードを書く以前に、設計は定義されていなければならない。Cargo.tomlはその最初の契約である。"
Rustにおいて、Cargo.toml はただの設定ファイルではない。
それは**設計者がプロジェクトに対して最初に交わす“構造と責任の契約書”**である。
ここには、プロジェクトの名前やバージョンだけでなく、依存関係、機能分割、ビルドの条件、外部との接続性――
つまり「このプロジェクトが、何を前提に、何を目的に構成されているか」がすべて集約されている。
この章では、Cargo.toml を中心に、Rustにおける構造的依存設計とビルド思想を掘り下げる。
Cargo.tomlとは何か？：設計思想を記述するメタ構文
[package]
name = "my_project"
version = "0.1.0"
edition = "2021"
この数行には、すでに次の設計意図が含まれている：
- このプロジェクトは
my_projectという意味空間に属している - バージョン
0.1.0という進化の段階にある - 2021年のRustエディションを使うという構文設計選好を持つ
Cargo.tomlは、設計の抽象的輪郭を定めるドキュメントであり、Rustにおけるすべての構造はこれに基づいて解釈される。
[dependencies]：依存関係は設計責任の外部化である
[dependencies]
serde = "1.0"
reqwest = { version = "0.11", features = ["json"] }
依存を追加するとは、**「自分で実装する責任を、信頼できる外部に委譲する」**ことを意味する。
その際、次のような設計的判断が常に伴う：
- 信頼性（このcrateはメンテナンスされているか？）
- 安定性（APIは壊れないか？）
- コンプライアンス（ライセンスはプロジェクト方針と合っているか？）
Cargo.tomlで依存を宣言することは、単なるリンクではない。
それは**「このプロジェクトは、これらの他者に支えられて成立している」という設計の透明化**である。
[features]：構造の可変性を制御する構文
[features]
default = ["json"]
json = ["serde", "serde_json"]
featuresは、機能のON/OFFを制御する設計構文である。
これは、構造的に「ビルド時に必要なものだけを取り込む」ことで、
- バイナリサイズを抑える
- 必要な機能だけを有効化
- コンパイル時間を最小化
といった最適化を可能にする。
これはつまり、「設計上の変化点を、構文で制御する文化」をCargo.tomlが担っているということだ。
dev-dependencies / build-dependencies の設計意味論
[dev-dependencies]
rand = "0.8"
[build-dependencies]
cc = "1.0"
Rustは、「依存は目的によって分離されるべきである」という思想をCargo.tomlに埋め込んでいる。
-
dependencies：本番バイナリに必要な最小構造 -
dev-dependencies：テストやベンチマークなど開発補助 -
build-dependencies：ビルドスクリプトでのみ使う（例：Cコードのビルド）
これにより、**「この依存はなぜ存在するか」**という設計的意味が構文上で明示できる。
[workspace]：プロジェクトを設計単位で束ねる構文
[workspace]
members = [
"core",
"utils",
"cli"
]
workspaceは、複数のcrateをひとつのpackage空間として管理するための構文である。
これは、次のような意図を構文化する：
- 構造の分割（crate単位）
- ビルド・テスト・ドキュメント生成の一貫化
- モノレポ的運用の実現
つまり、workspaceは「構造の分割」と「管理の一体化」を矛盾なく共存させる設計構文なのだ。
Cargo.lock：依存の“揺るがない未来”を確定する
Cargo.lockは「この依存構造は、今この時点ではこれである」という構築済み未来の証明である。
- 明示的に固定化されたバージョン
- チーム・CI間でのビルドの再現性
- サプライチェーンの透明化
Cargo.lockは、Cargo.tomlで定義された“抽象的依存”を、**確定的な具体として封じ込める構文的錨（いかり）**である。
Cargo.tomlが表す“構文としての構造主義”
Rustは言語として、構文で設計を語ろうとする。
Cargo.tomlはその筆頭だ。
- プロジェクトの思想（edition）
- 社会との接続点（依存）
- 拡張と変化の可能性（features）
- 統合された複数の視点（workspace）
- 再現性という未来の定義（lock）
これらがすべて、設定ファイルという表層の奥に、設計思想として眠っている。
結語：Cargo.tomlは構造と信頼の最初の約束
Rustの設計思想は、「構文で意味を語る」という一点に収斂している。
Cargo.tomlはその最初の媒体であり、プロジェクトの構造、責任、依存、変化、分離、連携をすべて構文で定義する。
それは、設定ファイルという名前を超えた、意味のフレームワークであり、
設計の透明性を保証するための初期宣言である。
"Cargo.tomlはただのファイルではない。それは設計を生む前の、設計そのものである。"