IT技術者/専門家に開発されたIT技術やシステムは、その程度の違いはあるが、その背景にある倫理観や思想を実現する方向で実現される。そのため、将来の開発されるであろうIT技術・システムを予想、想像する際に、背景にある倫理観や思想は有効なヒントとなる。
この記事は、IT技術者/専門家の倫理観や思想の中で、最も有名で影響力のあるもののひとつ、StevenLevyの「HackerEthics」を取り上げる。
#Steven LevyのHacker Ethics
Steven LevyのまとめたHackerEthicsは次の6つである。
- コンピュターへのアクセス、加えて、何であれ、世界の機能の仕方について教えてくれるものへのアクセスは無制限かつ全面的でなければならない。
実地体験の要求を拒んではならない!
(Access to computers and anything which might teach you something about the way the world works
should be unlimited and total. Always yield to the Hands-On Imperative!)
- 情報はすべて自由に利用できなければならない。 (All information should be free.)
- 権威を信用するなーー反中央集権を進めよう。 (Mistrust Authority -- Promote Decentralization.)
- ハッカーは、成績、年齢、人種、地位のような、まやかしの基準ではなく、そのハッキングによって判断されねばならない。
(Hackers should be judged by their hacking, not bogus criteria such as degrees, age, race, or position.)
- 芸術や美をコンピュータで作り出すことは可能である。 (You can create art and beauty on a computer.)
- コンピュータは人生をよいほうに変えうる。 (Computers can change your life for the better.)
#Hacker Ethicsとは
日本語では「ハッカー倫理」と訳される。ITの発展に多大に寄与してきた「Hacker」と呼ばれた人々の観点に立つ倫理観・道徳である。
SetenLevyが著書「ハッカーズ」(1984年)でこのEthicsを発表したことで、広く世に知れわたることになった。今でもIT技術者/専門家のEthicsとして最も有名なものの一つである。
当時のHackerに共通した倫理観をLevyがとりまとめたもので、Levyが提唱したというものではない。
米国の1960-70年代の若手エンジニアとして活躍したHackerの思想が強く反映されたこのEthicsは、自由主義的で共同体主義的な(いわゆるヒッピー文化と重なるような)考え方が見られる。
参考 STEWART BRAND 「WE OWE IT ALL TO THE HIPPIES」(TIME誌 SPECIAL ISSUE, Spring 1995 Volume 145, No. 12)
なお、ここでいう「Hacker」は、技術力の高いエンジニア、もしくは専門家という意味。当時からHackerは技術はあるが反社会的な活動をおこなう如何わしい者たちというイメージをもたれていたが、Levyは意図的にその悪意を排除しよう努めているようである。
「ethics」には「倫理」「道徳」(=ethic)に加えて「倫理学」「道徳原理」という意味も含んでいるが、それは「Hacker Ethics」に述べられる「倫理」が、世間一般が信じえる典型的な倫理ではなく、世の中に異なる価値観が存在しているのだから常に大多数の信奉する倫理と一致しなくても正当性がある、ということが強調された「倫理」を示しているように思われる。
#LevyのHackerEthicsに対する批判と対立
「Linuxは、知的財産という観点から見れば、何にでも取り付くガン細胞のようなものだ」
「皆がオープンソースを使えば、すべてをオープンソースにしなければならなくなる」
マイクロソフトCEO スティーブバルマー
「HackerEthics」もしくはそれに類する考え方は、当時から一般的な規範、慣習、モラルとギャップがあった。現在の価値観に照らし合わせても同様である。たとえば、個人のプライバシーの保護は、ITに求められる重要な観点の一つだが、「HackerEthics」では(意図的であるかどうか別にして)触れられていない。
そのため、「HackerEthics」のような考え方に対する批判は、数多く行われている。マイクロソフトCEOスティーブ・バルマーが行ったオープンソースに対する批判は、その顕著な例の一つである。
一方で、「HackerEthics」の信念から、シェアウェアや組織による情報の管理を強く批判するエンジニアも存在し、厳しい対立も見られた。
#今も続く、その影響
「『情報は自由(タダ)を求める(Information wants to be free)』と言ったのが1984年。
それからちょうど20年になるが、今もなお、この考え方は有効だと思っている」
「今のような形のコンピューター・コミュニケーションの技術が登場してから約50年。
この流れは、あと30年ぐらいは続くんじゃないか」
スチュアート・ブランド
「必要なのは、信用ではなく暗号化された証明に基づく電子取引システムであり、
これにより希望する二者が信用できる第三者機関を介さずに直接取引できるようになる。」
サトシ・ナカモト
巨大組織に占有されたコンピュータ、情報を個人のものにしたパーソナルコンピュータやインターネット、フリーウェアを実現するGPLライセンスやオープンソース、さらに権力機関や特別な権限を持つ発行者を否定する通貨であるbitcoinなど、その影響は現在においても容易に見ることができる。
SNSによる情報の管理、著作権や企業秘密の拡大が見られる現在のIT業界において、「HackerEthics」はすでに存在しない、という主張もあるが、過去、現在の影響を鑑みると、これから開発される技術やシステムにおいても一定の影響力を与え続けることは十分予想できる。ITの今後を占う際には、知っておきたい倫理である。