概要
次の量:
$$\rho(E):=\frac{4}{\pi W}\sqrt{1-\left(\frac{2 E}{W}\right)^2}\theta\left(1-\left(\frac{2 E}{W}\right)^2\right),\tag{1}$$
に対して
$$G(z)=\int_{-\infty}^\infty\mathrm{d}E\frac{\rho(E)}{z-E},\tag{2}$$
を計算しよう.ここで$\theta(x)$はステップ関数,$E\in\mathbb{R}$はエネルギ,$W>0$はバンド幅,$z\in\mathbb{C}, \Im z\neq 0$である.また,
$$\int_{-\infty}^\infty\mathrm{d} E\rho(E)=1,\tag{3}$$
となるように規格化されている.結果は,
$$G(z)=\frac{2}{z+\sqrt{z+\frac{W}{2}}\sqrt{z-\frac{W}{2}}},\tag{4}$$
である.ただし,平方根の切断線は負の実軸上に設定してある:
$$\lim_{\delta\searrow 0}\sqrt{-1+\mathrm{i}\delta}=\mathrm{i},\tag{5a}
$$$$
\lim_{\delta\searrow 0}\sqrt{-1-\mathrm{i}\delta}=-\mathrm{i}.\tag{5b}$$
導出
まず,(1)式を(2)式に代入する:
$$G(z)=-\frac{4}{\pi W}\int_{-1}^1\mathrm{d}x\frac{\sqrt{1-x^2}}{x-a},\tag{6}$$
ここで$a:=2z/w$とおいた.以下の積分を計算すればよい:
$$I:=\int_{-1}^1\mathrm{d}x \frac{\sqrt{1-x^2}}{x-a}.\tag{7}$$
留数定理を用いて$I$を評価しよう.そのために,以下の複素積分を考える:
$$\oint\mathrm{d}u f(u),\tag{8}$$$$f(u):=\frac{\sqrt{u+1}\sqrt{u-1}}{u-a}.\tag{9}$$
平方根は多価関数であるから,積分路を陽に示す前に注意すべき点がある.
我々は平方根について標準的な切断線を考える.
複素$u$平面において$\sqrt{u\pm 1}$が不連続になる部分 (切断線) を$u\pm 1<0$の直線にとる (図1, 2).
図1. 複素$u$平面における$\sqrt{u+1}$の切断線.
図2. 複素$u$平面における$\sqrt{u-1}$の切断線.
このように切断線をとると,複素$u$平面における$\sqrt{u+1}\sqrt{u-1}$の切断線は$[-1,1]$の線分になる ($u+1<0$の部分は不連続の原因となっている位相がキャンセルして切断線でなくなる).その結果,図3のような複素$u$平面を考えることになる.
図3. 複素$u$平面における$f(u)$の切断線と特異点.
留数定理を使うには,複素$u$平面の切断線を横切らないように,かつ特異点に触らないように積分路を設定する必要がある.
そこで,図4のような積分路を考えよう.
図4. 青線は積分路を示す.$C,C'$は実軸上から僅かに離れており,$\gamma,\gamma'$の半径も無限小とする.
図4の青線で示される積分路で(8)式を積分しよう.無限遠点側を積分路の内部と見ると,積分路の内部には$u=a$と$u=\infty$の2個しか特異点がない.したがって留数定理により$$\oint\mathrm{d}u f(u)=-2\pi\mathrm{i}\mathop{\mathrm{Res}}_{u=a}f(u)-2\pi\mathrm{i}\mathop{\mathrm{Res}}_{u=\infty}f(u),\tag{10}$$を得る.右辺の負符号は,特異点を右手に見ながら積分することから来ている (特異点が左手側にある場合は正符号).それぞれの留数の値は
$$\mathop{\mathrm{Res}}_{u=a}f(u)=\sqrt{a+1}\sqrt{a-1},$$$$\mathop{\mathrm{Res}}_{u=\infty}f(u)=-\mathop{\mathrm{Res}}_{v=0}\frac{f(1/v)}{v^2}=-a,$$である.ここで,無限遠点での留数計算は変数変換$v=1/u$によって原点での留数計算に帰着させて求めた.したがって
$$\oint\mathrm{d}u f(u)=-2\pi\mathrm{i}\sqrt{a+1}\sqrt{a-1}+2\pi\mathrm{i}a,\tag{11}$$を得る.左辺は図4のように積分路を分けて書くと
$$\oint\mathrm{d}u f(u)=\int_\gamma \mathrm{d}u f(u)+\int_{\gamma'}\mathrm{d}u f(u)+\int_{\mathrm{C}}\mathrm{d}u f(u)+\int_{\mathrm{C}'}\mathrm{d}u f(u)$$である.$\gamma,\gamma'$上の積分は半径ゼロの極限で消える.また
$$\int_{\mathrm{C}}\mathrm{d}u f(u)=\mathrm{i}\int_1^{-1}\mathrm{d}x\frac{\sqrt{x+1}\sqrt{|x-1|}}{x-a}=-\mathrm{i}\int_{-1}^1\mathrm{d}x\frac{\sqrt{1-x^2}}{x-a}=-\mathrm{i}I,$$$$\int_{\mathrm{C}'}\mathrm{d}u f(u)=-\mathrm{i}\int_{-1}^{1}\mathrm{d}x\frac{\sqrt{x+1}\sqrt{|x-1|}}{x-a}=-\mathrm{i}\int_{-1}^1\mathrm{d}x\frac{\sqrt{1-x^2}}{x-a}=-\mathrm{i}I,$$であるから,結果として
$$I=\pi\sqrt{a+1}\sqrt{a-1}-\pi a=\frac{-\pi}{a+\sqrt{a+1}\sqrt{a-1}},$$を得る.これを(6)式に代入すればよい.