一般論
不規則系の理論研究で非常によく使われる近似手法の1つ:CPA (coherent potential approximation) についてまとめておく1.
基本事項
次のハミルトニアン$\mathcal{H}$で記述される1粒子問題を考える:
$$\mathcal{H}:=\sum_{k\alpha\alpha'}|k\alpha\rangle(\hat E_k)_{\alpha\alpha'}\langle k\alpha'|+\sum_{i\alpha\alpha'}|i\alpha\rangle(\hat V_i)_{\alpha\alpha'}\langle i\alpha'|,\tag{1}$$ここで$|k\alpha\rangle$と$|i\alpha\rangle$はそれぞれ波数$k$とサイト$i$によって指定される1粒子状態であり,$\alpha$は状態を指定するために必要なその他の量子数の集まりとする.$\hat E_k$と$\hat V_i$は遷移確率振幅を表し,ハット記号は$\alpha$を添字とした行列になっていることを意味する.また,
$$|i\alpha\rangle=\frac{1}{\sqrt{N}}\sum_k \mathrm{e}^{\mathrm{i}k R_i}|k\alpha\rangle,\tag{2}$$の関係にある.$R_i$はサイト$i$を表す位置ベクトル,$N$は全サイト数である.$k$や$R_i$は空間の次元に合わせて適当なベクトル量であるとする.
この模型において,オンサイトエネルギ$\hat v_Q$を持つ$M$種類のイオン$Q=1,2,\ldots,M$が不規則に配置され,$\hat V_i$がこのどれかの値を確率 (または濃度) $c_Q$で取るものとする.この問題をCPAで扱うとき,コヒーレントポテンシャル$\hat\Sigma(z)$は次の連立方程式 (CPA条件) から決定される:
$$\hat G(z)=\frac{1}{N}\sum_k\frac{1}{z\hat 1-\hat E_k-\hat\Sigma(z)},\tag{3a}$$$$\hat G(z)=\sum_Q c_Q\frac{1}{\frac{1}{\hat G(z)} -\hat v_Q+\hat\Sigma(z)},\tag{3b}$$ここで,$\hat G(z)$は局所Green関数,$\hat 1$は単位行列であり,また
$$\sum_Q c_Q=1,\tag{4}$$である.コヒーレントGreen関数は
$$\hat G_k(z)=\frac{1}{z\hat 1-\hat E_k-\hat\Sigma(z)},\tag{5}$$である.
数値計算法
CPA条件 (3) は,いわゆるself-consistent方程式となっており,非常に簡単な場合以外では数値計算によってのみ解くことができる.ここではTurekらの手法2を紹介する.多少アレンジされているが3,$n$回目のイタレーションに用いる漸化式は$$\hat\Sigma_n=\hat\Sigma_{n-1}+\frac{1}{\hat G_{n-1}}-\left(\sum_Q c_Q\frac{1}{\frac{1}{\hat G_{n-1}}-\hat v_Q+\hat\Sigma_{n-1}}\right)^{-1},\tag{6a}$$$$\hat G_n=\frac{1}{N}\sum_k\frac{1}{z\hat 1-\hat E_k-\hat\Sigma_n},\tag{6b}$$である.ここで,第$n$回目のイタレーションで得られるコヒーレントポテンシャルを$\hat\Sigma_n$,それを用いた局所Green関数を$\hat G_n$と書いた.
具体例として,エネルギ$\epsilon$におけるコヒーレントポテンシャルの遅延成分を求めることを考えよう.
- 初期値:$\hat\Sigma_0$を与える.例えば,$\hat\Sigma_0=\sum_Q c_Q \hat v_Q-\mathrm{i}\delta\hat 1$とする.$\delta>0$は十分小さい実数とする (ここで「遅延」という情報が入る).
- $\hat G_0=\frac{1}{N}\sum_k\frac{1}{\epsilon\hat 1-\hat E_k-\hat\Sigma_0}$を計算する.ここで$\epsilon$の情報が入る.
- $\hat\Sigma_1=\hat \Sigma_0+\frac{1}{\hat G_0}-\left(\sum_Q c_Q\frac{1}{\frac{1}{\hat G_0}- \hat v_Q+\hat\Sigma_0}\right)^{-1}$を計算する.
- $\hat G_1=\frac{1}{N}\sum_k\frac{1}{\epsilon\hat 1-\hat E_k-\hat\Sigma_1}$を計算する.
- 以下同様.
上記のイタレーションを,$\hat\Sigma_n$の変化が十分小さくなるまで続ける.コヒーレントポテンシャルの先進成分を求めるときは$\delta<0$に選べば良い.
具体例
簡単に解ける問題や適用例.
手で解ける,またはMathematicaでお手軽に数値計算できるような例を追記予定.
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解説文献は論文,和・洋書と多数ある.例えば,松原武生編「物性I─物質の構造と性質 新装版 現代物理学の基礎6」,岩波書店 (2011),p. 407 (米沢富美子担当の付録) がある.付録なのでコンパクトである.最近出た和書では同じく米沢富美子の「不規則系の物理――コヒーレント・ポテンシャル近似とその周辺」,岩波書店 (2015) がある.こちらは岩波での誤植が修正&大幅に加筆された結果,1冊の本になっている.手っ取り早くCPAを理解したい者 (または使いたい者) には向かない.CPAに至る歴史や数学的根拠に興味がある者向け. ↩
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I. Turek, V. Drchal, J. Kudrnovsky, M. Sob, P. Weinberger, ELECTRONIC STRUCTURE OF DISORDERD ALLOYS, SURFACES AND INTERFACES, Kluwer Academic Publishers (1997), p. 299. ↩
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private communication. ↩