はじめに
本稿はACCESS Advent Calendar 2022の20日目の記事としてお送りします!
テーマ選定理由
僕は昨年まで某研究室でヘビ型ロボットの研究をしていたのですが,研究室にいたロボたちは当然卒業と同時にお別れになります.コロナの影響もありそこまでたくさん実験で使えたわけではありませんが,寂しいものは寂しいので「自前で1から作ってみよう!」と思い立ったのがきっかけでした.
思い返せば,当時の興味や色々なお声掛けが相まってヘビ型ロボット黎明のあたりをきちんと勉強しきらないまま社会人になりました.せっかくの趣味開発ですのでまったりサーベイしながら進めていこうという気持ちのもと,本稿のテーマ設定に至りました.
今回読む論文はこちら
ほふく(匍匐)運動の生物力学的研究-定常直進滑走時の体形曲線-[1] です.この論文はヘビロボの元祖である広瀬茂男先生のチームが発表した論文で,「生き物のヘビってぐねぐねすると前に進めるけど,あの形って定式化するとどうなるのか?」というポイントを解析した論文です.この論文では解析から得られた曲線をSerpenoid Curveと名付けており,この後のヘビロボの研究に大きな影響を与えています.
読んでみましょう
せっかくなので,論文がサクサク読めると評判の落合陽一先生流の読み方 [2]で読み進めてみようと思います.本稿は想定読者がロボット系の技術者/研究者とは限りませんので,この形式でまとめることで「で,結局なにが嬉しいのか?」の部分が少しでも伝わりやすくなることを狙います.
また,論文で述べられていた内容の紹介と,僕の感想の区別を分かりやすくするため,後者には(by-bsl)を各文の文末につけることにします.それではいってみましょう!
どんなもの?
一般に動物の運動の様子は必ずしも一定とはなりませんが,とある条件の下に整った環境で運動する際には規則的なリズムや体形を示すことが多いでしょう.例えば,魚が穏やかで開けた海を一直線に泳いでいる運動,鳥が羽ばたいて飛んでいる風景,人間が淡々と二足で歩いている様子を思い浮かべると分かりやすいと思います(by-bsl).
この論文ではヘビのほふく運動に着目し,標準的な運動体形を解析しています.運動生理学的に自然で無理のない体形曲線として「曲率が曲線に沿って正弦波状に変化する曲線」と仮定したものがモデルとして良く合うと主張し,これをSerpenoid Curveと名付けました.
先行研究と比べてどこがすごい?
先行研究として,N.Rashevskyによる三角波の近似,J.GrayやG.Taylorらによる正弦曲線の近似があり,これらは近似曲線に基づいて地上と水中のほふく運動について論じています.またH.Hertelは滑走体形の曲線を正弦波を$x$方向と$y$方向に合成したMeander曲線で近似できると主張していますが,いずれも「主にほふく運動の力学解析のための一つの前提として提示され,実際にヘビの滑走体形をある程度近似はしているが,生理学的な根拠は考慮されていない」という課題がありました.すなわち,「ヘビは生き物なのでこう動いたら無理がなく自然だろう」という視点が無かった,と述べられているわけです(by-bsl).
そこでこの論文では,ヘビが左右に屈曲する脊椎骨と拮抗筋が200~400組並んでいることに着目し「筋収縮は連続で滑らかな変化をとるはずだろう」という仮定に基づいた体形曲線を提案しています.この視点により,従来と比較して最も運動生理学的に自然である体形曲線を実現し,ロボット実機への応用では滑らかな人工ほふく推進が実現したと述べています.
技術や手法のキモはどこ?
この論文のキモはやはり3.2節のSerpenoid Curveの定式化でしょう.
曲率が曲線に沿って正弦波状に変化する曲線は,曲線上の位置$s$に対する偏角$\theta(s)$は,次式で表されます.ここで,$A$は最大偏角を表す定数,$l$は体形曲線の1/4長さです.
\theta(s) =A \sin \left(\frac{\pi}{2} \frac{s}{l} \right)
またSerpenoid Curveそのものは同じく体軸上の位置$s$を媒介変数として,次式で表されると結論付けられました.導出に関して書くにはQiitaの余白は狭すぎるので,本誌[1]の付録をお読みください(by-bsl).
\begin{align}
x(s) &= sJ_0(\alpha)+\frac{4l}{\pi}\sum_{m=1}^{\infty} \frac{(-1)^m}{2m}J_{2m}(\alpha)\sin\left( m \pi \frac{s}{l} \right) \\
y(s) &= \frac{4l}{\pi}\sum_{m=1}^{\infty}(-1)^{m-1} \frac{J_{2m-1}(\alpha)}{2m-1}\sin\left(\frac{2m-1}{2} \pi \frac{s}{l} \right)
\end{align}
どうやって有効だと検証した?
シマヘビを様々な摩擦条件の人工芝生上で滑走させ垂直真上方向から連続写真を撮影することで,実際の滑走体形を観測しています.実験の結果,Serpenoid Curveが最も実測曲線に近いこと,従来研究の円弧正弦曲線などは近似度がかなり劣ることを示しました.くねり角が異なる場合の近似度も同様にして3例の比較を行い,Serpenoid Curveのみが3例を通じて実測体形の標準偏差内に含まれ,実際のヘビの体形をよく近似すると結論付けました.
議論はある?
滑走体形の決定は,滑走力学,エネルギ効率,操縦や制御などに大きな影響を与える要素であるため,より詳細な考察が必要であると述べられています.
この論文では二次元平面をほふく運動する体形について着目して議論が展開されていますが,実際のヘビは多様な移動方法を獲得しているので他の歩容にも注目する必要があると考えられます(by-bsl).
次に読むべき論文は?
本稿では生き物のヘビの運動体形を論文として文献[1]を読んでみましたが,次はヘビ型ロボットのoverviewをまとめた文献[3]を読む予定です.Serpenoid Curveによる歩容も含めてもう少し俯瞰的な内容が掲載されています(by-bsl).
おわりに
本稿では,生き物のヘビの歩様について解析し体形曲線について提案した論文[1]について読んでみました.今後はこれを実験するための実機開発や,制御にも着手予定です.
明日は@hnishiさんの記事です.お楽しみに!