心理学の応用可能性
私は専攻の勉強をしていくなかで、心理学の観点から、人とAIの関わりについてこれからもっと研究が盛んになっていくのではないかと考えています。もともと心理学は下記のようにAIの誕生に関わっており、近接した分野であるため、心理学的な観点からの研究はAIの発展や浸透に役に立つと考えられます。そこで、心理学のいくつかの領域において、具体的にどのようなアプローチができるか考えてみました。
認知心理学
認知心理学は、人間のインターフェースとしての五感を通じて、人々がどう物事を捉えるか、またはそれらの感覚器官から得られた情報を高次のレベルでどう処理しているか検討する分野で、そういった人間の情報処理モデルの理解は初期のAIの構想にインスピレーションをもたらしています。今後はAIがつくったものや出力した判断に対して、人間がどう認知するか、といった還元する形での研究も行われていくと個人的には考えています。
社会心理学
社会心理学では従来人々の集団の内外における行動や対人行動について研究がなされてきました。今後、AIやロボットがある程度主体的な判断ができる(ようにみえる)水準となってきたとき、そういった「社会」や「コミュニティ」といった枠組みに、AIやロボットを含むタイプの研究が可能になるのではないかなと思っています。AIやロボットが生活に溶け込み、人々をサポートしていくようなSF的な未来のあり方も、こういった研究を通じて共生のあり方を探っていけるのではないでしょうか。
臨床心理学
認知心理学や社会心理学と違い、現場で心の疾患や悩みと実践的に向きあう臨床の研究分野があります。たとえば近頃は医療の現場でも、診断など様々なフェーズで AIの導入が検討され始めています。一方で、臨床心理の分野ではまだそこまでAIの応用の検討は進んでいないと思いますが、それはやはり人の心の状態を把握したり、その状態を変化させるのは人間でも高度な経験的知識が要求されることでもあり、データとして形にしにくいものであることが挙げられると思います。対人の精神療法において、AIやテクノロジーがどのような形で導入できるかは、心理学の臨床現場でこれから研究されていくのではないでしょうか。
研究紹介
ここで、自分が取り組んだ研究についても軽く触れようと思います。
認知心理学専攻の私は、AIが発揮する(したように見える)意図性や創造性を、人々はどう捉えるかという観点から実験を組みたてました。
先の夏くらいから画像生成AIがエンジニア界隈を超えて大きく盛り上がっていましたよね。私の場合、はじめに具象的な絵画作品を30枚収集し、それらと同じテーマの絵画をStable diffusionを用いて8月末から9月にかけて30枚生成しました。実験の参加者にはそれらの絵画の魅力度を評価してもらい、作者を判別してもらう試行を実施しました。
美術作品のメッセージ性、意図性は作品の美しさや魅力、価値を左右する要素です。ですのでその要素の中身で分類し、条件を分けることで意図性を実験の中で操作したかったのですが、現時点では倫理的な観点から、AIで非行にはしる描写やいびつで醜い表現は生成が難しく、そのようなアプローチが成り立ちませんでした。そこで、道徳的/倫理的な描写の文章・ニュートラルな文章・反道徳的な文章の3段階のいずれかを絵画作品のテーマを補足するものとして付け足すことで、そのような意図性の道徳的な側面を代替的に操作しました。
もともと神経科学的な研究から「美しい」と「善い」の知覚は脳の同じ部位が共通して活性化することが知られており、美的感覚と道徳性の間にも何かしらの関連があると考えられています。というよりもむしろ、目に見えないが良いとされる規範意識という意味では、道徳を「高次の美」と定義することも可能だと考えられます。(このあたりの話は石津智大著・『神経美学』を参照しています。気になった方は読んでみてください。)
実験の結果としては、意外とAIが描いたから、人間が描いたから、という観点バイアスはそこまで見られず、それよりも、AIの絵においても道徳性が高い絵の方が評価が高くなる傾向が認められました。ただ、道徳性の高い文脈の絵画の方が人間が描いたものだと思われやすく、反対に道徳性の低い(反社会的な行動を描いた)分脈の絵はAIによるものと考えられやすいこともわかりました。
他の結果や考察は今回は割愛させてもらいますが、この記事で心理学的なアプローチにも興味を持っていただけたら嬉しいです!皆さんも是非心理学や神経科学の論文を見かけたら読んでみてくださいね。