レコーディングスタジオの音を再現する 〜ヘッドホンの音をエミュレートする試み〜
自分で作成した音声データを、市販の人気イヤホンで聴くとどのように聞こえるのか——そう思ったことはないでしょうか。しかし、複数のイヤホンやヘッドホンを購入して試すのは、時間も費用もかかります。
そこで注目したのが「音のエミュレート(再現)」という方法です。現在手元にあるイヤホンやヘッドホンの音を、別の機種の音に近づけることができれば、手軽に音質の違いを体験できます。
スタジオ標準機・MDR-CD900STの音を再現したい
レコーディングスタジオの映像を見ると、頻繁に登場するヘッドホンがあります。それが SONY MDR-CD900ST です。日本の音楽制作現場では定番とされるこのモデルが、どのような音を出すのか興味を持ち、周波数特性を調べてみました。
その特性は、全体的には「ハーマンターゲットカーブ」に近いものの、低音がやや控えめにチューニングされています。つまり、この周波数特性に近づけるようにイコライザーを設定すれば、MDR-CD900STの音質に似せることが可能になります。
AutoEqの補正データを活用する
イコライザー設定の作成には、「AutoEq」というプロジェクトが非常に役立ちます。AutoEqは、さまざまなヘッドホンやイヤホンを ハーマンカーブに補正するためのEQデータ を公開しており、その補正設定を 反転 させることで、逆に特定の機種の音に寄せることができます。
たとえば、「Sony MDR-CD900ST ParametricEQ.txt」をAutoEqから取得し、15バンドのPEQフォーマットでインポートしたあと、**EQ設定を反転(inverse)**することで、MDR-CD900STの音質を再現する補正が完成します。EffeTuneなどのツールを使えば、この手順も比較的簡単に行えます。
エミュレートされた音の印象
こうして作成したMDR-CD900STの音質に近い補正を試すと、低音が控えめで、聴き疲れしにくい音になります。ただし、全体的にはハーマンカーブよりもやや「ぼやけた」印象を受けるかもしれません。一方で、人の声は非常に明瞭に聞こえるという特徴もあります。
もちろん、このようなエミュレーションが 本当に実物の音に近いかどうか は、実機と直接聴き比べてみないとわかりません。しかし、傾向として似た音質を目指すことは十分可能です。
補正の基本手順
- 手持ちのイヤホンをAutoEqでハーマンターゲットに補正
- ターゲットとなるヘッドホンのAutoEqデータを反転し、その補正を加える
この手順により、所有しているイヤホンを、特定の機種の音に近づけることができます。
PEQ設定を反転するツール「peq-inverter」
このプロセスを支援するための簡易ツールとして、**「peq-inverter」**というHTMLとJavaScriptで作られたプログラムがあります。
使い方
- AutoEqで取得した「ParametricEQ.txt」ファイルをブラウザ上で読み込み
- 「反転設定を保存」をクリックすると、逆補正されたファイルがダウンロードされます
これにより、煩雑な手作業なしに、PEQ設定の反転処理を手軽に実行できます。