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最低限のクロスコンパイラの作り方

Last updated at Posted at 2015-01-29

興味を持ったアーキテクチャの機械語を眺めるための、最低限のクロスコンパイラの作り方を説明します。全部入りbinutilsも紹介します。

※ 実用的な開発は目的としていません。指定するオプションも最小限に抑えています。

熱血!アセンブラ入門の最初に登場するPowerPCを例に説明しますが、gccでサポートされているアーキテクチャであれば同じ方法が使えます。

※ 同書よりも新しいgccを扱うため、いくつか新しいアーキテクチャが使えます。差分は最後の方にまとめています。

ビルド対象

  1. binutils: アセンブラ、逆アセンブラ、リンカなど
  2. gcc: コンパイラ

準備

gccが使える環境が必要です。

WindowsではMSYS2を使う前提で説明します。

依存ライブラリ

gcc-4.3以降は次のライブラリに依存しています。

使用しているパッケージ管理システムなどからインストールしてください。

MSYS2での例を示します。

$ pacman -S mpc-devel

※ mpc-develだけインストールすれば他も依存関係で入ります。

自分でビルドするときは次のようにすれば良いでしょう。

環境変数
$ export CPPFLAGS=-I/opt/cross/include LDFLAGS=-L/opt/cross/lib
オプション
$ ./configure --prefix=/opt/cross

ビルド

ビルド手順を示します。速いマシンだと10分程度で終わります。

ダウンロード

binutilsは執筆時の最新版、gccは4.6.4を使います。

$ wget http://ftp.gnu.org/gnu/binutils/binutils-2.25.tar.bz2
$ wget http://ftp.gnu.org/gnu/gcc/gcc-4.6.4/gcc-core-4.6.4.tar.bz2

gcc-4.6を使っているのは以下の理由によります。

  • gcc-4.5以前は新しいmakeinfoでエラーが出る
  • gcc-4.7以降は配布物が全部入りとなり巨大

展開

適当なディレクトリでソースを展開します。

$ tar xvf binutils-2.25.tar.bz2
$ tar xvf gcc-core-4.6.4.tar.bz2

パッチ (MSYS2)

MSYS2では環境を認識するように修正が必要です。

$ cp /usr/share/automake-1.15/config.* gcc-4.6.4

※ この手の修正は新しい環境では良くあることなので、知っていれば役立つかもしれません。

ビルドディレクトリ

ビルドはソースの外で行うのが流儀です。ビルド用のディレクトリを作成します。ディレクトリ名は任意ですが、ここではgccで指定するターゲット名に合わせます。

※ 先ほどのコマンドに続けて入力することを想定しています。以降も同様です。

$ mkdir powerpc-elf
$ cd powerpc-elf
  • powerpc: CPU名
  • elf: バイナリ形式(ELFファイル)

binutils

ビルドディレクトリを作って入り、相対パスでconfigureを呼びます。

$ mkdir binutils
$ cd binutils
$ ../../binutils-2.25/configure --prefix=/opt/cross --target=powerpc-elf

configureのオプションは次の通りです。

  • --prefix: インストール先
  • --target: 対象とするアーキテクチャ

ビルドします。-j22はCPUのコア数に合わせて調整すると(例:4コアなら-j4)、ビルド時間が短縮できます。

$ make -j2

ビルドが完了したらインストールします。

$ sudo make install

※ MSYS2ではsudoは不要です。

ディレクトリを抜けます。

$ cd ..

エラー対策

MSYS2でmake中に次のようなエラーで止まることがあります。

39 [main] make 7628 child_info_fork::abort:(略): Loaded to different address: parent(0x440000) != child(0x630000)
make: fork: Resource temporarily unavailable

その場合は次の方法で対処してください。

  1. MSYS2のターミナルをすべて閉じます。
  2. MSYS2がインストールされたディレクトリにあるautorebase.batを実行します。
  3. コマンドプロンプトのウィンドウが出て、数分後に自動的に閉じます。文字は何も表示されません。
  4. MSYS2のターミナルを開いて先ほどのディレクトリに移動して、もう一度makeを試してください。

次の情報を参考にしました。

gcc

binutilsと同様の手順ですが、makeのターゲットに-gccが付いているのに注意してください。

※ これを付けないとライブラリがビルドされてエラーになります。

$ mkdir gcc
$ cd gcc
$ ../../gcc-4.6.4/configure --prefix=/opt/cross --target=powerpc-elf
$ make -j2 all-gcc
$ sudo make install-gcc

※ MSYS2ではsudoは不要です。

ビルド時間

参考としてbinutilsとgccのビルドにどれくらい時間が掛かるかを示します。

OS CPU クロック ジョブ 時間 ウィルス対策
Windows 8.1 (MSYS) Athlon 64 X2 4600+ 2.40GHz -j2 57m14.069s Windows Defender
Windows 8.1 (MSYS2) Athlon 64 X2 4600+ 2.40GHz -j2 27m13.587s (オフ)
Windows 8.1 (MSYS2) Athlon 64 X2 4600+ 2.40GHz -j2 30m08.217s Windows Defender
Windows 8.1 (MSYS2) Celeron N2830 2.16GHz -j2 38m26.803s Windows Defender
Windows 7 (MSYS2) Core i5-3320M 2.60GHz -j2 15m37.006s (オフ)
Windows 7 (MSYS2) Core i5-3320M 2.60GHz -j4 12m32.296s (オフ)
Windows 7 (MSYS2) Core i5-3320M 2.60GHz -j4 21m37.818s Virus Buster
  • 同じマシンでも無印MSYSよりMSYS2が高速
  • HTの効果は約1.25倍
  • ウィルス対策はかなり足を引っ張る

使用方法

ビルドしたPowerPC用クロスコンパイラを使ってみます。

パス

標準でパスの通っていない /opt/cross にインストールしたため、使用前にパスを通します。

$ export PATH="/opt/cross/bin:$PATH"

毎回やると面倒なので ~/.bashrc などに記載しておくと良いでしょう。

テスト

どんなコードが生成されるのかテストします。

※ ビルドディレクトリから出て、適当なディレクトリを作ってそこで作業してください。

add.c
int add(int a, int b) {
    return a + b;
}

コンパイルします。

  • -nostdlib: Cのライブラリ(libc)などをリンクしません。存在しないため指定しないとエラーとなります。
  • -g: 逆アセンブル時にC言語の該当箇所を表示するためデバッグ情報を有効化します。
  • -O: 最適化します。出力される機械語を単純にするために利用しています。外したものと対比してみると良いでしょう。
$ powerpc-elf-gcc -nostdlib -g -O add.c
/opt/cross/lib/gcc/powerpc-elf/4.6.4/../../../../powerpc-elf/bin/ld: 警告: エントリシンボル _start が見つかりません。デフォルトとして 0000000001800054 を使用します

※ 警告は無視します。

出力されたバイナリ(a.out)を逆アセンブルして、どんな機械語が出力されているかを確認します。

  • -S: C言語のソースと対比しながら逆アセンブルします。対象は-g付きでコンパイルされている必要があります。
$ powerpc-elf-objdump -S a.out

a.out:     ファイル形式 elf32-powerpc


セクション .text の逆アセンブル:

01800054 <add>:
int add(int a, int b) {
    return a + b;
}
 1800054:       7c 63 22 14     add     r3,r3,r4
 1800058:       4e 80 00 20     blr

引数がr3r4で渡されて、戻り値はr3で返される様子が読み取れます。

他のアーキテクチャ

targetを変えれば色々なアーキテクチャがビルドできます。

どんなアーキテクチャがあるかは次の記事を参考にしてください。

IA-64

リンクを分けないとエラーになります。

NG
$ ia64-elf-gcc -nostdlib add.c
/tmp/ccYFwywB.s: Assembler messages:
/tmp/ccYFwywB.s:14: Warning: Explicit stops are ignored in auto mode
/opt/cross/lib/gcc/ia64-elf/4.6.4/../../../../ia64-elf/bin/ld: so が見つかりません: No such file or directory
collect2: ld はステータス 1 で終了しました
OK
$ ia64-elf-gcc -c add.c
$ ia64-elf-ld add.o
ia64-elf-ld: 警告: エントリシンボル _start が見つかりません。デフォルトとして 40000000000000b0 を使用します

SH64

リンクを分けるとエラーになります。

OK
$ sh64-elf-gcc -nostdlib add.c
/opt/cross/lib/gcc/sh64-elf/4.6.4/../../../../sh64-elf/bin/ld: 警告: エントリシンボル start が見つかりません。デフォルトとして 0000000000001000 を使用します
NG
$ sh64-elf-gcc -c add.c
$ sh64-elf-ld add.o
sh64-elf-ld: sh5 アーキテクチャ (入力ファイル`add.o') は sh 出力と互換性がありません
sh64-elf-ld: 警告: エントリシンボル start が見つかりません。デフォルトとして 0000000000001000 を使用します
sh64-elf-ld: 最終リンクに失敗しました: 不正な値です

オプションを指定する必要があります。

OK
$ sh64-elf-gcc -c add.c
$ sh64-elf-ld -mshelf32 add.o
sh64-elf-ld: 警告: エントリシンボル start が見つかりません。デフォルトとして 0000000000001000 を使用します

テストスクリプト

参考までにコンパイル・リンク・逆アセンブルを一発でやるスクリプトの例を示します。

※ 前述の理由でSH64には使えません。

/opt/cross/bin/testgcc
#!/usr/bin/env bash
arch=$1
tmp=`mktemp`
shift
$arch-gcc -o $tmp -c -O -g -fomit-frame-pointer $@ &&
    $arch-ld $tmp &&
    $arch-objdump -S a.out
rm -f $tmp
使用例
$ testgcc ia64-elf add.c

全部入りbinutils

binutilsは全部入りにできます。これさえあれば様々なCPUのバイナリを逆アセンブルできます。

いくつか注意点があります。

  • gccは全部入りにできません。個別に指定してビルドするしかありません。
  • アセンブラがうまく機能しないため、ほぼ逆アセンブラ専用となります。gccとセットでビルドするbinutilsにはアセンブラが不可欠なため、全部入りがあっても依然としてbinutilsのビルドは必要です。

パッチ (MSYS2)

MSYS2ではこのパッチが必要です。

$ wget https://raw.githubusercontent.com/Alexpux/MSYS2-packages/1ec8aa42e0892f04400039ea1e5ede51ffc4d35e/binutils/binutils-trunk-msys2.patch
$ patch -p1 -d binutils-2.25 < binutils-trunk-msys2.patch

ビルド

$ mkdir all
$ cd all
$ ../binutils-2.25/configure --prefix=/opt/cross --enable-targets=all --enable-64-bit-bfd --program-prefix=all-
$ make -j2
$ sudo make install

※ MSYS2ではsudoは不要です。

使い方

コマンドにall-の接頭辞を付けます。

$ all-objdump -S a.out

自動ビルドスクリプト

参考として自動化したスクリプトを置いておきます。あくまで参考のため無保証です。

MSYS2用パッケージ

pacmanからインストールできるパッケージを用意しました。

熱血!アセンブラ入門のサンプル

次のサイトで公開されています。

Makefileから不要なアーキテクチャをコメントアウトして、PREFIXを修正すればとりあえず使えます。

パッチ

ここで紹介している方法で作った全アーキテクチャに対応するパッチです。

差分は次の通りです。

  • 除去: m6811-elf, strongarm-elf, xscale-elf
  • 追加: bfin-elf, m32c-elf, microblaze-elf, moxie-elf, rx-elf, score-elf, sparc64-elf, spu-elf

具体的には次を参照してください。

ARC

64ビット環境ではarc-elfがエラーになるため、コメントアウトした方が良いでしょう。

---- compile (arc-elf.c => arc-elf.s)
/usr/bin/arc-elf-gcc \
                -fno-builtin -nostdinc -nostdlib -static -O -Wall -g  \
                -fverbose-asm -fomit-frame-pointer  -o arc-elf.s -S arc-elf.c
arc-elf.c: 関数 ‘return_short_upper’ 内:
arc-elf.c:49:1: エラー: 認識できない命令:
(insn 5 4 6 3 (set (reg:HI 68 [ <retval> ])
        (const_int -18 [0xffffffffffffffee])) arc-elf.c:48 -1
     (nil))
arc-elf.c:49:1: コンパイラ内部エラー: extract_insn 内、位置 recog.c:2109
Please submit a full bug report,
with preprocessed source if appropriate.
See <http://gcc.gnu.org/bugs.html> for instructions.

gcc内の中間言語RTLのLISP風表記が見えています。

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