はじめに
水文学や土壌物理を学ぶ上で必要になる「水ポテンシャル」ですが、初学者にとってはとっつきにくくて難しく感じる人が多いのではないでしょうか?
そこで、今回は「水ポテンシャル」について解説していきたいと思います。ただし、今回は水ポテンシャルを初学者にもわかりやすく説明するために一部厳密ではない表現がありますがご了承ください。
水ポテンシャルとは
導入
まずは難しい話は一旦置いといて、身近な例を考えてみましょう
Q.1 コップの中に水を入れてコップをさかさまにするとどうなるでしょう?
聞くまでもありませんね 下に向かって落ちます。(この時期に「落ちる」とか言ったら受験生から刺されるのでは...)
では、なぜ水が落ちたのでしょう?ほとんどの人は「水には重力が働いているからだ!」と答えるのではないでしょうか。では、次の例を考えてみましょう
Q.2 植木鉢に土をつめて、その上から水を入れるとどうなるでしょう?
さっきの「水には重力が働いている」ことを考えると、入れたすべての水は植木鉢の下から出てくるはずですが、おそらくそんなことはないと思います。たくさん水を入れれば一部は下から出てくるかもしれませんが、多くは土の中にとどまって出てこないでしょう...どうして?
このことを矛盾なくシンプルに説明するために登場するのが「水ポテンシャル」というわけです!!
水ポテンシャルの定義
水ポテンシャルは「水の単位質量当たりのエネルギー」で定義されます。ただし、水の場合は単位換算が容易に行えるので単位体積あたりや単位重量あたりで扱うことの方が多いです。ここで大事になるのが、物体はポテンシャル(≒エネルギー)の高い方から低い方に移動する という事実です。このあたりの話はあとで詳しく扱うので、一旦スルーしていただいて構いません。とりあえず、「ある2つの場所の水ポテンシャルがわかれば水の動きがわかるんだなあ みつを」ぐらいに思っておいてください
次は水ポテンシャルついてもう少し具体的に説明していきます
各ポテンシャルとその意味
水ポテンシャルにはいくつかの種類があり、各ポテンシャルを全部足すことで全ポテンシャルを求めることができます。ここではそれぞれのポテンシャルについての意味について説明していきます
①重力ポテンシャル $\phi _{g}$
まず、最初のコップの例を思い出してください。水を入れたコップはひっくり返すと水が落ちましたよね?その理由は「水には重力が働いているから」でした。ここでちょっと考え方を変えてみましょう。物体はポテンシャルの高いところから低いところに向かって移動するんでしたよね(水ポテンシャルの定義のところで述べました)。ということは水が落ちたのはポテンシャルが高い方から低い方に移動したと考えることができます。今回だと高さが高いところから低いところに水は落ちていきました。つまり
(位置的に)高いところにある水は高いポテンシャルを持つ
と考えられます。これを式にすると$$\phi _{g}=\rho _{w}g(z-z _0) $$ となります。高さが$z$ではなく$(z-z _{0})$になっているのは、ある基準$z _{0}$からの高さを考えているためです。
②マトリックポテンシャル $\phi _{m}$
次は植木鉢の例を思い出してください。上から注がれた水は本来なら重力ポテンシャルの差によって下に移動するはずでした。しかし、一部の水は土の中にとどまりました。このことをポテンシャルの考え方を用いて説明していきます。
物体はポテンシャルの高い方から低い方に移動するんでした。逆に、物体のポテンシャルが同じ場合はどうなるのでしょうか?答えは「(見かけ上)動かない」となります。今回、土壌水が落ちてこないということは土の中では水のポテンシャルがどこでも等しくなっているのです。ここで登場するのが「マトリックポテンシャル」です。
マトリックポテンシャルは簡単に言うとスポンジや土が水を吸収する力によって生じるポテンシャルです。乾いたスポンジは水につけると勝手に水を吸収しますよね。これがマトリックポテンシャルによる水の移動です。
ではここで質問です。マトリックポテンシャルは正の値ですか?負の値ですか?正解は「負の値」です!水を吸収するということは水がスポンジの外から中へ移動することですよね。しつこいけど物体はポテンシャルの高い方から低い方へ移動しますから、水を吸収するにはスポンジの中のポテンシャルを低くする必要があります。逆に言えば、マトリックポテンシャルが作用して水ポテンシャルが低くなったことで水が吸収されたと考えることができます。
③圧力ポテンシャル $\phi _{p}$
次は水をたっぷり含んだスポンジを想像してください。このスポンジをどこかに置いても、スポンジから水は(そんなに)出てこないと思います。じゃあ、このスポンジを上からギューッと押すとどうなりますか?たぶんスポンジから水が出てきますよね。なぜでしょう?(馬鹿にしているわけではありません)これもポテンシャルで説明が可能です!
さて、スポンジ上部に圧力を加えたことで、内部の水のポテンシャルが変化します。ここで、ポテンシャルは圧力を加えたことで大きくなったと思いますか?小さくなったと思いますか?正解は「大きくなった」です。スポンジ内部の水は圧力が加えられたことでポテンシャルが大きくなり、よりポテンシャルの低いスポンジの外へ移動したというわけです。
このように、ある場所の水が圧力を受けているときには圧力ポテンシャルが生じます。土壌物理学や水文学においては土壌の上部に水が乗っかっていることで、水の重みによる圧力ポテンシャルが生じているケースが多いです
④浸透ポテンシャル $\phi _{o}$
一般的に水ポテンシャルを考える場合は,重力ポテンシャル,マトリックポテンシャル,圧力ポテンシャルの3つに注目すればいいです.ただし,浸透圧が作用するような場合(海岸付近の土壌中の塩水遡上とか?)は,浸透ポテンシャルも考慮する必要があります.
浸透ポテンシャルは溶質濃度が異なる水の水ポテンシャルを扱うときに登場し,濃度差に起因するエネルギー差を打ち消すためのポテンシャルと考えてもらって結構です.
半透膜と溶質濃度の異なる水を例に浸透ポテンシャルを考えてみます.
溶質濃度の異なる同量の水(純水と塩化カルシウム溶液)を半透膜(水は通し,塩化カルシウムは通さない)で隔てます.
つまりU字管の左右の水面高差は最初は同じです.
やがて水は半透膜を左から右に通過し,図に示すような平衡状態に達します.
平衡状態にある連続的に繋がった水,つまり流れがなく途中で途切れたりもしていない水の全ポテンシャルはどこでも同じ値になります.
2つの溶液は半透膜を介して繋がっているため,当然A点とB点の水ポテンシャルは同じにならなくてなりません.
しかし,重力ポテンシャル,マトリックポテンシャル,圧力ポテンシャルだけでは説明がつきません.
\begin{align}
\phi _{T}&=\phi _{z}+\phi _{m}+\phi _{p}\\
\\
\phi _{T,A}&=Z _{A}+0+0\\
\phi _{T,B}&=Z _{B}+0+0\\
\\
&\phi _{T,A} \neq \phi _{T,B}\\
\end{align}
ここで登場するのが浸透ポテンシャルです.浸透で生じたA点とB点の水位差を浸透ポテンシャルと考えます.
\begin{align}
\phi _{T}&=\phi _{z}+\phi _{m}+\phi _{p}+\phi _{o}\\
\\
\phi _{T,A}&=Z _{A}+0+0+0\\
\phi _{T,B}&=Z _{B}+0+0+(-H _{o})\\
\\
\phi _{T,A}& = \phi _{T,B}\\
Z _{A}&=Z _{B}- H _{o}\\
\end{align}
このように,浸透ポテンシャルは濃度差に起因するエネルギー差を打ち消すためのポテンシャルとみなすことができます.
つまり水の中に溶質(不純物)が多いほど全ポテンシャルは低くなります.
土壌中の水の運動や水理学のベルヌーイの定理など水ポテンシャルを扱うシーンはたくさんありますが,実は浸透ポテンシャルが考慮されることはあまりないです.
これは,土壌中の水の運動や開水路の水の流れなどの問題が,一般的に同質な(濃度差のない)水を対象としていることが多いためです.
研究や業務などで浸透ポテンシャルを考慮しなければならないシーンに出くわさない限り使うことはない概念なので,細かいことまで知っておく必要はないですが,浸透ポテンシャルの意味だけでも押さえておくとよいでしょう.
終わりに
最後までお付き合いいただきありがとうございました。今回は「水ポテンシャル」について、簡単ではありますが解説をしました。冒頭にも書いたように、あくまでも今回は「水ポテンシャルがわからない」「水文学が訳(ワカメ)わからん!」って人がポテンシャルのイメージを理解できるように記事を書いたつもりです。なので、本来の厳密な定義などを知りたい方は教科書や論文を読んでいただければと思います。また、今回は3種類のポテンシャルについて扱いましたが、ほかにも浸透ポテンシャルや温度ポテンシャルなどもあります。もし希望があればこれらについても記事を書こうと思っています。
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引用・参考文献
(1)田中丸治哉,大槻恭一,近森秀高, 諸泉利嗣:地域環境水文学,朝倉書店,2019,pp.84-85
(2)宮﨑毅, 長谷川周一, 粕渕辰昭:土壌物理学, 朝倉書店, 2018, pp.21-26
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