「はてなブログ」からの転載:
- レイトレーシング(1): バージョン1の定義、ベクトル演算
- レイトレーシング(2):
Algebra
モジュールをいじる - レイトレーシング(3): フォトンマップ生成の大枠を考える(ついでに光源も)
- レイトレーシング(4): フォトンの生成
- レイトレーシング(5): 物体の定義
- レイトレーシング(6): やっとフォトン追跡
- レイトレーシング(7): 光線追跡処理の大枠
- レイトレーシング(8): 輝度推定による画像生成
- レイトレーシング(9): フィルタ、乱数などで抗ってみる
今回はテストについて書くつもりだったが、テストをいろいろ「テスト」していてなかなか確認事が多そうなので、後回しにする。そこで、前回作ったAlgebra
モジュールをちょっといじろうと思う。
位置ベクトルと方向ベクトル
三次元ベクトルVector3
を定義したが、実用的にはもう少し分類しておきたい。具体的には、位置ベクトル(positional vector)と方向ベクトル(directional vector)に分けて扱えるようにしたい。そこでVector3
に別名をつけよう。
type Position3 = Vector3
type Direction3 = Vector3
これだけだと名前だけの話だ。今回のプログラムでは方向ベクトルは必ず正規化されているもの、という制約をつけよう(ただ、邪魔くさそうなので厳密にはやらないが)。そのため、生成時に必ず正規化されるようにinitDir
を用意する。形だけだが、位置ベクトルにもinitPos
を用意しよう。また、後々のため、ゼロベクトル、単位ベクトルも合わせて定義しておこう。
initDir :: Double -> Double -> Double -> Maybe Direction3
initDir x y z = normalize $ Vector3 x y z
initPos :: Double -> Double -> Double -> Position3
initPos x y z = Vector3 x y z
o3 = initPos 0 0 0 -- ゼロベクトル
ex3 = fromJust $ initDir 1 0 0 -- 単位ベクトル(x)
ey3 = fromJust $ initDir 0 1 0 -- 単位ベクトル(x)
ez3 = fromJust $ initDir 0 0 1 -- 単位ベクトル(x)
initDir
の結果にMaybe
を使っているのは、引数が全部ゼロの場合、すなわちゼロベクトルがあり得るから。ゼロベクトルは方向ベクトルにできないので「値なし」ということでNothing
を返す。
関数名を演算子にしたい
ベクトルの加減算のため、madd
やmsub
などを定義した。使い方は次のようになるだろう。例として反射ベクトルの計算式 $\boldsymbol{r} = \boldsymbol{d}-2(\boldsymbol{n} \cdot \boldsymbol{d}) \boldsymbol{n}$
を示す。
r = msub d (mscale (2 * (dot n d)) n) -- 前置
もしくは
r = d `msub` ((2 * (n `dot` d)) `mscale` n) -- 中置
なんと見難くて醜いことか。今回のネタではベクトル演算を多用するため、このままでは見た目もタイプ量もデバッグにもよろしくない。なんとかできないものか。
幸いHaskellでは演算子も関数として定義できるらしい。代わりに+や-を定義してみよう。
class (Show a, Eq a) => BasicMatrix a where
(+) :: a -> a -> a
(-) :: a -> a -> a
(中略)
instance BasicMatrix Vector3 where
(Vector3 ax ay az) + (Vector3 bx by bz) = Vector3 (ax + bx) (ay + by) (az + bz)
(Vector3 ax ay az) - (Vector3 bx by bz) = Vector3 (ax - bx) (ay - by) (az - bz)
でもこれだと山ほどコンパイルエラーが出る。
$ ghc -o Algebra Algebra.hs
[1 of 1] Compiling Ray.Algebra ( Algebra.hs, Algebra.o )
Algebra.hs:50:57:
Ambiguous occurrence ‘+’
It could refer to either ‘Ray.Algebra.+’,
defined at Algebra.hs:13:3
or ‘Prelude.+’,
imported from ‘Prelude’ at Algebra.hs:5:8-18
(and originally defined in ‘GHC.Num’)
(以下同様)
加算の定義中で使われている'+'と、定義した'+'がぶつかっているようだ。修飾子をつけないとダメらしい。定義中のものにPrelude.
を追加してみる。
instance BasicMatrix Vector3 where
(Vector3 ax ay az) + (Vector3 bx by bz) = Vector3 (ax Prelude.+ bx) (ay Prelude.+ by) (az Prelude.+ bz)
(Vector3 ax ay az) - (Vector3 bx by bz) = Vector3 (ax Prelude.- bx) (ay Prelude.- by) (az Prelude.- bz)
これでエラーが出なくなった。Vector3
の定義はあまり綺麗ではないが、他のところでスッキリ書けるならまあいいだろう。と思って、以下のようなサンプルを書いてみた。
module Main where
import Ray.Algebra
main :: IO ()
main = do
let a = Vector3 1 2 3
let b = Vector3 3 4 5
let c = a + b
putStrLn $ show c
そしたら、エラーが出た。
$ ghc -o ray Main.hs
[2 of 2] Compiling Main ( Main.hs, Main.o )
Main.hs:13:13:
Ambiguous occurrence ‘+’
It could refer to either ‘Prelude.+’,
imported from ‘Prelude’ at Main.hs:5:8-11
(and originally defined in ‘GHC.Num’)
or ‘Ray.Algebra.+’,
imported from ‘Ray.Algebra’ at Main.hs:7:1-18
だめだ、Algebra
モジュール外でもエラーになる!引数がVector3
型なのだからどちらを使うかは自明と思うが? Haskellは型推論が優れていると自慢しているのに、なぜこのぐらいの判断ができない?こんな修飾子を毎回書くのなら、せっかく式を簡略化しようとしたのに本末転倒だ。ちょこちょこ調べたところnobsunさんのコメント を発見した。結局のところ、'+'とか'-'とかがNum
クラスで定義されているせいだと。しかしベクトル型をNum
クラスのインスタンスにするのは無理がある。乗算とか。だいたい、なぜ'+'を数値型前提で定義するのだろう。文字列でもなんでも数値以外にも使いようがいっぱいあるのに。数学者が寄って仕様を作ったのかと思ってた。。。
と愚痴っても仕方ないので調べたところ、NumericPrelude というのがあるそうな。これを組み入れてみよう。cabalでインストールする。
$ cabal install numeric-prelude
これを使うために、Algebra
のソースを少々(いやかなり)いじる。Additive
は加減算、Module
はスカラー倍を定義しているクラス。
{-# LANGUAGE NoImplicitPrelude #-}
{-# LANGUAGE MultiParamTypeClasses #-}
{-# LANGUAGE FlexibleContexts #-}
:
module Ray.Algebra where
:
import NumericPrelude
import qualified Algebra.Additive as Additive
import qualified Algebra.Module as Module
:
class (Show a, Eq a, Additive.C a, Module.C Double a) => BasicMatrix a where
:
instance Additive.C Vector3 where
zero = Vector3 0 0 0
(Vector3 ax ay az) + (Vector3 bx by bz) = Vector3 (ax + bx) (ay + by) (az + bz)
(Vector3 ax ay az) - (Vector3 bx by bz) = Vector3 (ax - bx) (ay - by) (az - bz)
これに倣い、他の関数名も変更してみた。
変更前 | 変更後 |
---|---|
madd | + |
msub | - |
mscale | *> |
mdiv | /> |
nearlyEqual | .=. |
dot | <.> |
cross | <*> |
main
の方も少し追加が必要だ。
{-# LANGUAGE NoImplicitPrelude #-}
module Main where
import NumericPrelude
import Ray.Algebra
main :: IO ()
main = do
let a = Vector3 1 2 3
let b = Vector3 1 (-1) 1
putStrLn $ show (a + b)
putStrLn $ show $ norm d
putStrLn $ show (a <.> b)
putStrLn $ show ((1.2::Double) *> a)
putStrLn $ show (b /> 3)
let w = fromJust $ normalize b
let r = w - (2 * (w <.> ey3)) *> ey3
putStrLn $ show r
これだとVector3
を使う方のソースは簡潔だし、正しく計算も出来ている!
$ ghc -o ray Main.hs
[2 of 2] Compiling Main ( Main.hs, Main.o )
Linking ray ...
$ ./ray
[2.0,1.0,4.0]
:
[0.5773502691896258,0.5773502691896258,0.5773502691896258]
記述方法を比較してみる。
r = msub d (mscale (2 * (dot n d)) n) -- 前置
r = d `msub` ((2 * (n `dot` d)) `mscale` n) -- 中置
r = d - (2 * (d <.> n)) *> n -- 改善後
ああ、見やすくなった。(と自分では思う)
公開するもの、しないもの
中には他のモジュールには見せたくない関数なども含まれている(としよう)。Javaでいうprivateメソッドとかのようなものだ。このように外部に晒したくないものがある場合は、見せてよいものだけを列挙したらいいらしい。モジュールの先頭で列挙するだけなので簡単だった。特にAlgebra
では位置ベクトルと方向ベクトルを定義したので、Vector3
で直接生成したり要素を取り出したりできないようにしておく。また後で必要に迫られたら考えたらいい。
module Ray.Algebra
( nearly0
, o3
, ex3
:
, (+)
, (-)
:
,
, initPos
, initDir
) where
これで、ここに書いてある以外の定義、関数などは他から使えなくなる。関数や定数(o3
とか)も並べるだけでよい。
今回はここまで。