今回 SoftBankが日本円換算で約3兆円で買収した英国ARM。
年間出荷数は約40億個。1日平均1100万個ものCPUコアを売りさばくARM社。個数ベースではダントツで世界一だ。しかし、ARM社は工場を一つも持たない。
ARMはファブレスである。つまりnVidia同様、工場を一切持たない。ここがIntelとの大きな違いだ。では、どこに製造委託しているのだろうか?上の図が判りやすいかもしれない。例えばiPhoneにはARMのコアが採用されているが、委託先はサムスンやTSMCなど複数のファブで製造されている。たとえ同じ型番のiPhoneであっても半々の確率でサムスンかTSMCということもある。しかし、どちらにしてもARMコアが搭載されていることには変わりない。Appleは、サムスンとTSMCに製造委託を振り分けることで価格競争を煽っているが、ARMは涼しい顔で左団扇。LSIの世界では20年ほど前から、このように「設計」と「製造」が分業されるようになったことは
たった3人でnVidiaを作った漢 黃仁勳(ジェン スン ファン)
http://qiita.com/homhom44/items/8ebeee3142b027880c72
で伝えた通りだ。
ARMは2000年前半は任天堂、iPhoneが登場する2007年以降はAppleが最大顧客へとシフトする。同時にAppleはARMの設立者の1社である。エンジニアには言わずと知られたARM社だが、意外と知られていない過去がある。
報道などでは1990年設立とされているが、会社として登記されたのが'90なのであって、ARMアーキとしての歴史は1983年にまで遡る。当時は Acorn Micro-Computer社と呼ばれており、英国の計算機科学者ソフィー・ウィルソン(ケンブリッジ大学出身)によって初代ARMが設計された。英国営放送BBC(日本でいうところのNHK)が主導して、英国民のコンピュータースキル水準を引き上げる国策プロジェクトとしてBBC Computer Literacy Project が立ち上げられた。
日本でいうところのNHKが主導して教育用のパソコンの開発を促進させたようなものなので、日本の'80のPC業界をご存知の世代には大きな違和感を感じるかもしれない。ともあれ、BBCの要求を満たすべくAcorn Micro-Computer社で開発が進められたが、その際のBBCの要求が1979年にNECから発売されたPC8001であったこともあり周辺となるグラフィックス構成などがどことなくPC8001に似通った構成となった。ただしCPUは6502である。またBASICもMicrosoft社製ではなく、ソフィー・ウィルソン実装の独自BASICである。
最終的には、この教育向け8bitパソコンはAcorn Micro-Computer社のものが採用され、設計、製造、出荷されていた。
当初は2万台も売れれば良いと見積もられていたが、最終的には170万台も売れた。英国のPC市場の黎明期といえば必ずこのBBC Microの名が挙がる。
それから数年後の1983年、世界初のRISCプロセッサ ARM1 を開発。
ARMが世界初のRISCであるか否かに関しては異論を唱える専門家も多い。しかしヘネシー&パターソンがMIPS R2000 を世に出したのが1985年であることを考えると、ARMが世界初のRISCと呼んでも良いだろう。
やがて1990年になると、Acorn Computers / Apple / VLSI Technology 三社によるJointベンチャーで現在のARM社が法人として英国に登記された。ARMとしての最初の顧客はAppleのNewtonだった。
初代iPhoneの17年前。もちろん、言うまでもなく今日現時点でも iPhone / iPad はARM社製だ。Appleも当時はARM設立者の一角だった。
AppleのNewtonを皮切りに様々な携帯デバイスに採用された。
1999年にはSCEIがポケットステーションでARM7を採用し日本国内エンジニアでの知名度は一気に上昇する。
低消費電力であることもあり携帯機器分野でARMが快進撃。2001年にはゲームボーイアドバンスにもARM7が採用される。ゲームボーイアドバイスは全世界で累計出荷が1億台を超え、この時期、任天堂はARMの最大顧客だった。
任天堂DSではARM946E-S 及び ARM7TDMI が同時にマウントされた。任天堂DSの累計出荷台数は約1憶8000万台のため、任天堂だけで3億6000万個ものARMを購入したことになる。当時、iPodはあったもののiPhoneはなかった為、2000年代中期までのARM社成長を牽引したのは主に任天堂だった。
そして2007年。ARMへの投資者Appleが満を持してiPhoneを発表。
Newton以来、Appleがやりたかったことが結実する。OSXを初代iPhoneに載せることに成功し、ARMは次第にPC/Intelの牙城を崩し始める。IntelはatomでARMに反撃するが数年後に絶滅。
そして2015年。
アンドロイド端末などにも採用されており、年間出荷数は約40億個。
しかし、売上高は日本円換算で約1500億円程度と意外と小規模だ。一方でファブレスのため営業利益率はとても高く、50%を超えている。ARMファミリによって単価は異なるが、ARM社は1コアあたり4.7円が目安であると公表している。クアッドコアでも30円から35円といったところだ。つまり10万円するiPhone6でもARM社の売上は高くてもせいぜい35円といったところだ。良心的すぎる値段だが、CPUは心臓。もう少し高い値をつけても買い手は納得するだろうという声が多いなか、今回、SoftBankはARMの買収に踏み切った。
ARMの天才LSI設計者 ソフィー・ウィルソン。生まれた当初は男性だったため、ロジャー・ウィルソンであった。
Acorn Micro-Computer社は1980年当初、6502を搭載していたことから、ARMも6502の設計思想を継承していると良く誤解されているが、初代ARMには6502の特徴ともいえる0ページ(256x8=2048bitのFFを内蔵)、スクラッチパッドなどといった類を一切搭載していないなど構造は大きく異なる。また、ウィルソン本人も6502を参考にしたことに対して否定している。
約35年前 ある意味でARMの生みの親である英国営放送BBCはRory Cellan-Jones氏は複雑な気分の様子だ。
As the BBC's Rory Cellan-Jones suggests:
"...there will still be sadness this morning in Cambridge, and beyond,
that Britain's best hope of building
a global technology giant now appears to have gone."
一気に日本国内半導体最大手になったSoftBank/孫正義氏が今後、ARMをどのように活用していくか注目が集まる。
- 数年後サムスンに高値で売りつける
- 数年後TSMCに高値で売りつける
- 割安過ぎる単価を、次世代コアから徐々に買い手の割安感を維持する範囲内で本来の値段に漸近させる曲線で値上げ
- 実力の割には低い知名度に対してブランド戦略を練る(Yahooも最初は知名度は低かった)
など、SoftBankには手札が多い。