はじめに:システム運用の「当たり前」を疑う
「システムを安定稼働させるには、専任のインフラエンジニアが必要だ」—これは長らくIT業界の常識でした。しかし、エンジニアの採用難や人件費の高騰が進む今、この常識は企業の足かせになりつつあります。
本記事では、「インフラ担当者がいなくてもシステムが長期にわたり安定稼働し続けること」を目指す観点から、従来のオンプレミス(自社内サーバー)によるモノリシックなシステムと、AWSを活用したサーバーレスアーキテクチャの 10年間総コスト(TCO) を徹底比較します。
あなたの会社にとって、本当にコスト効率が良いのはどちらでしょうか?
1. サーバーレスが持つ最大の魅力:人件費の構造的転換
サーバーレスアーキテクチャは、インフラの管理責任をクラウドベンダー(AWS)に委ねることで、あなたの会社が支払うべきコストの構造を根本的に変えます。
最大のインパクトは、運用・保守人件費の劇的な削減です。
| 費用項目 | オンプレミス(モノリシック) | AWS(サーバーレス) | サーバーレスの優位点 |
|---|---|---|---|
| 運用・保守人件費 (10年間) | 1億000万円(約1.25人年 \times 10年) | 3,200万円(約0.4人年 \times 10年) | 約 6,800万円の削減 |
なぜこれほど差が出るのか?
- オンプレミス: サーバーのOS更新(パッチ適用)、ネットワーク機器の監視、DBのバックアップ設定など、物理的なものからソフトウェアまですべて自社エンジニアが担当します。これにより、多大な工数と高い専門性が必要となり、運用が「属人化」しやすいです。
- サーバーレス(AWS): サーバーやOSの管理はAWSの責任です。あなたの会社がやるべきことは、アプリケーションコードの管理と、クラウドサービスの設定最適化などに限定されます。結果として、必要な工数は大幅に削減されます。
2. 10年間の総コスト比較(TCO): サーバーレスの勝利
利用者1,000人の社内OLTPシステム(トランザクション処理がメインの基幹システム)を新規開発し、10年間運用する前提での総コストを比較します。
| 費用項目 | オンプレミス(モノリシック) | AWS(サーバーレス) | 備考(費用の性質) |
|---|---|---|---|
| アプリ開発費 (1年目) | 1,600万円 | 2,000万円 | サーバーレスの方が複雑で高コスト |
| インフラ初期費用 (1年目) | 2,800万円 | 0円 | ハードウェア、ライセンスの初期投資(CAPEX) |
| インフラ運用費 (10年) | 3,500万円 | 5,700万円 | 物理保守費 vs 従量課金(OPEX) |
| 運用人件費 (10年) | 1億000万円 | 3,200万円 | 最大のコスト削減要素 |
| 総コスト (11年間) | 約 1億7,900万円 | 約 1億1,700万円 | サーバーレスが約 6,200万円有利 |
コスト構造のポイント
- 初期投資の差: オンプレミスは初年度に多額のハードウェア(サーバー、ストレージ)購入費用が発生しますが、サーバーレスはこれがゼロです。
- リプレースの呪い: オンプレミスでは、約5年ごとにハードウェアの 買い替え・移行(リプレース) が発生し、巨額の追加費用と業務停止リスクを伴います。サーバーレスにはこれがありません。
- 開発コストの逆転: サーバーレスは、アプリケーションを細かく分割(マイクロサービス)し、分散システムとして設計するため、モノリシックより開発工数と費用がわずかに高くなります。しかし、これは長期的な運用コスト削減で十分に回収されます。
3. 失敗しないためのアーキテクチャ判断基準
サーバーレスは常に最適解とは限りません。特に考慮すべき「隠れたコスト」があります。
1. 運用体制と技術習得コスト 📚
| 項目 | オンプレミス | AWSサーバーレス |
|---|---|---|
| 必要なスキル | サーバー、ネットワーク、OS、DBの 「守り」の知識 。 | クラウドサービス(Lambda, DynamoDBなど)、イベント駆動、セキュリティの 「使いこなし」の知識 。 |
| 移行の障壁 | 移行は主に物理的な入れ替え。 | 移行はコードと設計の作り直しに近い。 |
→ 判断: 現状のエンジニアがクラウド技術に積極的であれば、サーバーレスはスムーズに移行できます。従来のインフラ技術に固執する場合、サーバーレスの学習コストは高くつきます。
2. 想定外のコストリスク:Egress Feeと高負荷稼働 📈
| リスク | オンプレミス | AWSサーバーレス |
|---|---|---|
| 高負荷時の費用 | 費用はほぼ一定。突発的な負荷増への対応は困難。 | 従量課金が増大し、オンプレミスより高くなる可能性あり。ただし自動スケーリングは容易。 |
| データ転送コスト | 発生しない。 | クラウドから外部へデータを取り出す際に 高額な「下り転送料」(Egress Fee) が発生するリスクがある。 |
→ 判断: ユーザー数やデータ転送量が予測不能なほど急増する可能性がある場合、サーバーレスはインフラコストが高騰するリスクがあります。しかし、人件費削減のメリットが非常に大きいため、24時間高負荷稼働でもサーバーレスのTCOは有利という結果になりました。
結論:専任エンジニアの離脱リスクを最小化するなら
「専任のインフラエンジニアが退職等で離脱しても恐らく長期間特に影響なく動き続ける」 という目的においては、AWSのサーバーレスアーキテクチャが圧倒的に優位です。
運用人件費という最大のコストを削減し、システムのライフサイクル全体(10年間)で見て最も経済的な選択肢と言えます。アーキテクチャを決定する際は、 「初期の開発コスト」に目を奪われず、「長期的な運用コスト(特に人件費)」と「リプレースの呪い」 から解放されるメリットを最大限に評価すべきです。