はじめに
TES カロリメータや TES ボロメータの小信号理論では、しばしば次のような電気方程式が出てくる。
L\frac{dI}{dt}
=
V
-
I\left(R_{\rm TES}+R_L\right)
あるいは、小信号化した形として
L\frac{d\delta I}{dt}
=
-
\left[
R_L+R_0(1+\beta)
\right]\delta I
-
\frac{I_0R_0\alpha}{T_0}\delta T
+
\delta V_{\rm bias}
と書かれる。
ここで問題になるのが、式中の $R_L$ と $V$の意味である。
この記事のまとめです。
実験屋の感覚では、$R_L$ と言われると、室温側の大きなバイアス抵抗、配線抵抗、シャント抵抗、あるいは TES と直列に入っている寄生抵抗などを思い浮かべるかもしれない。しかし、TES の標準的な小信号理論で使われる $R_L$ は、多くの場合、
\text{TES から見た外部回路をテブナン等価化した後に、TES と直列に現れる負荷抵抗}
である。
これは、実験回路上に実在する特定の一つの抵抗と一対一に対応するとは限らない。
特に Irwin & Hilton の 2.3 節で使われる標準的な記法では、TES バイアス回路をテブナン等価回路に直した後、
V = I_{\rm BIAS}R_{\rm SH}
という等価電圧源と、
R_L=R_{\rm SH}+R_{\rm PAR}
という負荷抵抗を持つ直列回路として扱う。
ここで $R_{\rm SH}$ はシャント抵抗、$R_{\rm PAR}$ は TES 枝に直列に入る寄生抵抗である。つまり、Irwin & Hilton の $R_L$ は、室温側に置かれた大きなバイアス抵抗そのものではない。また、単に「配線抵抗」だけを意味するものでもない。
この違いを曖昧にしたまま、実験回路上の抵抗値をそのまま小信号理論の $R_L$ に代入すると、電熱フィードバック、インピーダンス、応答時定数、ノイズ評価が合わなくなる可能性がある。
本稿では、TES とシャント抵抗を含む実際のバイアス回路から出発し、テブナン等価回路に直すことで、理論式に現れる $V_{\rm bias}$ と $R_L$ が実験回路のどの量に対応するのかを整理する。
1. まず Irwin & Hilton 型の回路を確認する
TES の小信号理論でよく使われる標準的な出発点は、概念的には次のような回路である。
I_BIAS
│
●──── R_SH ───────────┐
│ │
└── R_PAR ─ L ─ R_TES ┘
Iwrin & Hilton の fig 3 より。
ここでは、電流源 $I_{\rm BIAS}$ が、シャント抵抗 $R_{\rm SH}$ と TES 枝に電流を供給している。
TES 枝には、TES 自身の抵抗 $R_{\rm TES}$ のほかに、SQUID 入力コイルや配線に由来するインダクタンス $L$、さらに TES 抵抗とは別に扱う直列寄生抵抗 $R_{\rm PAR}$ が入っている。
この回路を TES 側から見ると、電流源 $I_{\rm BIAS}$ とシャント抵抗 $R_{\rm SH}$ の組は、テブナン等価回路として
V_{\rm th}
=
I_{\rm BIAS}R_{\rm SH}
R_{\rm th}
=
R_{\rm SH}
と表せる。
したがって、TES 枝に直列に入る寄生抵抗 $R_{\rm PAR}$ まで含めると、TES の電気方程式は
L\frac{dI}{dt}
=
V_{\rm th}
-
IR_{\rm SH}
-
IR_{\rm PAR}
-
IR(T,I)
となる。
ここで
R_L
\equiv
R_{\rm SH}+R_{\rm PAR}
と置けば、
L\frac{dI}{dt}
=
V_{\rm th}
-
IR_L
-
IR(T,I)
となる。
これが Irwin & Hilton 型の TES 小信号理論で使われる電気方程式の形である。
したがって、Irwin & Hilton の $R_L$ は
R_L^{\rm I\&H}
=
R_{\rm SH}+R_{\rm PAR}
と読むのが基本である。
ここで重要なのは、$R_L$ が「実験室で電流源を作るために室温側に入れた大きな直列抵抗」ではない、という点である。Irwin & Hilton の $R_L$ は、TES から見た低温側バイアス回路の等価負荷抵抗に、TES 枝の直列寄生抵抗を加えた量として現れる。
2. 一般の実験回路ではどう考えるか
実際の実験回路では、理想電流源ではなく、室温側の電圧源と大きな直列抵抗によって近似的な電流源を作っている場合もある。その場合、回路は概念的に次のように書ける。
V_bias^phys
│
R_series^phys
│
●──── R_s ────┐
│ │
└── R_TES ─ L ┘
ここで、$R_{\rm series}^{\rm phys}$ は実験回路上の上流直列抵抗、$R_s$ はシャント抵抗である。TES 枝には TES 抵抗 $R_{\rm TES}$ とインダクタンス $L$ が直列に入っているとする。
この回路を TES 端子から見たとき、外部回路のテブナン等価電圧と等価抵抗は
V_{\rm th}
=
\frac{R_s}{R_{\rm series}^{\rm phys}+R_s}
V_{\rm bias}^{\rm phys}
R_{\rm th}
=
R_{\rm series}^{\rm phys}\parallel R_s
=
\frac{R_{\rm series}^{\rm phys}R_s}
{R_{\rm series}^{\rm phys}+R_s}
である。
したがって、この回路に対する TES の電気方程式は
L\frac{dI}{dt}
=
V_{\rm th}
-
I R_{\rm th}
-
I R(T,I)
と書ける。
もし TES 枝に、TES 抵抗とは別に扱う直列寄生抵抗 $R_{\rm PAR}$ があるなら、
L\frac{dI}{dt}
=
V_{\rm th}
-
I R_{\rm th}
-
I R_{\rm PAR}
-
I R(T,I)
であり、標準理論の形に合わせるなら
R_L^{\rm theory}
=
R_{\rm th}
+
R_{\rm PAR}
と置けばよい。
つまり、一般には
R_L^{\rm theory}
=
\text{TES 端子から見た外部回路のテブナン等価抵抗}
+
\text{TES 枝の直列寄生抵抗}
である。
この一般式を Irwin & Hilton 型の理想電流源 + シャント抵抗の回路に適用すると、$R_{\rm th}=R_{\rm SH}$ なので、
R_L^{\rm I\&H}
=
R_{\rm SH}
+
R_{\rm PAR}
が得られる。
3. 枝電圧を正しく書く
ここからは、一般の実験回路を使って、テブナン等価回路への変換を少し丁寧に確認する。
下側のノードを基準電位、並列回路の上側ノードの電位を $V$ とする。シャント抵抗側の電流を $I_1$、TES 側の電流を $I_2$ とし、どちらも上から下向きを正に取る。
シャント抵抗側では、
V = R_s I_1
である。
TES 側では、受動符号規約を使えば、TES 抵抗とインダクタンスでの電圧降下は
V
=
R_{\rm TES} I_2
+
L\frac{dI_2}{dt}
である。
したがって、並列枝の電圧一致条件は
R_s I_1
=
R_{\rm TES} I_2
+
L\frac{dI_2}{dt}
である。
ここで重要なのは、同じになるのは $I_1$ と $I_2$ ではなく、枝の両端電圧である、という点である。
I_1 \neq I_2
でよい。並列回路で同じになるべき量は電圧である。
4. インダクタンス項の符号
ここで符号に迷いやすい。インダクタの基本式は、受動符号規約では
v_L = L\frac{dI}{dt}
である。
これは、電流が入る側を正、出る側を負として測った電圧である。
今回、TES 枝の電流 $I_2$ を上から下向きに定義しているので、インダクタの上側が正、下側が負である。この向きで上から下への電圧降下を測れば、
v_L
=
L\frac{dI_2}{dt}
となる。
したがって、TES 枝の電圧は
V
=
R_{\rm TES}I_2
+
L\frac{dI_2}{dt}
である。
もしここを
R_s I_1
=
R_{\rm TES} I_2
-
L\frac{dI_2}{dt}
と書いてしまうと、同じ電圧向き・同じ電流向きの定義では符号が合わない。
もちろん、電圧を下から上向きに定義すれば符号は反転する。しかし、その場合は回路全体で一貫して電圧の向きを変えなければならない。
符号で迷ったときは、
\text{電流が入る端子を正と置けば } v=L\,dI/dt
と考えるのが安全である。
5. 電圧源 + 上流直列抵抗 + シャント抵抗の場合
上流の直列抵抗を $R_{\rm series}^{\rm phys}$ と書くことにする。これは、実験回路上に実在する直列抵抗や配線抵抗をまとめた量である。
電源電圧を $V_{\rm bias}^{\rm phys}$ とすると、KVL より
V_{\rm bias}^{\rm phys}
=
R_{\rm series}^{\rm phys}(I_1+I_2)
+
V
である。
ここで
V
=
R_{\rm TES}I_2
+
L\frac{dI_2}{dt}
であり、またシャント枝から
I_1
=
\frac{V}{R_s}
=
\frac{
R_{\rm TES}I_2
+
L\dfrac{dI_2}{dt}
}{R_s}
である。
したがって、
V_{\rm bias}^{\rm phys}
=
R_{\rm series}^{\rm phys}
\left[
I_2
+
\frac{
R_{\rm TES}I_2
+
L\dfrac{dI_2}{dt}
}{R_s}
\right]
+
R_{\rm TES}I_2
+
L\frac{dI_2}{dt}
となる。
ここで $I_2$ は TES 電流である。以降では
I \equiv I_2
と書く。
すると、
V_{\rm bias}^{\rm phys}
=
R_{\rm series}^{\rm phys}
\left[
I
+
\frac{
R_{\rm TES}I
+
L\dfrac{dI}{dt}
}{R_s}
\right]
+
R_{\rm TES}I
+
L\frac{dI}{dt}
である。
6. テブナン等価回路に直す
上式を整理する。
まず、
V_{\rm bias}^{\rm phys}
=
R_{\rm series}^{\rm phys}I
+
\left(
1+\frac{R_{\rm series}^{\rm phys}}{R_s}
\right)
\left(
R_{\rm TES}I
+
L\frac{dI}{dt}
\right)
である。
両辺に
\frac{R_s}{R_{\rm series}^{\rm phys}+R_s}
をかけると、
\frac{R_s}{R_{\rm series}^{\rm phys}+R_s}
V_{\rm bias}^{\rm phys}
=
R_{\rm TES}I
+
L\frac{dI}{dt}
+
\frac{R_{\rm series}^{\rm phys}R_s}
{R_{\rm series}^{\rm phys}+R_s}I
となる。
したがって、
L\frac{dI}{dt}
=
\frac{R_s}{R_{\rm series}^{\rm phys}+R_s}
V_{\rm bias}^{\rm phys}
-
I
\left[
R_{\rm TES}
+
\frac{R_{\rm series}^{\rm phys}R_s}
{R_{\rm series}^{\rm phys}+R_s}
\right]
である。
ここで、TES から見た外部回路のテブナン等価電圧とテブナン等価抵抗を
V_{\rm th}
=
\frac{R_s}{R_{\rm series}^{\rm phys}+R_s}
V_{\rm bias}^{\rm phys}
R_{\rm th}
=
\frac{R_{\rm series}^{\rm phys}R_s}
{R_{\rm series}^{\rm phys}+R_s}
=
R_{\rm series}^{\rm phys}\parallel R_s
と定義すれば、
L\frac{dI}{dt}
=
V_{\rm th}
-
I(R_{\rm TES}+R_{\rm th})
となる。
これが、電圧源 + 上流直列抵抗 + シャント抵抗という一般回路を、TES から見たテブナン等価回路に直した形である。
7. Irwin & Hilton 型の回路との対応
ここで注意すべきことがある。
前節で得た
R_{\rm th}
=
R_{\rm series}^{\rm phys}\parallel R_s
は、電圧源 $V_{\rm bias}^{\rm phys}$ と上流直列抵抗 $R_{\rm series}^{\rm phys}$ を明示的に含む回路に対する結果である。
一方、Irwin & Hilton の標準的な説明では、上流の回路を理想電流源としてまとめ、シャント抵抗 $R_{\rm SH}$ と組み合わせて Norton 回路として見ている。その Norton 回路を Thevenin 回路に直すと、
V_{\rm th}
=
I_{\rm BIAS}R_{\rm SH}
R_{\rm th}
=
R_{\rm SH}
となる。
さらに TES 枝の直列寄生抵抗 $R_{\rm PAR}$ を加えるので、
R_L^{\rm I\&H}
=
R_{\rm SH}
+
R_{\rm PAR}
である。
したがって、
R_L^{\rm I\&H}
\neq
R_{\rm series}^{\rm phys}
であり、また回路の取り方によっては
R_L^{\rm I\&H}
\neq
R_{\rm series}^{\rm phys}\parallel R_s
とも言える。
正確には、
R_L^{\rm theory}
=
R_{\rm th}
+
R_{\rm PAR}
であり、Irwin & Hilton 型の理想電流源 + シャント抵抗では $R_{\rm th}=R_{\rm SH}$ なので、
R_L^{\rm theory}
=
R_{\rm SH}
+
R_{\rm PAR}
となる。
これが一番混乱しにくい整理である。
8. 重要な対応関係
一般の実験回路で持っている量は、たとえば
V_{\rm bias}^{\rm phys},
\quad
R_{\rm series}^{\rm phys},
\quad
R_s,
\quad
R_{\rm PAR},
\quad
L,
\quad
R_{\rm TES}
である。
一方、小信号理論に入れるべき量は、
V_{\rm bias}^{\rm theory}
=
V_{\rm th}
および
R_L^{\rm theory}
=
R_{\rm th}
+
R_{\rm PAR}
である。
電圧源 + 上流直列抵抗 + シャント抵抗の回路では、
V_{\rm th}
=
\frac{R_s}{R_{\rm series}^{\rm phys}+R_s}
V_{\rm bias}^{\rm phys}
R_{\rm th}
=
R_{\rm series}^{\rm phys}\parallel R_s
である。
したがって、
R_L^{\rm theory}
=
R_{\rm series}^{\rm phys}\parallel R_s
+
R_{\rm PAR}
となる。
一方、Irwin & Hilton 型の理想電流源 + シャント抵抗の回路では、
V_{\rm th}
=
I_{\rm BIAS}R_{\rm SH}
R_L^{\rm theory}
=
R_{\rm SH}
+
R_{\rm PAR}
となる。
つまり、標準的な小信号理論で
L\frac{dI}{dt}
=
V_{\rm bias}
-
I(R_{\rm TES}+R_L)
と書かれているとき、その $V_{\rm bias}$ と $R_L$ は、実験装置で設定した電源電圧や、室温側の大きな直列抵抗そのものではなく、
V_{\rm bias}
=
V_{\rm th}
R_L
=
R_{\rm th}
+
R_{\rm PAR}
と読むのが安全である。
9. よくある混乱
混乱の典型例は、実験ノートや解析コードで、物理的な上流直列抵抗を $R_L$ と呼び、その同じ記号を TES 小信号理論の $R_L$ に代入してしまうことである。
しかし、標準理論での $R_L$ は、TES から見た外部回路の等価抵抗と、TES 枝に直列に入る寄生抵抗をまとめた負荷抵抗であることが多い。
したがって、実験回路が
R_{\rm series}^{\rm phys}
と
R_s
を含むなら、まず TES 端子から見たテブナン等価抵抗
R_{\rm th}
を計算し、そのうえで TES 枝の直列寄生抵抗を足す。
R_L^{\rm theory}
=
R_{\rm th}
+
R_{\rm PAR}
ここを間違えると、次のような量がずれる。
- 電熱フィードバックの強さ
- 実効時定数
- 複素インピーダンス
- 電流応答度
- Johnson noise の伝播
- シャント抵抗ノイズの寄与
- エネルギー分解能の推定
特に、電圧バイアスの良さは、TES から見た外部抵抗が TES 抵抗に比べて十分小さいかで決まる。
R_{\rm th}
\ll
R_{\rm TES}
であれば、TES はよい電圧バイアスに近い。
ここで比較すべきは、実験回路上の単独の $R_{\rm series}^{\rm phys}$ ではなく、TES 端子から見た $R_{\rm th}$ である。
10. 理想的な電圧バイアス極限
テブナン等価回路で見れば、TES は
V_th -- R_th -- R_PAR -- L -- TES
につながっている。
理想電圧バイアスとは、TES から見た外部抵抗が十分小さい極限である。
R_{\rm th}
\rightarrow 0
さらに直列寄生抵抗も十分小さければ、
R_L
=
R_{\rm th}
+
R_{\rm PAR}
\rightarrow 0
となる。
このとき、電気方程式は近似的に
L\frac{dI}{dt}
=
V_{\rm th}
-
IR_{\rm TES}
に近づく。
電圧がほぼ一定なら、TES の Joule heating は
P_J
=
IV
=
\frac{V^2}{R_{\rm TES}}
と見なせる。
したがって、温度が上がって $R_{\rm TES}$ が増えると、Joule heating は減る。
\delta T>0
\Rightarrow
\delta R_{\rm TES}>0
\Rightarrow
\delta P_J<0
これが負の電熱フィードバックである。
一方、TES から見た負荷抵抗 $R_L$ が大きいと、電圧バイアスから外れ、電熱フィードバックは弱くなる。場合によっては、電流バイアスに近づき、Joule heating が温度変化を打ち消すのではなく増幅する方向に働く。
したがって、$R_{\rm th}$ と $R_{\rm PAR}$ を分けて評価し、その合計として理論式の $R_L$ を扱うことが、TES の安定性や応答を議論するうえで不可欠である。
11. 小信号方程式とのつながり
テブナン等価回路を使うと、TES の電気方程式は
L\frac{dI}{dt}
=
V_{\rm th}
-
I R_L
-
I R(T,I)
と書ける。
ここで
R_L
=
R_{\rm th}
+
R_{\rm PAR}
である。
定常状態では、
0
=
V_{\rm th}
-
I_0 R_L
-
I_0 R_0
であり、
V_{\rm th}
=
I_0(R_L+R_0)
である。
微小信号として
I=I_0+\delta I
T=T_0+\delta T
R=R_0+\delta R
を代入すると、
L\frac{d\delta I}{dt}
=
-(R_L+R_0)\delta I
-
I_0\delta R
+
\delta V_{\rm th}
となる。
TES 抵抗の微小変化は
\delta R
=
R_0
\left(
\alpha\frac{\delta T}{T_0}
+
\beta\frac{\delta I}{I_0}
\right)
なので、
L\frac{d\delta I}{dt}
=
-
\left[
R_L+R_0(1+\beta)
\right]\delta I
-
\frac{I_0R_0\alpha}{T_0}\delta T
+
\delta V_{\rm th}
となる。
ここで小信号理論に出てくる負荷抵抗 $R_L$ は、実験回路上の上流直列抵抗そのものではなく、TES から見た等価負荷抵抗である。
Irwin & Hilton 型の記法に合わせるなら、
R_L
=
R_{\rm SH}
+
R_{\rm PAR}
である。
より一般の回路では、
R_L
=
R_{\rm th}
+
R_{\rm PAR}
と明示するのがよい。
12. ノイズを扱う場合も同じ注意が必要
この対応関係は、信号応答だけでなく、ノイズを扱うときにも重要である。
シャント抵抗 $R_s$ は Johnson noise を持つ。元の回路で考えると、シャント抵抗の Johnson noise は TES 端子に電圧揺らぎとして現れる。
テブナン等価回路に直すと、外部回路のノイズは、等価電圧雑音源や等価電流雑音源として表現される。
一方、TES 自身の Johnson noise は TES 抵抗に付随する内部雑音であり、電熱フィードバックループの中にある。TES Johnson noise は単に出力に足されるだけでなく、Joule heating を揺らし、それが温度変化を通じて再び電流応答に戻ってくる。
したがって、ノイズ解析でも、
どの抵抗がどこにあり、
TESから見た等価回路でどう表されるか
を明確にしないと、雑音寄与を正しく比較できない。
特に、
R_s \text{ の Johnson noise}
と
R_L \text{ として小信号方程式に現れる負荷抵抗}
は、関連しているが同一視してよいとは限らない。ノイズ源の物理的位置を残しておく必要がある場合には、元の回路トポロジーのまま nodal analysis で扱う方が安全である。
13. 実験と理論を比較するためのチェックリスト
TES の実験結果と小信号理論を比較するときは、少なくとも次を確認した方がよい。
1. 論文・教科書の R_L の意味
その $R_L$ は、実在する直列抵抗なのか。それとも TES 端子から見たテブナン等価後の負荷抵抗なのか。
Irwin & Hilton 型の標準的な記法では、
R_L
=
R_{\rm SH}
+
R_{\rm PAR}
である。
より一般には、
R_L
=
R_{\rm th}
+
R_{\rm PAR}
と考えるとよい。
2. 実回路から R_th を計算しているか
電圧源 + 上流直列抵抗 + シャント抵抗の単純な回路では、
R_{\rm th}
=
R_{\rm series}^{\rm phys}\parallel R_s
である。
理想電流源 + シャント抵抗として扱えるなら、
R_{\rm th}
=
R_{\rm SH}
である。
より複雑な回路では、TES 端子から外部回路を見た小信号インピーダンスを計算する必要がある。
3. 理論式の V_bias は何か
標準理論の
V_{\rm bias}
は、実験装置で設定した電源電圧そのものではなく、TES から見たテブナン等価電圧である可能性がある。
Irwin & Hilton 型の理想電流源 + シャント抵抗では、
V_{\rm bias}
=
V_{\rm th}
=
I_{\rm BIAS}R_{\rm SH}
である。
電圧源 + 上流直列抵抗 + シャント抵抗の回路では、
V_{\rm th}
=
\frac{R_s}{R_{\rm series}^{\rm phys}+R_s}
V_{\rm bias}^{\rm phys}
である。
4. 電圧バイアス条件を R_th または R_L で評価しているか
良い電圧バイアスの条件は、まず外部回路のテブナン抵抗が小さいことである。
R_{\rm th}\ll R_{\rm TES}
さらに TES 枝の直列寄生抵抗も含めて見るなら、
R_L
=
R_{\rm th}
+
R_{\rm PAR}
\ll
R_{\rm TES}
が望ましい。
実験回路の一部の抵抗だけを見て判断してはいけない。
5. インダクタンスはどこに入っているか
TES 枝に入るインダクタンス、SQUID 入力コイル、配線インダクタンスなどは、電気応答の時定数や安定性に効く。
式を書くときには、
L\frac{dI}{dt}
の符号を、電流向きと電圧向きに対して一貫して決める必要がある。
6. ノイズ源の位置を確認しているか
シャント抵抗ノイズ、TES Johnson noise、読み出しノイズは、同じ「電流雑音」としてまとめられる場合もあるが、物理的位置が違う。
電熱フィードバックループの内側にある雑音か、外側から入る雑音かで、応答関数が変わる。
14. 実験屋が特に気をつけるべき点
実験では、回路図上の抵抗に名前をつける必要がある。そのため、上流の直列抵抗を $R_L$ と呼ぶことは自然である。
しかし、TES 理論の文脈で $R_L$ と書かれているものは、しばしば TES から見た load resistance である。
ここでいう load resistance は、物理的に一つの部品として存在する抵抗とは限らず、TES 端子から外部回路を見込んだ等価抵抗と、TES 枝の直列寄生抵抗をまとめた量である。
そのため、実験ノートや解析コードでは、記号を分けた方が安全である。
たとえば、
- 室温側・上流側の実験回路上の直列抵抗 : $R_{\rm series}^{\rm phys}$
- 低温側のシャント抵抗 : $R_{\rm SH}$
- TES 枝に直列に入る寄生抵抗 : $R_{\rm PAR}$
- TES 端子から見た外部回路のテブナン等価抵抗 : $R_{\rm th}$
- TES 端子から見たテブナン等価電圧 : $V_{\rm th}$
- TES 小信号理論の電気方程式に入れる負荷抵抗 : $R_L^{\rm theory}$
このように分けておけば、
R_L^{\rm theory}
=
R_{\rm th}
+
R_{\rm PAR}
という対応が明確になる。
Irwin & Hilton 型の標準回路では、特に
R_L^{\rm theory}
=
R_{\rm SH}
+
R_{\rm PAR}
である。
15. まとめ
TES の小信号理論では、電気方程式として
L\frac{dI}{dt}
=
V_{\rm bias}
-
I(R_{\rm TES}+R_L)
のような式がよく使われる。
しかし、この式に出てくる $V_{\rm bias}$ と $R_L$ は、実験装置上の電源電圧や特定の直列抵抗そのものとは限らない。
Irwin & Hilton 型の標準的な TES バイアス回路では、理想電流源 $I_{\rm BIAS}$ とシャント抵抗 $R_{\rm SH}$ をテブナン等価化し、
V_{\rm bias}
=
V_{\rm th}
=
I_{\rm BIAS}R_{\rm SH}
R_L
=
R_{\rm SH}
+
R_{\rm PAR}
として扱う。
一方、より一般の実験回路で、電圧源、上流直列抵抗、シャント抵抗が明示的にあるなら、まず TES 端子から見たテブナン等価量を求める必要がある。
V_{\rm th}
=
\frac{R_s}{R_{\rm series}^{\rm phys}+R_s}
V_{\rm bias}^{\rm phys}
R_{\rm th}
=
R_{\rm series}^{\rm phys}\parallel R_s
そのうえで、TES 枝に直列寄生抵抗 $R_{\rm PAR}$ があるなら、
R_L^{\rm theory}
=
R_{\rm th}
+
R_{\rm PAR}
と読むべきである。
この対応を明確にしないまま、実験回路上の抵抗値をそのまま理論式に代入すると、インピーダンス、電流応答、電熱フィードバック、ノイズ評価が合わなくなる可能性がある。
TES の理論と実験を比較するときに本当に必要なのは、公式をそのまま使うことではなく、
TES 端子から外部回路を見る
という視点である。
外部回路をテブナン等価回路に直し、その等価電圧と等価抵抗を用いて非線形方程式を書き、定常点のまわりで小信号線形化する。この流れを明確にしておけば、実験回路と TES 小信号理論は自然につながる。
おわりに
TES の小信号理論は、数式だけを見ると非常に抽象的に見える。しかし、その出発点は単純である。
- 実験回路を書く。
- TES 端子から外部回路を見る。
- テブナン等価電圧 $V_{\rm th}$ と等価抵抗 $R_{\rm th}$ を求める。
- TES 枝の直列寄生抵抗 $R_{\rm PAR}$ を必要に応じて加える。
- TES の非線形な熱・電気方程式を書く。
- 定常バイアス点のまわりで線形化する。
- 電流応答、インピーダンス、ノイズを同じ小信号方程式から導く。
この手順を踏めば、理論式の $R_L$ が何を意味しているのかが明確になる。
逆に、この対応を曖昧にしたまま「実験回路の $R_L$」と「理論式の $R_L$」を同一視すると、実験結果と理論が合わない原因になりうる。
TES の電熱フィードバックや小信号理論を正しく使うためには、まずこの等価回路の対応関係を丁寧に確認することが重要である。
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