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裁判のIT化

最近若干話題の民事裁判のIT化ですが、想像以上にスコープが大きく、個人的には社会科学とコンピューターサイエンスの総合芸術だと思っています。久しぶりに、内閣官房に設置された「裁判手続き等のIT化検討会」の「取りまとめ1を読んでみたところ、そのような思いをますます強くしました。この機会に改めて裁判のIT化にはどのような可能性があるのか、10個考えてみました。

1. 訴訟記録が紙ではなくなる。

一言で言えば、「訴訟記録の全面的な電子化」されます。霞が関的な表現ですが、結構いろいろ変わりそうです。

2. web裁判が当たり前になる

取りまとめ」に至る議事要旨を読むと、日本とweb裁判(e-court)は相性が良い!?趣旨の発言がチラホラあります。それらの議事要旨から察するに、まずweb裁判を普及させて、そこから裁判のIT化に関する様々な需要を組み上げて行きたいようです。また、中国などではVRを使った裁判も始めているようで、議事要旨で示されているようなe-court大国・日本の方向性と国際司法競争を考慮すると、あながちVRで裁判する日も遠くは無いかもしれません。
ところで、議事要旨でも指摘されているように、web裁判の発展は管轄権主権の揺らぎを招きそうです。近代の紛争の歴史に於いて、「司法権の管轄」は重要なテーマだったと思うので興味深いです。

3. 日本のガバナンスが変わる

あまり指摘されていませんが、「取りまとめ」では「API化」「クラウド化」に関する方向性が示されています。恐らく、大量の訴訟資料をPOST/GET出来るAPIが作られるようです。そのためには相当程度ストレージ領域を確保する必要がありそうです。
ところで、それほど膨大なストレージ領域を確保するならば、政府の公文書もその裁判所のサーバーのクラウドストレージで保持しても良い気がします。私事ですが、裁判のIT化に関連して内閣官房に「情報公開請求」してますが、かなり面倒です。
政府の公文書の管理の議論も微妙に始まっている感じもありますが、シンプルに curl GET https://... で 政府の公文書が取得出来るようにしても良いと思います。いずれにせよ、このような議論を裁判のIT化はリードしており、少なくとも裁判所が高度にIT化すれば、様々な違憲判決ドリブンで日本のガバナンスを変えることは可能だと思います。

4. 裁判のIT化に〇〇のIT化の論点が出尽くす

「裁判」は裁判所だけで行われている訳ではなくて、主だったものでも労働委員会審問、特許庁審判、海難審判、公正取引委員会審判、公害等調整委員会審問、弾劾裁判etcがあるようです。昨今の裁判のIT化は裁判所内の話ですが、それに触発されて他の「裁判」の手続き、特に特許庁審判辺りが一気にIT化を進めるシナリオは結構ありそうです。また、国会改革の議論でも、ペーパレス化やウェブ国会みたいな話がチラチラあります。このように裁判のIT化の議論が、行政のIT化や国会のIT化にも波及するチャネルがあります。
というよりも、昨今の〇〇のIT化みたいな議論の論点は、裁判のIT化にかなり収斂していると言えます。例えば、医療に於けるレセプトの電子化は訴訟資料の電子化と議論の枠組みがやや似ています。そのような意味でも裁判のIT化は日本をリードする法曹界の方々も続々と収斂してきており情報も多くマニアも多く一番とっつきやすいと思うので、定期的にフォローする価値はありそうです。

5. 「裁判の公開」=オープンソースの時代に

電子化された訴訟記録の閲覧方法やweb裁判での傍聴等の「裁判の公開」に関しては、議事要旨では正直議論が紛糾している印象があり、取りまとめでも結論は曖昧(判決の公開,訴訟資料の公開)です。
エンジニア目線で楽観的に考えるならば、訴訟記録内の個人情報を自動でマスキングする技術の精度が高まり、匿名化のコストが大幅に下がれば、判決だけでなく訴訟記録の全面公開も可能かもしれないです。また、日本の全判決・全訴訟記録を使った機械学習用の学習モデルを、AWSやGCPのように裁判所のクラウドサービスが提供することもあり得るかもと思っています。
日本の裁判所がそこまでするかという議論もありそうですが、下記のような国際司法競争の厳しさや日本の裁判のIT化の議論の熱気(大部分の有権者は、紙の契約をするために日々通勤電車に揺られていることに留意)などからは十分あり得ると思います。また、その使用料は裁判所の新しい財源にもなり得ます。というより、裁判所にふるさと納税をするので、自然言語処理・機械学習を見越した裁判システムを作って欲しいです。

6. 裁判官の働き方改革・書記官の造反有理

裁判のIT化により 裁判官の働き方 も変わりそうです。
裁判官に働き方を良くしてもらうのではなく、裁判官の働き方を良くするために何が出来るのか、考える必要があると思います。
ところで、「取りまとめ」でも指摘されていましたが、司法統計の重要性が増しています。司法統計は、裁判の公開とも関連し、更に機械学習用の正解データとなりえます。
書記官が質の高いデータを入力し2、私達が質の高い機械学習を提供できるならば、「裁判」に於ける裁判官の役割は大きく変わると思います。参考までに、書記がリーダの国は歴史上幾つかあったことを付記しておきます。

7. 国際司法競争が始まる

今世界で少なくともイギリス、韓国、中国、シンガポール、フランス、ドイツでは裁判のIT化を政治が議論しています。
日本の裁判のIT化も下記の最高裁長官の談話にあるように、このような国際的な文脈の影響があるようです。

「国際社会における司法の動向にも視野を広げる必要性が増大していますし,情報通信技術を用いた裁判手続の現代化も,今後検討を急ぐべき課題と考えています。」

Screenshot_2018-07-12 裁判所|大谷最高裁判所長官の就任談話.png

そしてどの国も「裁判にITの導入」以上の何か、今までと根本的に異なる、非線形的な何か、が示唆されているようです。そこでは慣習法・判例法・成文法etcを超越した0と1の原理が裁判手続きに於いても新しい法原則になるような予感さえあります。それは新しい国際法的な基盤となるかもしれません。

8. AI裁判官が誕生する

この「取りまとめ」であまり言及されていないのが「機械学習」です。とはいえ、世界の裁判のIT化の議論を見ていると明らかに裁判に「機械学習」が導入される傾向があります。特に、注目するべきなのは、中国の動向だと思います。中国の裁判所が今何をしているのかが半年~1年程の間でより具体的に紹介されて行くことで、日本の裁判のIT化の議論の質も大きく非線形的なものになると予想しています。

9. 刑事裁判も変わる!?

日本の刑事裁判に関しては、まだ議論が進んでおらず、IT化がどのように発展するかは良く分かりません。twitterのTLを見ていると、弁護士の方々の実務の観点からは様々なIT化の余地があるようです。私も夏季法廷前のある裁判を傍聴したときに、次回期日調整に15分以上掛かり挙句の果てに公判の短縮化 or 9月以降みたいなことがあったので、人権保障の観点からもIT技術を用いた工夫の余地がある気がしています。
また、刑事裁判のIT化以前に刑事捜査の情報共有のIT化が急務である、という趣旨の弁護士の方のご指摘もありました。自分が調べた限り、ヨーロッパや米国では「機械学習」的な捜査があるようです。また、日本では神奈川県警が始めているようです。
ところで、ITをかなり使っている国際刑事裁判所(ICC)に於いて一番拠出額が多い国が日本のようで、更に今の日本出身判事は元検察官でもあるので、霞が関風に書くならば「刑事裁判手続きの全面的なICC化」も面白いのではと思います。
また、裁判に於ける同時通訳に関するISO標準が議論されているようですが、一見地味な領域での国際標準の導入はシステム全体の変化を要請するケースが多いと思うので、注目に値すると思います。
日本の法曹会の議論が諸外国の事例ドリブン的であることを踏まえて、裁判系の国際標準を日本がリード→国際刑事裁判所に導入(or 拠出額の引き下げ)→日本の刑事裁判にも導入みたいな流れも意識しても良いと思います。

10. 裁判所から社会へ

昨今の国際政治の一つの大きな潮流として直接民主主義の興隆があります。そのなかで、裁判所の事実認定や争点整理は新しい社会的な役割を果すのではないかと思われます。裁判所から社会へ、多くの議論が還元されていくなかで、テクノロジーで何が出来るのか、大変興味深いです。

終わりに 〜裁判所からの補助金の可能性〜

#裁判のIT化 の可能性に関して10個ほど個人的な意見を述べさせて頂きました。セキュリティー、電子署名、送達、執行、決済、スマートコントラクトetc他にも様々な可能性があると思いますが、他の専門家の方々にお願いできればと思います。
重要なのは、昨今の文脈に於ける裁判のIT化のスコープは想像以上に大きいということです。例えば、韓国の裁判所にはITやUI/UXの研究所があり、日本の裁判のIT化検討会の第2回議事要旨では研究施設の設立が提案されています。
ところで、私達の多くは新しい技術やイノベーションの過程で、既存の法体系のグレーゾーンに飛び込む勇気が求められています。しかし、この国ではグレーゾーンに飛び込む→検察の安易な起訴の傾向が続いています。生まれた国を変えることは出来ませんが、未来は変えられます。何がアウトなのかセーフなのかを判断するのは、警察でも検察でも自民党でも国会でもありません。裁判所です。だからこそ、裁判のIT化を盛り上げて行き、予算を付けていき、研究施設の設立や補助金を確保する意義があります。裁判所から補助金を貰った技術者に対して検察が安易な起訴をすると思いますか?
あなたの今関心のある技術をとにかく #裁判のIT化 に絡めていくことで、未来を確保しましょう。

告知

「取りまとめ」にあるように裁判=データのやりとりであることからgithub上でissue/PRをするように裁判をすることが出来る気がしています。というわけで、今年中にgithub上で模擬裁判をしてみたいと思っています。興味のある方は私が主催している「裁判傍聴・国会傍聴もくもく会」にjoinして頂ければ幸いです。


  1. 自分の個人レポジトリに「裁判手続き等のIT化検討会」の「取りまとめ」をpdf→text化したものを置いてましたが、 @nyampire さんにmarkdown化したものをPR出して頂きました。改めて感謝です。 

  2. 現段階でも、裁判所内部の司法統計データベースはかなり質が高いようです。どのような項目があるのか、最高裁に情報公開請求予定です。