はじめに
「アクセシブルなパッケージは、売上につながるのでしょうか?」
アクセシビリティについて話していると、このような問いを聞くことがあります。もちろん、事業として製品を作る以上、コストや売上を考えることは大切です。しかし、アクセシビリティの価値を短期的な投資対効果だけで測ってしまうと、見落としてしまうものもあります。
Microsoft の Inclusive Design チームには、Creating Accessible Packaging という、製品パッケージをアクセシブルにするためのガイドがあります。そこでは、パッケージもまた製品体験の一部であり、障害のある人を含む多様な人を設計の中心に置くことが説明されています。
本記事では、アクセシブルなパッケージがもたらす価値を考えたあと、パッケージに限らず、製品そのものがアクセシブルになることで何が変わるのかを考察します。具体例として、私がIoT開発で触れてきたM5Stack Coreを取り上げます。
アクセシブルなパッケージとは
パッケージは、製品を運ぶための外箱ではありません。購入者が製品と初めて接触し、開封し、取り出し、使い始めるまでの一連のインターフェースです📦
箱を開けるために強い力が必要だったり、どこから開ければよいのかわからなかったり、細かい文字を長時間読まなければならなかったりすると、製品本体にたどり着く前に利用を断念する人がいます。
つまり、製品本体が使いやすくても、パッケージが利用開始までの障壁になれば、その製品は実質的にはアクセシブルではありません。
Microsoft のガイドでは、アクセシブルなパッケージを考えるときに、まず当事者を含む多様な人から学ぶことの重要性が示されています。これは、単に「障害のある人向けの機能を追加する」という発想とは異なります。
私が触れてきたM5Stack製品では、パッケージ自体もアクセシブルに設計されていると感じます。ほとんどの場合、はさみなどの刃物を使わずに開封できます。開け方を探しながら力をかけたり、刃物で包装を切ったりする必要が少ないため、手指の操作に制約がある人だけでなく、子どもや、作業場所に道具を用意できない人にとっても始めやすい設計です。
包装を含むアクセシブルな製品を作るためには、すべての人を製品づくりに参加させる必要があります。
パッケージがもたらす価値
最初の成功体験を失わせない
購入者にとって、開封は最初の操作です。
説明書を探す、付属品を見分ける、保護材から本体を取り出す、電源を入れる。この手順のどこかでつまずくと、「自分には使えない製品だ」と判断されるかもしれません。
わかりやすい開け方、識別しやすい部品、取り出しやすい配置は、特定の障害のある人だけでなく、初めて使う人、暗い場所で作業する人、片手しか使えない人にも役立ちます。
アクセシブルなパッケージは、製品の価値を説明する前に、最初の成功体験を守るのです。
製品を選べる人を増やす
アクセシビリティを考慮しない製品は、使える人の範囲を設計者が無意識に狭めています。
一方で、開けやすさ、読みやすさ、触ってわかる手がかり、複数の情報伝達手段を考えると、利用できる人の範囲が広がります。本人だけでなく、家族や友人、支援者が購入を検討するときにも、安心材料になります。
これは「特別な市場を追加する」というより、最初から市場を狭めない設計です。
ブランドへの信頼をつくる
製品の性能は、スペック表だけでは伝わりません。自分が歓迎されているか、困ったときに置き去りにされないかという感覚も、ブランドへの評価になります。
アクセシブルなパッケージは、「この製品は、使える人だけを想定していない」というメッセージになります。すべての人に同じ体験を保証できるわけではなくても、排除を減らそうとする姿勢は伝わります。
アクセシビリティの価値を売上だけで測らない
アクセシビリティには、売上や法令遵守以外にも価値があります。
| 観点 | もたらされる価値 |
|---|---|
| 🧑🦽 利用者 | 自分で開封し、使い始められる可能性が高まる |
| 👨👩👧 周囲の人 | 家族や支援者が介助しやすくなる |
| 💡 設計 | 制約から新しい工夫が生まれる |
| 🏢 企業 | 問い合わせや返品の原因を減らせる可能性がある |
| 🌍 社会 | 参加できる活動や選択肢が増える |
ここで大切なのは、「アクセシブルにすれば必ず売上が増える」と断定しないことです。製品の価格、性能、認知度、販売チャネルなど、売上には多くの要因があります。
それでも、利用開始までの障壁を減らし、選択肢を増やし、利用者の時間や尊厳を守ることには、それ自体の価値があります。売上は、その結果として現れることがある指標の一つにすぎません。
製品そのものがアクセシブルになるということ
ここからは、パッケージの外側から製品本体へ視点を移します。
製品をアクセシブルにするとは、必ずしも障害のある人専用の機能を追加することではありません。利用者が目的に到達するまでに必要な、身体的・認知的・技術的な負担を減らすことでもあります。
たとえば、IoT機器を作るとき、以前はRaspberry Piのようなボード型のコンピューターを用意し、ケースを探し、電源やセンサーを配線し、必要なソフトウェアをインストールするという流れが一般的でした。
もちろん、この自由度は大きな魅力です。しかし同時に、電子工作の知識、配線の経験、部品を扱う手先の器用さ、トラブルを切り分ける時間が必要になります。目的が「センサーを使った作品を作ること」なのに、最初の段階で「配線ミスと戦うこと」が主な作業になることもあります。
ここで、製品側が複雑さを引き受けてくれると、入口が変わります。
M5Stack Coreに見る「複雑さを製品側へ吸収する」設計
M5Stack Coreは、ESP32を中心とした小型のIoT開発デバイスです。M5Stackの公式ドキュメントでは、ディスプレイ、ボタン、スピーカー、バッテリーなどを備えた筐体として紹介されています。
従来のボード型デバイスでは、CPUボードをむき出しのまま扱ったり、別途ケースを用意したりすることがあります。M5Stack Coreは、CPUや周辺機能を筐体の中にまとめ、手に持って扱える「ひとつの製品」に近い形で提供しています。
さらに、M5Stackにはさまざまなセンサーやユニットが用意されています。特殊な方法で基板を配線しなくても、対応するコネクターで接続して試せるため、電子回路の細部に慣れていない人でも目的の検証へ進みやすくなります。
| 項目 | ボードを中心に組み立てる場合 | 🧱 M5Stack Coreを使う場合 |
|---|---|---|
| 🧩 筐体 | ケースを別途用意する | CPUや周辺部品が筐体に収まっている |
| 🔌 接続 | ピンや電源を確認して配線する | 対応ユニットをコネクターで接続する |
| 👀 状態確認 | 外部ディスプレイなどを追加する | 本体のディスプレイで確認できる |
| 🛠️ 最初の作業 | 配線・電源・ケースの準備 | プログラムとセンサーの検証に集中しやすい |
ここで言いたいのは、「M5Stackが誰にとっても完全にアクセシブルである」ということではありません。小さなボタンや画面、設定ソフトウェアなど、別のアクセシビリティ課題は残ります。
重要なのは、設計者が扱う複雑さを減らし、利用者が本来やりたいことに近づけているという点です。
アクセシビリティは「できること」を増やす
M5Stack Coreのように、部品を筐体へ統合し、接続方法を整理することは、単に便利なだけではありません。利用者にとっての「できること」の境界を変えます。
学習の入口が広がる
初めてIoTに触れる人が、最初から回路図や電源電圧をすべて理解する必要がなくなります。まずセンサーの値を読み、画面に表示し、結果を見ながら次の疑問を持つことができます。
これは教育の場で特に大きな意味を持ちます。最初の成功までに必要な前提知識が少なければ、年齢や経験に関係なく試行錯誤を始めやすくなります。
失敗の種類を選べる
配線ミスや接触不良は、電子工作の学習において重要な失敗です。しかし、目的によっては、本質的ではない失敗でもあります。
複雑な配線を製品側へ吸収すると、利用者は「電源が入らない理由を探す」代わりに、「センサーのデータをどう活用するか」という失敗と向き合えます。失敗をなくすのではなく、学びたい対象に近い失敗を選べるようになります。
試作品を使える形に近づけやすい
ボードとジャンパーワイヤーで動く試作品は、検証には向いていますが、持ち運んだり誰かに触ってもらったりする段階では不安が残ります。
筐体があり、画面があり、入力手段がまとまっていると、試作品を「使える道具」に近づけるまでの距離が短くなります。アイデアを他の人に体験してもらい、フィードバックを得ることも容易になります。
「ソルブ・フォー・ワン、エクステンド・トゥ・メニー」
Microsoft の Inclusive Design では、次の原則が紹介されています。
- 排除を認識する
- 多様性から学ぶ
- 一人のために解決し、多くの人へ広げる
最後の「一人のために解決し、多くの人へ広げる」という考え方は、製品設計を考えるうえで特に重要です。
片手で開けられるパッケージは、片手が使いにくい人だけでなく、子どもを抱えている人にも役立ちます。配線を減らしたIoT機器は、手指の操作に制約がある人だけでなく、授業中に短時間で実験したい人にも役立ちます。
アクセシビリティのために生まれた工夫が、別の利用者にとっては「便利な標準機能」になることがあります。これが、アクセシビリティを特別な追加コストだけで捉えない理由です。
開発者が考えるべきこと
アクセシブルな製品を作るとき、最初から完璧な解決策を目指す必要はありません。まずは、利用者がどこで止まっているのかを見つけることが出発点です。
どこに負担が集中しているか
- 開封に力が必要なのか
- 部品の区別が難しいのか
- 画面の情報量が多すぎるのか
- 配線の向きや順番を覚えにくいのか
- エラーが起きたときに原因を特定できないのか
このように、製品を「機能の集合」ではなく、利用開始から目的達成までの体験として観察します。
当事者と一緒に考える
シミュレーションだけでは、実際の利用経験を置き換えられません。パッケージであれば、実際に開封する人に触ってもらう。IoT機器であれば、異なる身体的・認知的条件を持つ人に、実際の操作を試してもらう。
設計者が「これなら使えるはず」と考えた部分に、思い込みが残っていることは珍しくありません。利用者の声を早い段階で取り入れるほど、後から大きな修正をする必要が減ります。
自動化できる確認と、人が判断することを分ける
ソフトウェアであれば、コントラスト比、ラベルの関連付け、キーボード操作の可否など、自動テストで確認できる項目があります。しかし、説明文が理解しやすいか、操作の流れが自然か、実際に目的を達成できるかは、人による評価が必要です。
同じことは物理製品にも言えます。寸法や開封力を測定できても、開封の順番が直感的か、触ったときに不安がないかまでは数値だけで判断できません。
おわりに
アクセシブルなパッケージは、製品の外側にある付属物ではありません。それは、製品を使い始めるための最初のインターフェースです。
そして、製品そのものをアクセシブルにすることは、障害のある人のためだけに機能を追加することでもありません。複雑さを減らし、最初の成功体験を守り、より多くの人が本来やりたいことへ到達できるようにすることです。
M5Stack Coreのように、CPUやディスプレイ、入力装置を筐体にまとめ、センサーとの接続方法を整理した製品を見ると、アクセシビリティは「使える人を増やす」だけでなく、作り始められる人を増やす設計でもあると感じます。
売上や市場規模は重要な指標です。しかし、アクセシビリティの価値はそれだけではありません。自分で開けられること、自分で試せること、自分のアイデアを形にできること。その可能性を増やすことも、製品がもたらす大切な価値なのではないでしょうか。