はじめに
皆さん、こんにちは。
一昨年のアドベントカレンダーで、自作キーボードという名の深淵なる沼に頭から飛び込んだ様子をお届けした、コーポレートIT・セキュリティグループの西本です。
あれから2年。
「もうこれ以上の環境はないだろう」と高を括っていましたが、甘かったです。
私のデスク環境の改善(という名の沼)には、まだ続きがありました。
今回は、私のデスクから「マウス」という独立した道具が消滅し、キーボードと物理的な融合を果たした話をします。
前回までのあらすじ:分割キーボードで窮屈な姿勢との決別
まずは簡単に振り返りを。
かつてノートPCのビルトインキーボードによる窮屈な姿勢に悩まされていた私は、左右に分かれたキーボード(Lily58Pro)と、親指で操作するトラックボールマウス(MX Ergo)を導入しました。
左右に分かれたキーボードは、縮こまった胸を開放し、私の姿勢を劇的に改善しました。これで私のPC環境は「完成」したかのように見えました。
「これが最強のデスク環境だ。これ以上の最適解はない」
当時の私は本気でそう思っていました。
……そう、その時までは。
しかし、毎日使い続ける中で、新たな「小さなストレス」が、ボディブローのように効いてくるのを感じるようになったのです。
残された「最後の数センチ」問題
人間というのは強欲な生き物です。(特に私のような凝り性は、)一度快適さを知ると、些細なストレスが許せなくなります。
私がどうしても気になったのは、「キーボードからマウスへ手を伸ばす移動」です。
文字入力の手の位置から、隣にあるトラックボールマウスまで、距離にしてわずか数センチ。
しかし、1日に何百回も発生する「キーボードからマウスへ手を持ち替える」という動作。
この一瞬の動作に、じわじわとストレスを感じるようになっていきました。
例えるなら、「ひと昔前の、マスクをしたままではスマホの顔認証が通らなかった頃」のあの感覚です。
画面は見ているのに、認証が通らない。一度作業を止めてマスクを下げ、ロックを解除して、またマスクを戻す。
「もう、マスクしたまま認識してよ!」と叫びたくなる、あのほんのコンマ数秒の『待った』がかかるストレス。
この「スムーズに次の動作に行きたいのに、物理的なひと手間で思考が寸断される感覚」を、どうにかして無くしたかったのです。
Keyball44との出会いと運命
「一度キーボードに手を置いたら、ホームポジションから一歩も離れずに全てを操作したい」
そんな怠惰な...いや、極限まで効率を追求する願いを叶えるデバイスが存在しました。
それが、親指トラックボールを搭載した自作キーボードキット「Keyball44」です。
Keyball44は、その名の通り、キーボード(Keyboard)にトラックボール(Ball)が埋め込まれたデバイスです。
文字を打つ道具と、カーソルを動かす道具が、ついに物理的に一つになりました。
百聞は一見にしかず。私が組み上げた初期のKeyball44をご覧ください。
魅力1:ホームポジションへの「永住権」獲得
Keyball44の最大の魅力は、親指一つでカーソル操作が完結する点です。
これにより、私の両手はホームポジションという「聖域」から一歩も外へ出ることなく、PC操作の全てを行えるようになりました。
以前感じていた、キーボードとマウスを行き来する時の「微細な思考の分断」が一切ありません。
手が迷わない。視線がブレない。
ただ、思考の流れのままに指を動かすだけ。
この「ストレスのなさ」は衝撃的でした。
まるで、自分の神経がそのままPCに繋がったかのような感覚。ついに、物理デバイスが私の思考速度に追いついたのです。
魅力2:見た目も機能も、自分色に染め上げる
自作キーボードの醍醐味は、そのカスタマイズ性にあります。
当然、キーキャップ(キートップ)も自分好みに変更します。気分や季節に合わせて着せ替える、これはもはやファッションであり、アイデンティティです。
そして何より、このカスタマイズされた空間は、男の子なら誰しもが一度は憧れた「自分専用のコックピット」そのもの。
デスクに向かい、この操縦桿に手を置くたびに、仕事道具以上の高揚感を感じることができます。

キーキャップを変更。見た目が変われば気分も変わる。仕事のモチベーション管理もデバイスの一環です。
そして、機能面での大きなアップデートが「テンティング」です。
テンティングとは、キーボードの中央側を高くし、ハの字型に傾斜をつけることです。人間がリラックスして机に手を置いたとき、手のひらは少し内側を向きますよね?その自然な角度にキーボードを合わせるのです。
私はチルトスタンドを片側に2個ずつ使い、自分に最適な角度を実現しました。

この傾斜が手首を無理のない角度に保ち、より自然な姿勢でのタイピングを可能にします。
これにより、ただでさえ姿勢を楽に保てる分割キーボードが、さらに体にフィットするようになりました。もはや体の一部と言っても過言ではありません。
なぜ「人」はキーボードを作るのか
よく、「なぜそこまでキーボードにこだわるのか?」「変態(最大の褒め言葉)ですね」と聞かれることがあります。
これに対し、私は人類を代表してこう答えたいと思います。
それは、キーボードとは人間(思考)とコンピュータを繋ぐAPI(インターフェース)だからである、と。
システム開発において、APIのレスポンスが悪かったり、仕様が複雑だったりすれば、システム全体のパフォーマンスは落ちますよね。
人間も全く同じです。入力デバイスが手に馴染んでいなかったり、無駄な動作を強いるものであれば、どれだけ素晴らしいアイデアを持っていても、それをアウトプットする速度や質は低下してしまいます。
文字入力の効率化、カーソル移動の最適化は、単なる自己満足ではありません。
それは、業務効率の向上、ひいてはアウトプットの質の向上に直結する、重要な投資なのです。
Keyball44を導入したことで、私の脳内(思考)とPCの間のレイテンシ(遅延)は、ついに極限までゼロに近づきました。
唯一にして最大のデメリット
ここまで良いことづくめで語ってきましたが、公平を期すためにデメリットもお伝えしなければなりません。
それは、「沼の深淵にハマりすぎて、地上(普通の環境)では息ができなくなる」ということです。
自分好みの押し心地のスイッチ、思考を反映したキー配列、手首に吸い付くような角度……。
それらが複雑に組み上げられ、完全に最適化されたこのデバイスは、もはや「私の身体の一部」として同化してしまいました。
その結果、ひとたび普通のキーボードを触ると、まるでサイズの合わない靴を履かされているような、猛烈な違和感に襲われます。
「ああ、私はもう、君(Keyball44)なしでは生きられない体になってしまったのだ…」
あまりに手にフィットしすぎるがゆえに、他のキーボードでは仕事をする気になれない。
これこそが、過剰な最適化の代償であり、私がさらに深い沼へと足を踏み入れてしまった証拠でもあります。
おわりに
2年ぶりに、私のキーボード変遷史をお届けしました。
皆さんは、1日何時間キーボードに触れていますか?
おそらく、恋人や家族の手を握っている時間よりも、キーボードを叩いている時間の方が圧倒的に長いはずです。
人生で最も長い時間を共にするパートナー。
そう考えれば、そこに少しばかりの情熱(とコスト)をかけるのは、決して変なことではないはずです……よね?
皆さんも、毎日何気なく触れているそのキーボードやマウス環境、一度見直してみませんか?
思考直結型の入力体験、一度味わうともう戻れませんよ。
それでは、沼の底でお待ちしております。
