Haskell
SPJ

SPJ の憂鬱 (和訳)

最近 Cabal人(?)と Stack人の戦争が勃発したようで... とある Haskeller がその論争に対して、「SPJ が過去に投稿した憂いに満ちたメッセージを思い出してくれ!」という記事を投稿していました。そのメッセージが意外と良い内容だったので意訳してみます。メッセージの原文は公式のメーリングリストを、元の記事は Reddit - A Call For Respect を参照してください。

[Haskell] Respect

こんにちは

この 25年間の Haskellコミュニティの大切なものは、協調的な雰囲気、優しさ、そして礼儀正しい意見交換などでした。コミュニティの人間はこのことについてよく注意を払い、私はいつも心地よく感じていました (例えば、この面白い会話とか。これはかの素晴らしく、そして悲しいことに更新を停止してしまった Haskell Weekly News で出くわしたものです)。この記事は、同じく高水準の議論が飛び交う ICFP から帰りつつ書いています。確かにそこでは鋭い質問をしたりされたりしますが、あくまでも批判的な友人としてやっていることで、敵意を持った対戦相手としてやっていることではありません。

コミュニティとしてオープンな場で行われた対話が、ここ 2,3ヶ月でひどいものになっているのは否定できません。もしこの雰囲気が普通になってしまったら、私たちの普通の日常は壊れて、もしかしたら永遠に、共通の理念を脅かすことになるでしょう。そんなことになったら悲しいです。

これらの対話の中で、強い意見の違いが存在します。技術的な判断も然り、新しいユーザにとって何が最も役に立つかという評価においても然りです。これらは合理的に、そしてよく考えているからこそ生まれる意見の相違です。しかし、誰もが進んで正しいことをしていると私が信じることのできるコミュニティでは、その違いについてもっと建設的な方法で議論ができるはずです。

この記事を書くにあたって、私はオープンな議論や懸念事項の表明をやめさせたいわけではありません。以下の 2つを分けることには意味があります:

  1. 判断の異なる問題について開かれた場で議論すること
  2. その議論で、攻撃的で敵意のある言葉を使うこと

誰かの判断について、丁寧に反対することはいいんです (Haskell Weekly News の例みたいに)。ただ、隠された不適切な動機をほのめかしたり、無能だとか故意に頭が悪いと言ったりするのはだめです。このようなコメントに、私たちの公共の場での居場所はありません。問題がより厄介であればあるほど、より慎重に敬意を表する方法で自分自身を表現しなければならず、これは明らかに他者との信頼関係を前提に成り立つものです。

私は誰かに責任を求めるようなことはしません。ここに意味のない悪意は存在しないし、配慮に欠ける荒らしもありません。そこら中で互いに指を差し合うのはいいことではありません。私たちの公共の発言は、私たちみんなの責任です。

私は表面的に亀裂を修復しようとしているわけでも、お互いに礼儀正しくしていれば全てうまくいくと思っているわけでもありません。他にもかなりの技術的な意見の不一致、傷つけられた感情、欲求不満、怒りがあります。だから私には一緒にやる仕事があり、主要な貢献者との間で積極的に会話したり、前に進むための具体的なステップに取り組んでいます。それ以上は願うしかないですね。

一方で、他者を尊重し、ボランティアや仲間の仕事を祝うような言葉、そして会話している相手の方にも誠心誠意取り組んでいることがわかるような言葉を使いながら、これらの問題に取り組むことをどうかお願いしたいです。

Simon