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杉浦解析入門で学ぶアナログデジタル変換

Last updated at Posted at 2025-11-25

第 I 章 実数と連続 (Real Numbers and Continuity)

副題:連続時間信号・アナログ波形・サンプリングの数学基盤

■ アナログ–デジタル変換とデジタル復元

(Sampling, Quantization, Reconstruction)

本章は、信号処理の根幹である

  1. アナログ → デジタル(A/D)
  2. デジタル → アナログ(D/A)
  3. サンプリングとナイキスト周波数
  4. デルタ関数による厳密定義
  5. sinc 補間による完全復元の理論

を統合的に扱う。

数学(分布、フーリエ解析)と工学(ADC, DAC)を
一つの流れで理解するための「最も標準的な体系」である。

====================================================

■ 0. 信号の数学モデル

アナログ信号
x(t) : R → R

デジタル信号
x[n] : Z → R

理想的な A/D 変換とは、
x(t) を「時間方向に離散化(サンプリング)」し、
さらに「振幅を有限精度に制限(量子化)」すること。

理想的な D/A 変換とは、
x[n] から連続時間信号 x_r(t) を再構成すること。

この二つを数学的に結びつけるために
Dirac δFourier 解析 を用いる。

====================================================

■ 1. サンプリング(Sampling)

1.1 サンプリングの基本定義

サンプリング周期
T_s
サンプリング周波数
f_s = 1/T_s
角周波数
ω_s = 2π f_s

サンプリング操作は:

x[n] = x(n T_s)

すなわち
連続 → 離散への写像。


1.2 デルタ関数で表すサンプリング

Dirac comb(デルタ列)を用いる:

III_{T_s}(t) = Σ_{n=-∞}^{∞} δ(t - nT_s)

理想サンプリングは “連続信号とデルタ列の乗算”:

x_s(t) = x(t) · III_{T_s}(t)
       = Σ x(nT_s) δ(t - nT_s)

1.3 周波数領域でのサンプリング

フーリエ変換を取る:

X_s(ω) = (1/T_s) Σ X(ω - k ω_s)

スペクトルが f_s(=ω_s/2π)間隔で周期複製される。

これがサンプリングの数学的本質。

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■ 2. ナイキスト周波数とエイリアシング

入力信号の帯域:
|ω| ≤ ω_max

エイリアシングを防ぐ条件:

ω_s ≥ 2 ω_max

⇔ f_s ≥ 2 f_max

この 2 f_max を ナイキスト周波数 と呼ぶ。

周波数が不足するとスペクトル複製が重なり、
本来の信号を復元できなくなる(aliasing)。

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■ 3. 量子化(Quantization)

サンプリング後の x[n] は実数だが、
ADC はこれを有限ビット整数に写像する。

量子化ステップ幅
Δ = V_FS / 2^B

理想量子化:

x_Q[n] = Δ · round(x[n] / Δ)

理想誤差:

e[n] = x[n] - x_Q[n]

量子化誤差は
E[e[n]] = 0
Var(e[n]) = Δ^2/12
として近似(Bennett モデル)。

====================================================

■ 4. デジタル → アナログ変換(D/A)

D/A 変換の目的は:

離散列 x[n] から連続信号 x_r(t) を再構成する

数学では以下の 2 通りがある:

  1. 理想再構成(sinc 補間)
  2. 物理 DAC の実装(ZOH: Zero-Order Hold)

以下で両方を扱う。

====================================================

■ 5. 理想 D/A:sinc 補間(理想補間フィルタ)

帯域制限された信号で
サンプリング条件 f_s ≥ 2 f_max を満たすとき、
完全な復元が可能。

理想復元公式(Shannon–Whittaker):

x_r(t)
  = Σ x[n] sinc( (t - nT_s)/T_s )
  = Σ x[n] * sin(π(t/T_s - n)) / (π(t/T_s - n))

この sinc での無限和こそが
「理論上の完全なアナログ復元」 である。

5.1 なぜ sinc なのか?

サンプリングによって X(ω) が周期複製されたので、
元の帯域だけを通す 理想 LPF(矩形特性) を使って
スペクトルの 1 つを選べばよい。

矩形 LPF の時間応答が sinc であり、
畳み込みにより sinc 補間が生じる。


5.2 sinc 補間の性質

  • 完全復元(数式レベル)
  • 線形位相
  • 非因果(未来のサンプルも必要、実装不可)
  • 無限長インパルス応答(IIR でも FIR でもない)

つまり 実際の DAC では sinc は実現できない

====================================================

■ 6. 実際の D/A:ゼロ次ホールド(ZOH)

ハードウェアの DAC の標準動作:

  • サンプル x[n] を
    次のサンプル時刻まで保持する(階段状)

数学モデル:

x_zoh(t) = Σ x[n] rect((t - nT_s) / T_s)

周波数応答:

H_ZOH(ω)
  = T_s · e^{-j ω T_s / 2} · sinc(ω T_s / 2)

特徴:

  • sinc による高域減衰
  • ゼロ点が現れ、波形がぼやける
  • 高周波成分が失われる

ゆえに 出力にアナログ LPF を付加して滑らかに補正する
(DAC の後段アナログ LPF=reconstruction filter)。

====================================================

■ 7. A/D – D/A を統合した数学的図式

連続 → 離散(A/D)
x(t) → x[n]

離散 → 連続(D/A)
x[n] → x_r(t)

その間の理想的変換は:

x_r(t)
  = Σ x(nT_s) sinc( (t - nT_s)/T_s )

サンプリング → スペクトル複製
補間 → 複製の 1 つだけを取り出す帯域制限

A/D と D/A は
「スペクトルを周期複製し、再び切り出す」操作 として
厳密に数学化される。

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■ 8. 実装におけるサマリ(数学 → 回路)

A/D

  1. アナログ LPF(アンチエイリアス)
  2. サンプル & ホールド(S/H)
  3. ADC(SAR, Flash, ΔΣ など)

D/A

  1. ゼロ次ホールド(ZOH)
  2. アナログ LPF(復元フィルタ)

数学的には:

  • A/D = デルタ列によるサンプリング
  • D/A = sinc(理想)または矩形(ZOH)による補間

工学的には:

  • スペクトルが周期複製されないよう帯域制限
  • 補間誤差をアナログフィルタで除去

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■ 9. 総合まとめ

  1. サンプリング=デルタ列による連続信号の刻印

    x_s(t) = Σ x[n] δ(t - nT_s)
    
  2. 周波数領域ではスペクトルの周期複製

  3. ナイキスト条件が復元の必要条件

  4. 量子化=有限ビット整数への写像

  5. 理想復元= sinc 補間

  6. 現実の DAC=ZOH + アナログ LPF

  7. A/D – D/A 全体は「帯域制限された信号を
     周期複製し、1 つの複製だけ選び取る」操作

A/D 変換を数学的観点から体系的に整理すると、まず自然数は離散時間信号を扱う際の基盤となる概念であり、連続時間軸をサンプリングによって区切ったときに得られる「第 n 番目の時点」を表す指標として用いられる。時系列データ x[n] における添字 n は自然数で記述され、これは離散化された時間軸における位置情報そのものである。サンプル列の順序、フィルタ処理における時間シフト、畳み込み演算の定義など、ディジタル信号処理の基本操作は、自然数を時間インデックスとする表現に依存している。

次に整数は、A/D 変換後に得られる量子化データを表す数学的対象として機能する。量子化によって連続値であるアナログ信号が有限ビット分解能の離散値へ写像されるとき、その値域は通常、符号付きの整数集合で表される。たとえば、10 ビット ADC では -512 から +511 の範囲の整数が出力を表し、この整数値がデジタルシステム内部で保持、演算、伝送されるデータの基本単位となる。整数は離散時間信号の振幅表現としての役割を果たし、誤差解析、量子化雑音モデル、オーバーフロー挙動の検討などにも不可欠である。

これに対して実数は、A/D 変換の入力となるアナログ信号の値を表すための連続的な数体系として位置づけられる。アナログ信号 x(t) は、時間 t が連続的に変化するのに対応して実数値の電圧や電流をとる連続時間関数として定義される。回路理論では、RLC 回路の微分方程式、連続時間フィルタの周波数応答、振幅と位相の連続変化など、実数を前提とした解析が行われる。A/D 変換はこの連続値を有限ビットの整数値へ変換するプロセスであり、実数と整数の間の橋渡しを担う操作として理解される。

さらに、A/D 変換の解析をより精密に扱う際には、有理数と複素数が重要な役割を果たす。まず有理数は、量子化ステップ幅やフルスケール範囲の分割比など、量子化の構造を記述する際に自然に現れる。たとえば、ビット数 B の ADC における量子化ステップ幅 Delta は

Delta = V_FS / (2^B)

のように有理数として扱うことができ、SNR、量子化雑音、ゲイン誤差などの解析はこのステップ幅を前提に行われる。DSP においても、有限精度実装ではフィルタ係数や固定小数点値が有理数で近似され、数値安定性や演算誤差の評価に深く関わる。

一方、複素数は周波数解析や I/Q 信号処理における中心的な数体系である。複素指数関数 e^(j omega t) は連続時間 LTI システムの固有関数であり、フーリエ変換やラプラス変換の基本要素となる。さらに、ディジタル通信やレーダなどでは、I 成分と Q 成分からなる複素信号

x(t) = I(t) + j Q(t)

が標準表現として定着しており、変調、復調、周波数シフト、スペクトル解析などの操作は複素数形式を用いて統一的に説明される。離散時間領域においても、DFT や FFT は複素数演算を基盤として構成されており、デジタル信号の周波数成分の抽出、フィルタ設計、スペクトル操作などの解析手法はすべて複素数体系に依存している。

■ 第 I 章:数体系の拡張と解析学の基礎

(自然数 → 整数 → 有理数 → 実数 → 複素数 → 極限・連続 → 列・級数 → コンパクト性)

■ 0. 数体系の拡張が必要になる理由

工学的には、以下のような要求がある:

  1. 離散時間のサンプルを順序付きに扱いたい
    → 「1,2,3,…」という列挙のための自然数が必要

  2. 量子化後の振幅について、正負を持つ値を行き来したい
    → 「0 より小さい量」を表す整数が必要

  3. ステップ幅、ゲイン、周波数比などの比率を厳密に扱いたい
    → 分数 p/q を扱える有理数が必要

  4. アナログ信号のような連続的な物理量を扱い、微分・積分をしたい
    → 完備性を持つ連続体としての実数が必要

  5. 振幅と位相、正弦波と指数関数を統一的に扱いたい
    → 複素平面上の演算ができる複素数が必要

  6. 「近づく」「途切れない」「滑らか」といった直感を厳密にしたい
    → 極限・連続の概念が必要

この「必要」が積み上がる順序が、そのまま数学の拡張順序と一致している。

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■ §1 自然数 N:離散時間の“骨格”

1. 数学的側面(Peano 公理と帰納法)

自然数 N は、直感的には「1,2,3,…」だが、厳密には以下を満たす構造として定義される:

  • 区別された元 0(または 1)を持つ
  • 後者関数 S: N→N があり、S(n) は “n の次” を表す
  • S は単射であり、0 はどの元の S(n) でもない
  • 帰納公理:0 を含み S に関して閉じた集合は N 全体に一致する

この公理から、加法を次のように定義できる:

  • n + 0 = n
  • n + S(m) = S(n + m)

これにより、加法の結合則・交換則などが 帰納法で証明できる。

「数学的帰納法」自体も、上の公理から導かれる定理であり、

  • P(0) が真
  • P(n) ⇒ P(n+1) が真

ならば、全ての n∈N で P(n) が真、という論法が正当化される。

2. 信号処理での役割

  • 離散時間信号 x[n] の添字 n は自然数
  • 畳み込みの定義
    y[n] = Σ_k h[k] x[n-k]
    ここで k は自然数あるいは整数インデックスとして走る
  • サンプル位置、フレーム番号、ブロックインデックスなど、
    時間軸の「構造」を与えるのが N

“順番に並んだサンプル列” という概念自体が、自然数の存在を前提にしている。

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■ §2 整数 Z:逆方向への拡張と加法群

1. 数学的側面(群構造と構成)

自然数だけでは「引き算」が閉じない(2 - 5 は N に入らない)。
これを解消するために整数 Z が導入される。

典型的構成:

  • N×N の元 (a,b) に対し、「a−b」という直感を同値類として定義
  • (a,b) ~ (c,d) ⇔ a + d = b + c
  • この同値類を [a,b] と書き、整数を Z := (N×N)/~ として定義

この構成により、

  • 加法:[a,b] + [c,d] = [a+c, b+d]
  • 0 = [0,0]
  • 逆元:−[a,b] = [b,a]

が定まり、(Z, +) が可換群になる。

2. 信号処理・回路の文脈

  • A/D 量子化値は符号付き整数として表現される
    例:10bit → -512 ~ +511
  • 乗算・フィードバックを含む演算では、増減により符号が変化する
  • 固定小数点表現でも内部は Z 上の演算(ビットパターンとしては 2 の補数など)

正負を含む“振幅の変化”“差分”を扱うために Z が不可欠。

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■ §3 有理数 Q:体構造と分数の厳密化

1. 数学的側面(体としての構造)

Z 上では除算は閉じていないので、分数を導入して体(field)を作る:

  • Q := { (a,b) | a,b∈Z, b≠0 } の同値類
    (a,b) ~ (c,d) ⇔ a d = b c
  • [a,b] を a/b と書く

Q 上では:

  • 加法:(a/b) + (c/d) = (ad+bc) / bd
  • 乗法:(a/b) * (c/d) = ac / bd
  • 逆数: (a/b)^{-1} = b/a, a≠0

が定義でき、加減乗除すべてに閉じる体構造が得られる。

2. 信号処理・回路での具体例

  • 量子化ステップ幅
    Δ = V_FS / 2^B
    → 実務では V_FS が電源電圧で有理数(例えば 1.0 V = 1/1)とみなせれば Δ は有理数
  • サンプリング周波数比
    Fout = (N/M) * Fin
    → N, M は整数なので N/M は有理数
  • 固定小数点数
    x = z / 2^k (z は整数)
    → すべて有理数

ディジタル実装で扱う “厳密な値” の多くは Q に属している。

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■ §4 実数 R:完備実数体としての構成と意味

1. 数学的側面(完備な順序体)

Q のままでは以下のような問題がある:

  • √2 が存在しない(a^2 = 2 を満たす有理数 a は存在しない)
  • Cauchy 列が収束先を持たない場合がある

解析学のためには、

  • すべての Cauchy 列が収束する(完備性)
  • 線形順序を持つ
  • 四則演算に閉じた体

という性質が必要であり、それを満たすのが R(実数体) である。

典型的構成法:

  1. Dedekind 切断
    Q を「ある点で二つに切ったときの下側集合」で実数を定義
  2. Cauchy 列の同値類
    Q 上の Cauchy 列を同値関係で割って得る

いずれにせよ、

  • (R, +, ·) は体
  • 全順序があり
  • 完備性(任意の Cauchy 列が R に収束)

を満たす「完備順序体」として特徴づけられる。

2. 信号・回路での意味

  • アナログ信号 x(t) は t∈R に対する関数 x: R→R
  • 微分(dx/dt)、積分(∫ x(t) dt)は R 上の極限操作に基づく
  • R の完備性があるからこそ、「収束先」が必ず R 内に存在し、解析が閉じている

微分方程式の解やフーリエ積分が実数上で完結するのは、R が完備だから。

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■ §5 極限と連続:ε–δ と工学的直感の橋渡し

1. 極限の厳密定義

lim_{x→a} f(x) = L の意味は:

任意の ε > 0 に対し、
ある δ > 0 が存在して、
|x − a| < δ ⇒ |f(x) − L| < ε

が成り立つことである。

ここで重要なのは:

  • 「どんなに小さな ε にも対応する δ を選べる」
  • 近づき方は右からでも左からでも構わない

という点であり、これにより「近づいている」という直感が形式化される。

2. 連続の定義

f が a で連続とは、

lim_{x→a} f(x) = f(a)

であること、すなわち

十分 a に近い x を取れば f(x) は f(a) にいくらでも近づく

という性質である。

3. 信号処理・回路での解釈

  • アナログ回路の出力 y(t) は連続関数とみなせる
    → 入力が少し変われば出力も少しだけ変わる
  • オーバーシュート、立ち上がり、過渡応答などの解析で
    「急激だが連続な変化」を取り扱うときに、この概念が土台になっている
  • 中間値の定理や最大値・最小値の存在定理など、多くの定理が連続性を前提としている

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■ §6 実数列の極限と Cauchy 列:収束の内部構造

1. 列の極限

実数列 {a_n} が L に収束するとは:

∀ε>0 ∃N s.t. n>N ⇒ |a_n − L| < ε

Cauchy 列とは、

∀ε>0 ∃N s.t. m,n>N ⇒ |a_m − a_n| < ε

であり、「後ろの項同士が互いに近づいていく」ことを意味する。

R の完備性により、

  • {a_n} が Cauchy 列 ⇔ {a_n} は R 内で収束

が成り立つ。

2. DSP での厳密な読み替え

  • IIR フィルタのインパルス応答 h[n] の列 {h[n]} が 0 に収束する → 系が BIBO 安定
  • LMS アルゴリズムなどの適応フィルタの重み w_k (k=0,1,2,…) が Cauchy 列になっているかどうか
    → 収束安定性の数学的な条件
  • 繰り返し計算(ニュートン法など)で解 x* を求める場合、
    近似列 {x_n} が Cauchy であれば、R の完備性により “必ずどこかに極限 x* が存在する”

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■ §7 級数:無限和の厳密扱いとフーリエ展開

1. 部分和と収束

級数 Σ a_n を定義するとき、形式的な“無限の足し算”ではなく

S_N = a_1 + a_2 + … + a_N

という部分和列 {S_N} を考え、
この列がある S に収束するとき Σ a_n = S と定義する。

  • 絶対収束: Σ |a_n| が収束
  • 条件収束: Σ a_n は収束するが Σ |a_n| は発散

絶対収束の場合、項の並べ替えによって和は変わらないが、
条件収束の場合、並べ替えにより和が変化しうる。

2. 信号処理への直接的な応用

  • フーリエ級数:
    f(t) = Σ (a_n cos nω0 t + b_n sin nω0 t)
    という形で周期信号を無限和として表現
  • IIR フィルタ:
    h[n] が無限長級数として表現され、その収束性が安定性と直結
  • z 変換・ラプラス変換:
    F(z) = Σ f[n] z^{-n}
    といったべき級数形式で表され、
    収束領域(ROC)はその級数の収束半径に対応

「信号を波の足し算で表す」すべての理論の足元に「級数の収束」の厳密理論がある。

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■ §8 R^n と複素数 C:線形代数と周波数解析の結合点

1. R^n の構造

  • ベクトル加法、スカラー倍が定義される線形空間
  • 内積 によりノルム ||x|| が定義される
  • 線形写像 A: R^n → R^n は行列で表現できる
  • 微分方程式 x'(t)=Ax(t)+Bu(t) の解は線形代数の固有値・固有ベクトルで解析可能

2. C の構造

  • 代数的には実数体上の 2 次元ベクトル空間
  • 解析的には代数的閉体:
    任意の複素係数多項式は C 内に根を持つ
    → 安定性解析(極の位置)の数学的背景
  • 複素指数関数 e^{jωt} は線形時不変(LTI)系の固有関数

3. 信号・回路との統合

  • LTI 系に対する入力 e^{jωt} に対し、出力は H(jω) e^{jωt} となる
    → 周波数応答 H(jω) が複素数として定義される
  • FFT は C^N 上の線形変換として書ける
    → 周波数軸での操作は複素線形代数そのもの
  • 状態空間表現 x'(t)=Ax(t)+Bu(t) は R^n 上の線形微分方程式

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■ §9 コンパクト集合:有界性・安定性の抽象化

1. 数学的定義と定理

R^n におけるコンパクト集合 K の定義:

  • 任意の開被覆に対して有限部分被覆が存在する

Heine–Borel の定理により、R^n では

「閉かつ有界 ⇔ コンパクト」

が成り立つ。

コンパクト集合上の連続関数 f: K→R は:

  • 最大値・最小値を必ず持つ(Weierstrass の定理)
  • 一様連続である(Heine–Cantor の定理)

2. 安定性との接続

  • 入力信号が有界区間内で振幅が抑えられている
    → その値域はコンパクト集合
  • 安定な系に対して、
    有界入力に対して出力も有界、という BIBO 安定性は
    「コンパクト集合上の連続写像がコンパクト集合に写像される」
    という性質と一致している

====================================================

■ §10 中間値の定理:ゼロクロスと動作点の存在

1. 定理の厳密な内容

f: [a,b]→R が連続で、
f(a) < 0 < f(b) (または逆)
ならば、ある c∈(a,b) が存在して f(c)=0 となる。

証明は、
「区間を 2 分割しながら符号の変わる側を取り続ける」
という手続きを行い、その区間端点列の収束先を利用する。

ここで必要になるのが:

  • 区間の長さが 0 に収束する
  • 実数の完備性により、端点列が実数に収束する
  • 連続性により、極限点での関数値が 0 になる

という流れであり、

R が完備であること + f が連続であること
が本質になっている。

2. 工学的意味

  • 信号 y(t) が時刻 t1 で負、t2 で正なら、
    「必ずどこかで 0 を横切る」ことが保証される
  • 非線形方程式 f(V)=0(例えばダイオード+抵抗の動作点)の解の存在
  • 数値的には、二分法(bisection method)による根探索アルゴリズムの収束保証

「実際の波形は 0 を横切るはずだ」という直感は、中間値の定理で厳密化できる。

第 II 章 微分法 (Differentiation)

副題:微分方程式→回路方程式、RLC、状態空間、連続系 LTI

§1 実変数関数の微分法
— 連続系の瞬時変化・信号微分

【数学的内容】
・実変数関数 f(t) の微分 f'(t) は、t に対する瞬時変化率を表す。
・微分の定義は極限:
 f'(t) = lim_{h→0} (f(t+h) − f(t)) / h
・導関数の性質(和・積・商・合成関数の微分)を体系的に扱う。

【信号・回路との対応】
・アナログ信号 x(t) の微分 dx/dt は、フィルタ回路(CR differentiator)や制御システムで使われる基本操作。
・RLC 回路の支配方程式(微分方程式)は、この節の微分法を前提に記述される。
・急峻な立ち上がり、遅延特性、過渡応答など、時間変化の解析に必須。


§2 平均値の定理
— 回路応答の増減・遅延特性

【数学的内容】
・平均値の定理(MVT)
 f(b) − f(a) = f'(c)(b − a) を満たす c が (a, b) に存在する。
・関数の増減、単調性、変化率の存在を保証する重要な定理。

【信号・回路との対応】
・アナログ信号 y(t) が一様に増加/減少するとき、MVT は「どこかの時刻でその平均変化率を実現する瞬間がある」ことを保証する。
・遅延線路の近似解析、アナログフィルタの立ち上がり応答の最大傾き、スルーレート等の評価と関連。
・「応答がどれだけ速いか」「時間方向の変化がどこで最大になるか」を数学的に裏付ける。


§3 方向微分と偏微分
— 多入力信号系・感度解析

【数学的内容】
・f(x1, x2, …, xn) に対し、特定方向 v へどれだけ変化するかを測るのが方向微分。
・偏微分 ∂f/∂xi は、一変数ごとの変化率。
・勾配ベクトル、Jacobian 行列の導入につながる。

【信号・回路との対応】
・多入力回路 y = f(v1, v2, …) の感度解析(どの入力に最も影響されるか)に使う。
・MOSFET の Id(Vgs, Vds, Vbs) の ∂Id/∂Vgs(gm)、∂Id/∂Vds(gds)などが偏微分の典型例。
・アナログ設計では、微分を通じて小信号パラメータを定義し、回路動作点の近傍挙動を線形化する。


§4 無限小・無限大の次数
— 小信号解析(MOS の線形化)

【数学的内容】
・「h が 0 に近づくとき f(h) がどれだけ速く小さくなるか」という比較を扱う。
・Landau 記号(O(h), o(h))を用いて近似の精度を分類。
・テイラー展開の誤差項にも利用。

【信号・回路との対応】
・小信号解析:動作点近傍で、変化量を「一階の無限小」として扱って線形化する手法。
 例:Id(Vgs+ΔVgs) ≈ Id0 + gm * ΔVgs
・MOS の gm, gds, ro はすべて無限小を用いた「一次近似」に由来する。
・非線形素子の線形モデル化、AC 小信号解析の数学的基礎。


§5 多変数実数値関数の微分法
— トランジスタ Id(Vgs, Vds) の偏微分

【数学的内容】
・f: R^n → R の微分(Jacobian, Hessian)の体系的扱い。
・連鎖律(chain rule)とベクトル微分の一般化。
・Hessian による二次近似(曲率)など、最適化の基礎。

【信号・回路との対応】
・MOSFET の Id(Vgs, Vds) を微分して gm, gds を求める操作は、この節の内容そのもの。
・マルチバイアス依存の感度解析、バイアス点変動に対する安定性評価。
・非線形回路の「局所線形モデル」を構築する際の数学的基盤。


§6 多変数ベクトル値関数の微分
— 状態空間表現 (state-space model)

【数学的内容】
・F: R^n → R^m の微分(Jacobian 行列)が主題。
・線形代数と微分の融合領域で、動的システムの表現に直結。
・状態方程式 x'(t) = F(x(t), u(t)) の解析につながる。

【信号・回路との対応】
・多入力多出力(MIMO)回路、制御系、フィルタバンクなどのモデル化。
・状態空間モデル:
 x'(t) = Ax(t) + Bu(t)
 y(t) = Cx(t) + Du(t)
 この「A, B, C, D 行列」の導出はベクトル値関数の微分に基づく。
・カスケード回路や多段増幅器のシステム表現にも応用。


§7 テイラーの定理
— 非線形回路の線形化・BJT/MOS の微小信号モデル

【数学的内容】
・f(t) を点 a 周りの多項式で近似する:
 f(t) = f(a) + f'(a)(t−a) + (1/2)f''(a)(t−a)^2 + …
・近似の誤差評価、一次近似・二次近似等の制度の分類。

【信号・回路との対応】
・非線形素子(ダイオード、BJT、MOS)の「微小信号モデル」は、テイラー一次展開に基づく近似:
 Id ≈ Id0 + gm * vgs + gds * vds
・差動回路・増幅器のゲイン解析など、線形回路として扱う際の出発点。
・高次近似(二次項含む)を使うと非線形歪み(HD2, HD3)解析にもつながる。


§8 最大最小と極値
— フィルタ・回路パラメータの最適化

【数学的内容】
・f(x) の最大値・最小値、臨界点、凸性、最適解の存在条件を扱う。
・多変数最適化、Hessian による極値判定などが含まれる。

【信号・回路との対応】
・フィルタ設計(通過帯域の最大平坦化、等リップル特性)は「特定関数の極値問題」として定式化できる。
・アナログ回路パラメータ(W/L、バイアス電流、負荷抵抗)を最適化する問題は、まさに「極値探索」。
・アクティブフィルタ、PLL、DC-DC などの設計目標(消費電力、ゲイン、帯域、ノイズ)も最適化問題として表現される。

第 III 章 初等関数 (Elementary Functions)

副題:正弦波・複素指数・周波数応答・LTI の基礎

§1 複素変数関数の微分法
— アナログ回路の周波数応答解析

【数学的内容】
・複素関数 f(z) の微分は実数関数とは異なり、Cauchy–Riemann の条件を満たす必要がある。
・正則関数(holomorphic function)では、微分が複素平面全体で定義され、高い滑らかさを持つ。
・複素微分の理論は、解析接続、コーシー積分、留数計算などへ発展。

【回路・信号への対応】
・LTI 回路の周波数応答 H(jω) は複素関数であり、その性質(極・零点、平滑性、解析性)は複素解析の枠組みで扱われる。
・アナログフィルタの伝達関数 H(s) は複素変数 s = σ + jω の関数で、複素微分可能性が安定解析・応答特性の連続性に影響する。
・インピーダンス Z(s)、アドミタンス Y(s) なども複素関数。複素微分に基づく解析により、共振点、帯域幅、位相特性が説明される。
・複素平面上の極配置は、回路の安定性・時間応答を直接決める。


§2 整級数 (Power Series)
— システム伝達関数の展開

【数学的内容】
・整級数(べき級数) f(z) = Σ a_n (z−z0)^n は、複素解析の基本表現。
・収束半径、収束円内での解析性が主題。
・指数関数、sin, cos, exp(jx) などもすべて整級数で定義される。

【回路・信号への対応】
・伝達関数 H(s) を s=0(低周波点)や s=∞(高周波点)で展開すると、近似モデルが得られる。
 例:
 低周波近似 → DC ゲイン、一次周波数、ミラー効果の近似
 高周波近似 → 配線容量の影響、ゲイン低下の漸近式
・離散系の伝達関数 H(z) のべき級数展開は、インパルス応答 h[n] を導く。
・非線形要素の動作点周り展開(テイラー展開)も、整級数の枠組み。
・フィルタ設計では、Chebyshev 多項式、Legendre 多項式など、特定の級数系がそのまま使われる。


§3 初等関数 1:指数関数・三角関数
— 正弦波、複素正弦波、LTI の固有関数

【数学的内容】
・指数関数 e^x、三角関数 sin, cos の定義と性質。
・Euler の公式: e^{jθ} = cos θ + j sin θ
・指数関数は微分しても形が不変。これは「固有関数」の代表例。

【回路・信号への対応】
・LTI システムの固有関数は e^{st}(複素指数)。
 → 入力を sin 波にすると、出力も同じ周波数の sin 波(ただし振幅・位相が変化)
・AC 回路解析、フェーザ解析では e^{jωt} が基本単位。
・フィルタのゲイン・位相特性は H(jω) = |H| e^{j arg(H)} として記述される。
・三角関数の和積変換・直交性は、フーリエ解析の土台となる。


§4 初等関数 2:対数関数・逆三角関数
— dBスケール、Bode 解析

【数学的内容】
・対数関数 log x の性質(単調増加、微分、極限)。
・逆三角関数 arcsin, arctan の定義と微分。
・対数は掛け算を足し算に変換するため、多段構造の解析に便利。

【回路・信号への対応】
・Bode 解析では、ゲインを対数スケール(dB)で扱う:
 20 log10 |H(jω)|
・回路の多段接続では、ゲインの積 → dB の和として扱え、周波数特性の把握が容易になる。
・位相特性は arctan で表され、RC・RL の一次遅れ回路では
 arg(H(jω)) = − arctan(ωτ)
 が基本式。
・補償回路、フィードバック系では位相余裕・ゲイン余裕を log スケールで議論するため、対数・逆三角関数が不可欠。


第 IV 章 積分法 (Integration)

副題:畳み込み・フーリエ変換・ラプラス変換・信号のエネルギー

§1 積分の意味 — 信号エネルギー・積分器

1. 数学的内容

積分は、区間上の関数値の“面積”を極限によって定義する操作であり、
リーマン積分・ルベーグ積分が代表的。

2. 信号処理での意味

  • アナログ積分器(∫ x(t) dt)
  • 信号エネルギー E = ∫ |x(t)|² dt
  • 移動平均フィルタや累積和の連続版としての積分器

====================================================

§2 積分の定義 — リーマン積分とルベーグ積分

1. 数学的内容

  • リーマン積分:分割した区間で長方形の極限
  • ルベーグ積分:値域の“測度”を使う積分
    → L¹, L², L∞ 空間の基礎

2. 信号処理での意味

  • L¹/L² 空間は信号の標準的な分類
  • フーリエ変換の存在はルベーグ積分によって保証される
  • 離散信号に対する「総和」が連続極限で積分に対応

====================================================

§3 可積条件 — L¹/L² 信号、有限エネルギー

1. 数学的内容

  • L¹:∫ |x| < ∞
  • L²:∫ |x|² < ∞(有限エネルギー)
  • L² 空間はヒルベルト空間(内積が定義できる)

2. DSP/回路の意味

  • L²:実際の信号(電圧波形)は多くが有限エネルギーとして扱われる
  • フーリエ変換の Parseval 等式
  • 雑音モデル(白色雑音は“L² ではない” → 有限帯域化が必要)

====================================================

§4 連続関数の可微分性

1. 数学的内容

連続であっても微分可能とは限らない(Weierstrass の例)。
微分可能なら、積分の逆演算として基本定理が成立。

2. 信号の意味

  • 実際の信号 x(t) は必ずしも滑らかではない
  • 微分器はノイズに弱い(“微分=高周波増幅”)
  • 波形の変化率 dx/dt を議論するとき、微分可能性が前提

====================================================

§5 一変数関数の積分

1. 数学内容

  • 区間上の (\int_a^b f(x) dx)
  • 積分の線形性
  • 単調性
  • 置換積分・部分積分

2. 工学の意味

  • RLC 回路の解 y(t) = ∫…dt
  • 伝達関数の時間領域表現
  • 信号の面積・平均値・累積量

====================================================

§6 不定積分(原始関数)

1. 数学内容

F'(x)=f(x) を満たす関数 F が不定積分。
一意性:F + C の形。

2. 信号処理での意味

  • 積分器出力 y(t) = ∫ x(t) dt
  • 積分型コントローラ (I制御) の数学的定義
  • 長期積算・DC成分抽出

====================================================

§7 累次積分 — 2D 信号(画像)の積分

1. 数学内容

(\int_a^b \int_c^d f(x,y) dy dx)
Fubini の定理:可積条件で順序入れ替え可。

2. 画像・2D 信号の意味

  • 画像の総輝度:(\iint I(x,y),dx dy)
  • 空間フィルタ(2D コンボリューション)
  • 画像のエネルギー,TV ノルムなど

====================================================

§8 有界集合上の積分

1. 数学内容

  • 閉区間 [a,b] 上なら多くの関数がリーマン積分可能
  • コンパクト性 → 一様有界性 → 積分の存在保証

2. 信号処理の意味

  • 信号が有限区間で観測されるとき、積分は常に有限
  • ウィンドウ処理は“有界集合上に制限する操作”

====================================================

§9 零集合と可積条件 — “ほぼ至る所” 連続

1. 数学内容

  • 測度 0 の集合では多少の不連続があっても可積
  • ルベーグ積分では
    「ほぼ至る所 (a.e.) 連続」
    が十分条件

2. DSP の意味

  • 信号に“点的なノイズ”があっても積分可能
  • フーリエ変換は a.e. で連続なら成立
  • Delta みたいなスパイク(有限個)は無視される(測度0)

====================================================

§10 極座標への変換 — アナログフィルタの極・零点

1. 数学内容

  • 2D 積分での座標変換
    (x = r\cos\theta,\ y = r\sin\theta)
    Jacobian は r
  • 積分値は
    (\iint f(x,y) dx dy = \int_0^{2\pi}\int_0^\infty f(r,\theta) r dr d\theta)

2. 回路理論の意味

  • “極 (pole)” = 複素 s 平面の半径・角度
  • “零点 (zero)” = 同様に位置で特性が決まる
  • アナログ BPF/LPF の極配置解析
  • ルート軌跡の“角度条件・半径条件”

====================================================

§11 広義積分 — フーリエ積分の収束

1. 数学内容

  • ∫_a^∞ f(x) dx のように区間が無限
  • 振動する関数の積分
  • 絶対収束/条件収束

2. フーリエ解析の意味

フーリエ変換
(\int_{-\infty}^{\infty} x(t) e^{-j\omega t} dt)
広義積分 として定義される。

  • x(t) が L¹ なら絶対収束
  • L² なら Plancherel により変換可能
  • 有界信号は一般にフーリエ積分が発散(ウィンドウが必要)

====================================================

§12 Γ関数・B関数 — 確率密度・雑音モデル

1. 数学内容

  • Γ(s) = ∫_0^∞ t^{s-1} e^{-t} dt
  • B(p,q) = ∫_0^1 t^{p-1} (1−t)^{q-1} dt
  • 正規分布の正規化定数、Student 分布などで登場

2. 信号処理の意味

  • 雑音モデル(ガンマ雑音、カイ二乗分布)
  • 推定論・ベイズ推定
  • SNR、エネルギー分布の計算で必要

====================================================

§13 一様収束と項別微分・積分 — フーリエ級数の正当化

1. 数学内容

  • 関数列 f_n → f が一様収束なら
    極限と積分を交換できる:
    (\int \lim f_n = \lim \int f_n)
  • 一様収束でないと上記が壊れる(ギブス現象は典型例)

2. DSP の意味

  • フーリエ級数を項別に微分/積分できる条件の数学的根拠
  • Gibbs 現象は「一様収束しない」ことの例
  • 波形近似はノルム(L² or L∞)に依存して品質が変わる

====================================================

§14 パラメータを含む積分(積分と微分の交換条件)

1. 数学内容

I(α)=∫ f(x,α) dx の形で
(\frac{d}{d\alpha} \int f = \int \frac{∂f}{∂\alpha})
が成り立つ条件は、一様収束・優収束(dominated convergence)で表現。

2. 信号処理の意味

  • パラメトリックフィルタ(α=カットオフ周波数)
  • 確率密度のパラメータ推定(尤度の微分が積分と交換可能か)
  • アナログ回路のパラメータ感度

====================================================

§15 Γ関数の性質

1. 数学内容

  • Γ(s+1)=sΓ(s)
  • Γ(1/2)=√π
  • Stirling 近似
  • 複素解析への拡張

2. 信号処理の意味

  • ガウシアン雑音の解析
  • 正規化定数・エントロピー計算
  • ベイズ推論(ガンマ事前分布)

====================================================

§16 曲線の長さ

1. 数学内容

曲線 γ(t)=(x(t),y(t)) の長さ
(\int \sqrt{x'(t)^2 + y'(t)^2} dt)

2. 信号の意味

  • 波形 x(t) の“変動の大きさ”の測度
  • スペクトル包絡の変化
  • 路線プロット・軌道生成(制御系)

■ §17 有界変動関数とステルチェス積分

(Bounded Variation, Stieltjes Integral, Total Variation)
【概要】
この節では、関数の変動(Variation)、全変動(Total Variation)、
有界変動関数(Bounded Variation, BV)、
そしてステルチェス積分(Stieltjes integral)の数学的定義を示し、
それらが信号処理・画像処理でどのように使われるかを整理する。

数学的内容(厳密)

(1) 変動 Variation の定義
区間 [a,b] を
a = t0 < t1 < ... < tn = b
という分割で区切る。
このとき、関数 f の変動は次の総和で与えられる。

V(f, P) = Σ | f(t(i+1)) – f(t(i)) |

ここで P は分割。
全変動 TV(f) は、この総和を「すべての分割」について最大にした値のこと。

TV(f) = sup (V(f, P))
sup は supremum(上限)の意味。

(2) 有界変動関数 BV の定義
TV(f) が有限(無限大ではない)とき、
f は「有界変動関数(Bounded Variation, BV)」と呼ばれる。

BV([a,b]) というクラスで表す。

主な性質:

単調関数(ずっと増加または減少)は必ず BV
TV(f) = | f(b) – f(a) |

絶対連続関数は BV
微分可能で ∫ |f’(t)| dt が有限なら
TV(f) = ∫ |f’(t)| dt

BV 関数は「ジャンプは許される」が「無限に振動することは許されない」

BV ではない例
・高周波ノイズ
・Weierstrass 関数(どこでも微分不可)など

(3) Helly の分解定理
任意の BV 関数 f は
f = f1 – f2
と、2つの単調増加関数の差として書ける。
これにより、Stieltjes 積分の理論が成り立つ。

(4) Stieltjes(ステルチェス)積分
Riemann-Stieltjes 積分
∫ f(t) dg(t)
は、「積分区間の長さ」ではなく「g の変化量」を重みとして使う積分概念。

定義:
分割 P に対して
S(P) = Σ f(ξ(i)) * ( g(t(i+1)) – g(t(i)) )
この S(P) が、分割を細かくしたときに極限値へ収束すれば
その値が ∫ f dg である。

存在条件:
g が BV(全変動が有限)であれば、
連続な f に対して Stieltjes 積分は必ず存在する。

信号処理・画像処理への対応

(1) Total Variation(TV)が測るもの
TV は信号や画像の「急激な変化(エッジ部分)」を測る量。

1次元信号の場合:
TV(x) = Σ | x[n+1] – x[n] |

2次元画像(等方的 TV):
TV(I) = Σ sqrt( (Ix+1,y – Ix,y)^2 + (Ix,y+1 – Ix,y)^2 )

意味:
・ノイズ:細かく揺れるため TV が大きくなる
・エッジ:急峻だが回数が少ないため TV は小さめ

TV は「エッジ保持デノイジング」の指標として有効。

(2) TV 正則化(ROF モデル)
TV を用いた画像復元の基本形。

最小化問題:
min ( λ * ||u – f||^2 + TV(u) )

ここで
f = 観測画像
u = 復元画像
TV(u) = エッジ保持項
||u – f||^2 = データ忠実性項

特徴:
・ノイズ除去しつつ輪郭は保持
・モーションブラー削減
・圧縮センシングの基盤手法

(3) TV とスパース復元(Compressed Sensing)
TV(u) を小さくするとは、勾配(差分)がスパースであることを意味する。

自然画像は
「平坦部分が多く、エッジは少ない」
→ 勾配がスパース → TV 正則化が有効。

圧縮センシングでは
min TV(x) subject to A x = b
のような最適化問題を解く。

応用:
・CT 再構成
・MRI 画像高速撮像
・欠損データの補完

(4) Stieltjes 積分の信号処理的意味

(a) 重み付き積分の一般化
フィルタの重みを g の増加として表現可能。

(b) ジャンプ成分の扱い
g のジャンプは Dirac δ のように振る舞うため、
階段信号・サンプルホールド回路の扱いに使える。

(c) 確率過程との関係
確率分布関数 F を用いた
∫ f(x) dF(x)
は期待値 E[f(X)] と一致する。

(5) 「BV であること」の意味(信号解析)

エッジ(急激な変化)は許容される

高周波ノイズは許されない(TV が無限大)

BV なら再構成や解析が安定
・フーリエ解析
・小波解析
・TV 正則化
・圧縮センシング
などが数学的に安定に成立する。

第 V 章 級数 (Series)

副題:フーリエ級数・Z 変換・DSP の離散時間解析

§1 上極限・下極限 — 離散信号の収束解析

【1. 数学的内容】

実数列 a_n の「極限」が存在するかどうかを調べるために導入される概念が、
上極限 limsup a_n と 下極限 liminf a_n である。

定義の典型的な書き方は次のとおり。

・上極限(limsup)
 b_n = sup { a_k : k >= n } とおき、n→∞ の極限 lim b_n を
 limsup a_n と定義する。
 「後ろの方の項の“最大値の極限”」というイメージ。

・下極限(liminf)
 c_n = inf { a_k : k >= n } とおき、n→∞ の極限 lim c_n を
 liminf a_n と定義する。
 「後ろの方の項の“最小値の極限”」。

性質として重要なのは:

・常に liminf a_n <= limsup a_n
・もし極限 lim a_n が存在するなら
 liminf a_n = limsup a_n = lim a_n
・limsup, liminf が異なる場合、列は収束しないが
 「どの範囲におさまるか」という“長期的な振る舞い”は記述できる

乱高下する列やオシレーションする列に対しても、
limsup/liminf は収束・発散の判定や“上限・下限の挙動”を与える。

【2. 信号・回路との対応】

・離散時間信号 x[n] の長期的な振る舞い
 例えば、x[n] がゼロに収束するのか、
 ある振幅の範囲内で振動し続けるのかをみるとき、
 limsup x[n], liminf x[n] は有用。

・ノイズを含む信号や、周期成分+減衰成分をもつ信号では、
 単純な極限は存在しないが、上極限・下極限により
 「包絡線」的な振る舞いを解析できる。

・安定性解析で、
 |x[n]| の limsup が有限かどうか
 (有界かどうか)
 を考えるのは、BIBO 安定性と直接結びつく。

→ 上極限・下極限は、「離散信号の収束・有界性・振動範囲」を
 厳密に表現する道具として位置づけられる。


§2 正項級数の収束判定 — Z 変換の収束領域(ROC)

【1. 数学的内容】

正項級数とは、a_n >= 0 を満たす項からなる級数
Σ a_n のことである。

正項級数の収束判定には、以下のような標準的なテストがある。

・比較判定法
 0 <= a_n <= b_n で、Σ b_n が収束するなら Σ a_n も収束。
 逆に、a_n >= b_n で Σ b_n が発散なら Σ a_n も発散。

・比判定法(d’Alembert)
 lim (a_(n+1) / a_n) = L とすると
 L < 1 なら収束、L > 1 なら発散(L=1 は判定不能)。

・根判定法(Cauchy)
 lim (a_n)^(1/n) = L とすると
 L < 1 なら収束、L > 1 なら発散。

・積分判定法
 a_n = f(n) とおけて f が単調減少なら、
 Σ a_n と ∫ f(x) dx の収束・発散は同じ。

正項級数は符号変化の問題がないので、
「絶対値の和が有限かどうか」を判断する上で扱いやすい。

【2. 信号・回路との対応(Z 変換の ROC)】

離散時間 LTI 系の Z 変換

X(z) = Σ x[n] z^(-n)

の収束性は、系列 |x[n]| r^(-n) の級数が収束する r の範囲で決まる
(ここで r = |z|)。

つまり、

・ある r0 に対して Σ |x[n]| r0^(-n) が収束
→ |z| > r0 の円板外側で Z 変換が収束

・このとき、「Σ 正項級数」が収束する r の範囲が
 そのまま ROC(Region Of Convergence)になる。

従って、

・x[n] が指数的に減衰するか
・何次の成長/減衰を持つか

を「正項級数の収束判定」で解析できる。

例:
x[n] = a^n u[n] (a > 0)
→ Σ |a^n z^(-n)| = Σ (|a| / |z|)^n
→ 比判定や幾何級数で、|z| > |a| のとき収束
→ ROC は |z| > |a|

このように、正項級数の収束判定は
Z 変換の ROC を解析的に求める基礎そのものである。


§3 絶対収束と条件収束 — フーリエ級数の厳密な扱い

【1. 数学的内容】

級数 Σ a_n が、

・絶対収束: Σ |a_n| が収束する場合
・条件収束: Σ a_n は収束するが Σ |a_n| は発散する場合

と区別される。

重要な性質:

・絶対収束する級数は、項の順序を並べ替えても和が変わらない。
・条件収束級数は、Riemann の再配列定理により、
 適切に並べ替えると任意の実数に収束させることも可能
 (非常に不安定な構造)。

つまり、「絶対収束」は級数として非常に安定なクラスであり、
「条件収束」は収束はするが並べ替えに敏感なクラスである。

【2. 信号・回路との対応(フーリエ級数)】

周期関数 f(t) のフーリエ級数

f(t) ~ Σ ( a_k cos(kω0 t) + b_k sin(kω0 t) )

に対し、

・係数の絶対値和 Σ |a_k| + |b_k| が収束するなら
 フーリエ級数は一様収束し、f は連続かつ
 項別積分・項別微分などが正当化しやすい。

・しかし、物理的な信号では「絶対収束までの正則性」は
 必ずしも満たされないケースが多く、
 条件収束や L2 収束(平均二乗収束)で扱う必要がある。

実務上、

・ギブス現象
・急峻な立ち上がりをもつ波形(矩形波等)

では、フーリエ係数は 1/k 程度でしか減衰せず、
絶対収束はしないことが多い。
このとき、フーリエ和は条件収束的に扱うことになる。

→ 絶対収束/条件収束の区別は、
 「フーリエ級数をどこまで安全に項別積分・微分してよいか」
 を判断するための数学的基盤になる。


§4 アーベルの定理 — 周期信号の振る舞い解析

【1. 数学的内容】

「アーベルの定理」は状況によりいくつかあるが、
ここでは主に「べき級数の収束と境界での極限」の文脈と
フーリエ級数との関係を念頭に置く。

典型的には次のように述べられる:

・べき級数 Σ a_n r^n が |r| < 1 で収束し、
 r → 1^- のとき Σ a_n r^n の極限が存在するなら、
 Σ a_n も収束し、その和は
 lim (r→1^-) Σ a_n r^n に等しい。

この種の定理は、「内部で収束している級数を境界へ連続的に拡張する」
ための道具になっている。

【2. フーリエ級数・周期信号への応用】

フーリエ級数でも、アーベル型の議論を行う。

例えば、
部分和 S_N(t) に対し、「アーベル平均」と呼ばれる
重み付き平均を考える:

S(r, t) = Σ ( r^n c_n e^(jnω0 t) ), 0 < r < 1

ここで r を 1 に近づける極限を考えると、
フーリエ級数が「どのような意味で元の関数に収束するか」を
安定に扱うことができる。

・直接のフーリエ部分和 S_N(t) はギブス現象などを起こすが、
・アーベル平均 S(r, t) を用いると端点の振る舞いが
 なめらかになり、収束の性質が良くなる。

→ アーベルの定理は、
 「周期信号のフーリエ級数が何を意味しているのか」
 「境界での値をどのように扱うか」
 を厳密に説明する際の基礎理論となる。


§5 二重級数 — 2D フーリエ(画像処理)

【1. 数学的内容】

二重級数とは、

Σ Σ a(m,n)

のように 2 つの添字を持つ級数である。
問題は、

・和をとる順序を変えてよいか
・反復和(内側の和を先にとる形)と全体和が一致するか

といった点であり、
Fubini の定理や Tonelli の定理(積分版)と同様の発想で
収束条件を考える。

絶対収束する二重級数(Σ Σ |a(m,n)| < ∞)であれば、

・和の順序を変えても値は同じ
・反復和と全体和が一致

といった“扱いやすさ”が保証される。

【2. 信号処理・画像処理との対応】

2D フーリエ級数・2D フーリエ変換は、
本質的に二重級数(または二重積分)である。

画像 I(x,y) に対して、

I(x,y) ~ Σ Σ C(k,l) exp(j(kx + ly))

のような展開を考えるとき、

・k 方向・l 方向での収束
・二重和としての安定性
・和の順序を入れ替えたときに同じ画像になるか

といった問題は、二重級数の収束理論と密接に関係する。

また、分離型フィルタ(1D フィルタの直積で 2D フィルタを構成)も、
「行方向・列方向で順に畳み込みを行っても結果が同じ」
という性質に依存しており、
これは二重和の順序交換の正当化と並行な構造を持つ。

→ 二重級数の理論は、2D フーリエ解析、2D 畳み込み、
 画像処理の理論的安定性を支える役割を持つ。


§6 無限積 — IIR フィルタの安定性・構造との対応

【1. 数学的内容】

無限積とは、
Π (1 + b_n)
のような形で無限個の因子を掛け合わせたものを指す。

定義としては、部分積

P_N = Π_{n=1}^N (1 + b_n)

が N→∞ の極限に収束するかどうかで判断する。
通常、log を取って級数に帰着させる:

log P_N = Σ_{n=1}^N log(1 + b_n)

b_n が十分小さい場合、log(1 + b_n) ≈ b_n なので、
無限積が収束するかどうかは
Σ b_n の収束性と深く関係する。

一般に、

・Σ |b_n| が収束するとき、無限積 Π (1 + b_n) は収束しやすい。
・b_n が負で 1 + b_n が 0 に近づくような場合、
 無限積は 0 へ収束することもある。

【2. 信号・回路との対応(IIR フィルタ)】

IIR フィルタや連続時間の LTI システムの伝達関数 H(s), H(z) は、
極と零点による因子分解で表される。

例:離散時間 IIR なら

H(z) = K * Π (1 – z_k^(-1) z) / Π (1 – p_k^(-1) z)

ここで、

・無限個の極・零点を持つ系(理想的なブリックウォールフィルタなど)
 を考えると、H(z) は無限積として書かれる。

・この無限積が収束するかどうかは、
 極・零点の配置(|p_k|, |z_k| の振る舞い)に依存する。

安定な IIR フィルタでは、

・極が単位円の内側に十分収束する配置
(|p_k| がある意味で「1 より内側に集積しない」)

であることが必要だが、
その解析は「log H(z) を級数展開して収束条件を見る」
といった無限積・級数の理論に基づくことが多い。

さらに、アナログ領域では

H(s) = Π (s – z_k) / Π (s – p_k)

のような形で極・零点の無限列を持つ系
(例:周期構造・格子フィルタ・波動方程式系)を考えると、
この無限積の収束性が系の安定性・有界性とリンクする。

→ 無限積の理論は、
 「伝達関数を極・零点の無限の積として表したとき、
 その系が意味のある線形システムとして定義されるか」
 を数学的に検証するための枠組みを提供する。

====================================================

附録

附録 1 集合 (Sets) — 信号空間(L2 / Hilbert 空間)の基礎

1. 集合論の最小限の枠組み

集合(set)は「要素の集まり」を抽象化したもの。

  • 元(element)x が集合 A に属することを x ∈ A と書く。
  • 部分集合:A が B の一部であるとき A ⊂ B。
  • 和集合:A ∪ B(どちらか一方以上に属する元の集合)。
  • 積集合:A ∩ B(両方に属する元の集合)。
  • 差集合:A \ B(A に属し B に属さない元の集合)。
  • 空集合:∅(要素を持たない集合)。

信号処理・解析学では、この集合論の上に

  • 実数全体の集合 R
  • ベクトル空間 R^n
  • 関数空間(関数を元とする集合)

などを構成していく。

2. 関数空間としての「信号集合」

信号処理で扱う「信号 x(t), x[n]」は、
数学的には 関数の集合 の中の 1 元であると考える。

例:

  • 連続時間信号:x : R → R (時間 t に対し実数値を返す写像)
  • 離散時間信号:x : Z → R または x : N → R
  • 画像:I : R^2 → R または I : Z^2 → R

これらすべてを「関数空間」としてまとめるには、

  • どのような関数を許すか(連続、可積分、二乗可積分など)
  • どんな距離・ノルムで“近さ”を測るか

を集合論の上に定義する必要がある。

3. L2 空間:二乗可積分信号の空間

信号解析で最も重要なのが L2 空間(二乗可積分関数の集合)。

(連続時間の例)
区間 I ⊂ R 上で

∫_I |x(t)|^2 dt < ∞

を満たす関数 x をすべて集めた集合を L2(I) と書く。

性質:

  • L2(I) は実 or 複素ベクトル空間になる(関数同士の和・スカラ倍が定義できる)。
  • 内積を
    ⟨x, y⟩ = ∫_I x(t) \overline{y(t)} dt
    と定めると、L2(I) は Hilbert 空間(完備内積空間)になる。

離散時間版では

Σ_n |x[n]|^2 < ∞

を満たす列の集合 l2(Z) を考える。

L2 / l2 空間を「信号空間」と見なすと:

  • 内積 → 信号間の相関・エネルギー
  • ノルム ||x|| = sqrt(⟨x,x⟩) → 信号エネルギー
  • 正規直交基底 → フーリエ級数、ウェーブレット展開

という形で、解析学と信号処理が完全に一致する。

4. Hilbert 空間としての信号空間

Hilbert 空間とは、

  • ベクトル空間
  • 内積 ⟨·,·⟩ が定義され、
  • その内積から誘導されるノルムで完備(Cauchy 列が必ず収束)

という構造を持つ空間。

L2(I), l2(Z) は典型的な Hilbert 空間であり、

  • 正規直交基底 {φ_k} が存在し、
  • 任意の信号 x を
    x = Σ ⟨x, φ_k⟩ φ_k
    のように展開できる
    (フーリエ級数はその代表例)。

この枠組みの中で、

  • プロジェクション(直交射影)
    → 最小二乗近似、フィルタ設計
  • 線形作用素
    → LTI システム、畳み込み演算
  • 固有値問題
    → 線形フィルタのモード解析

がすべて統一的に扱える。

→ 附録 1 の「集合」は、最終的に
 信号空間(L2、Hilbert 空間)を構成するための基礎語彙 になる。


附録 2 論理記号 (Logical Symbols) — 数理モデルの厳密記述

1. 基本的な論理記号

解析学・信号処理の定義・定理を厳密に書くには、
論理記号を用いる。

代表的なもの:

  • 否定:¬P
  • 論理積(かつ):P ∧ Q
  • 論理和(または):P ∨ Q
  • 含意:P ⇒ Q
  • 同値:P ⇔ Q
  • 全称量化:∀x(すべての x について)
  • 存在量化:∃x(ある x が存在して)

2. 解析学の定義と論理記号

例:列 a_n が L に収束するとは、

∀ε > 0, ∃N, ∀n ≥ N, |a_n − L| < ε

という形で書かれる。

解釈:

  • どんな精度 ε を要求しても(∀ε > 0)、
  • ある時点 N が存在して(∃N)、
  • それ以降のすべての n で(∀n ≥ N)、
  • 誤差 |a_n − L| は ε 未満になる。

同様に、

  • 関数の連続性
  • 微分可能性
  • 可積分性(リーマン・ルベーグなどの条件)

も、論理記号で書くことで “条件の順序” や “どこに存在が出てくるか” を明確にできる。

3. 信号処理における数学モデルの厳密化

信号処理では、

  • 系の安定性
  • 収束条件
  • サンプリング定理の仮定(帯域制限、L2 連続性など)

を数式で述べる際、自然言語だけでは曖昧さが残る。

例:BIBO 安定性(離散時間)

「系が BIBO 安定である」とは:

∀ 有界入力 x(∃M_x s.t. ∀n, |x[n]| ≤ M_x)に対して、
出力 y[n] も有界(∃M_y s.t. ∀n, |y[n]| ≤ M_y)となる。

といった形で論理記号を使うと、
「どこまでが仮定で、どこからが結論か」
「上界の存在は入力ごとか、系として一つか」
をきちんと区別できる。

→ 附録 2 の論理記号は、
 定義・定理・証明を機械的にチェックできる形に落とすための言語
 として機能する。


附録 3 測度論的基礎 — 信号の可測性と測度・積分

ここでは、
ルベーグ積分・確率論・スペクトル密度・雑音解析などの基盤となる
測度論的な枠組み の最小限を整理する。

1. σ-代数と可測集合

まず、「どの集合上で積分・確率を定義してよいか」を決めるために
σ-代数 (sigma-algebra) を導入する。

集合 X 上の部分集合族 F が σ-代数とは、

  1. ∅ ∈ F
  2. A ∈ F ⇒ 補集合 X\A ∈ F
  3. A1, A2, … ∈ F ⇒ ∪_{n=1}^∞ A_n ∈ F

を満たすもの。

要するに、

  • 空集合
  • 補集合
  • 可算個の和集合

に対して閉じた集合族。

この F の元を「可測集合」と呼ぶ。

実数直線 R 上では、
開区間 (a,b) から出発して
上記操作で生成される σ-代数を ボレル集合族 B(R) と呼び、
通常「測れる集合」の標準モデルとして使う。

2. 測度とルベーグ測度

測度 measure μ は、
σ-代数 F 上の集合 A に「大きさ」を割り当てる写像で、

μ : F → [0,∞]

であり、

  • μ(∅) = 0
  • 可算加法性:
    A_i が互いに素なら
    μ(∪ A_i) = Σ μ(A_i)

などを満たす。

R 上の「長さ」を一般化したものが ルベーグ測度 λ で、

  • 区間 (a,b) に対して λ((a,b)) = b − a
  • より複雑な集合でも「直感的な長さ」に対応する非負数を与える

ように構成される。

3. 可測関数とルベーグ積分

関数 f : X → R が 可測であるとは、

任意の開集合 O ⊂ R に対して
f^{-1}(O) が測度空間 (X, F) の F に属する、
という条件(あるいは同値な条件群)を満たすこと。

信号処理的な直感としては:

  • 「入力集合のどの部分が、ある値の範囲に対応するか」が
    測度の世界で扱えるようになる

という意味。

ルベーグ積分は、

  • 可測な関数 f
  • 測度 μ

に対し ∫ f dμ を定義する枠組みで、
リーマン積分よりもはるかに広いクラスの関数を扱える。

信号処理・確率論では、

  • 時間平均
  • パワースペクトル密度
  • 確率密度・期待値

を定義する際に、ルベーグ積分の枠組みが暗黙に使われる。

具体例:

  • 確率空間 (Ω, F, P) 上の確率変数 X に対して、
    期待値 E[X] = ∫ X dP
  • 連続時間白色雑音 w(t) の扱いでは、
    厳密には「一般化関数」「測度値過程」を使うが、
    その背後にあるのは測度論。

4. Lp 空間と L2 = Hilbert 空間

ルベーグ測度 λ に対する Lp 空間:

Lp(λ) = { f 可測 : ∫ |f|^p dλ < ∞ }

p = 2 とした L2(λ) は、既出のエネルギー信号空間であり、
測度論的に定義された“正しい積分”の上に立っている。

  • ルベーグ積分で L2 を定義することで、
    フーリエ変換が L2 上の 等長写像(ユニタリ変換) になる
    (Plancherel の定理)。

  • これにより、「エネルギー保存」「Parseval 等式」が
    厳密な意味を持つ。

5. 信号の可測性とは何か

連続時間信号 x(t) を可測関数とみなす、とは:

  • 任意の値の範囲 (a,b) に対して、
    {t | x(t) ∈ (a,b)} が測度空間 (R, B(R)) のボレル集合に属する

という条件を満たすこと。

通常の物理信号や「普通の関数」は
ほとんどすべて可測とみなしてよいが、

  • 病的な関数(選択公理を使って作る非可測集合など)は
    測度論の範囲外に追い出される。

工学的には、

  • 「扱いたい信号は可測」
  • 「測度と積分により、平均・エネルギー・スペクトルを定義できる」

という前提をおくことで、
フーリエ解析・確率過程論・雑音解析を
一貫した数学的枠組みで展開できる。


まとめ

附録 1〜3 で導入される概念は、次のように整理できる。

  1. 集合と信号空間(附録 1)

    • 集合論 → 関数空間 → L2 → Hilbert 空間
    • 信号を「ベクトル」として扱う基盤
  2. 論理記号(附録 2)

    • 定義・定理・条件を曖昧さなく記述するための形式言語
    • 収束・連続・安定性などの条件を厳密に指定
  3. 測度論的基礎(附録 3)

    • σ-代数・測度・可測関数・ルベーグ積分
    • Lp 空間(とくに L2)とフーリエ解析、確率・雑音モデルの基礎

これらが組み合わさることで、

  • 「信号とは何か」(どの集合の元か)
  • 「エネルギーや平均とは何か」(どの積分で定義するか)
  • 「安定・収束・連続とは何か」(どの論理構造で述べるか)

を、解析学のレベルで破綻なく記述できるようになる。

第I章 実数・測度・連続と信号
1.1 連続時間信号と実数

1.1.1 実数 R の連続性
(数学)
・R は順序体であり、完備性(デデキント完備)が成り立つ。
・連続性=点列の極限が内部に収まる性質(閉区間の性質)。
(工学)
・アナログ電圧・電流は R 上の値としてモデル化。
・実数の完備性のおかげで、連続時間微分方程式の解が途切れない。

1.1.2 実数値関数 x(t) の連続・微分可能性
(数学)
・連続:lim_{t→a} x(t)=x(a)。
・微分可能:h→0 の差分商の極限が存在。
(工学)
・アナログ波形は本質的に連続関数。
・滑らかさはフィルタ応答や RLC 回路の波形解析を保証する。

1.1.3 連続時間システム(CT-LTI)
(数学)
・線形性と時間不変性 → 畳み込み積分 x*h が存在。
・伝達関数はラプラス変換により定義。
(工学)
・アナログフィルタ、RLC、増幅器のモデル基礎。

1.2 サンプリングとディラックデルタ

1.2.1 Dirac δ(t) の性質
(数学)
・一般化関数。
・∫ f(t) δ(t-a) dt = f(a)。
(工学)
・理想サンプラやパルス列を記述する数学的道具。

1.2.2 サンプラー x(t)*Σ δ(t-nT)
(数学)
・サンプリングは分布の畳み込み。
(工学)
・A/D のホールド回路、パルス列の記述。

1.2.3 サンプリング周波数 fs と周期 T
(数学)
・周期 T → 逆数 fs=1/T。
(工学)
・実装の基本パラメータ。

1.3 ナイキスト周波数とエイリアシング

1.3.1 Band-limited 関数
(数学)
・X(ω)=0 for |ω|>B の条件。
(工学)
・物理信号は帯域制限される(アンチエイリアスLPF)。

1.3.2 周波数折り返し
(数学)
・サンプリング後のスペクトルは 2π/T 周期の繰り返し。
(工学)
・fs が不十分だと aliasing が発生。

1.3.3 サンプリング定理(厳密形)
(数学)
・帯域 B の関数は fs > 2B なら一意に復元可能。
(工学)
・ADC設計における必須条件。

1.4 離散振幅と量子化

1.4.1 量子化写像 Q: R→Z
(数学)
・写像 Q(x)=round(x/Δ)。
(工学)
・ADC の出力は整数。

1.4.2 量子化誤差 e[n]
(数学)
・e[n]=x[n]-Q(x[n])。
・|e[n]| ≤ Δ/2。
(工学)
・量子化雑音モデル、SNR、ENOB。

1.4.3 白色雑音近似
(数学)
・非相関・零平均・均一分布。
(工学)
・ADC評価の標準モデル。

1.5 ディジタル復元(D/A)と sinc 補間

1.5.1 理想復元 sinc 補間
(数学)
・x(t)=Σ x[n] sinc((t-nT)/T)。
(工学)
・理想D/A の基礎モデル。

1.5.2 BIBO 安定性
(数学)
・L1 条件で畳み込みが安定。
(工学)
・フィルタが暴走しない条件。

1.5.3 ZOH, FOH
(数学)
・ホールド回路は線形系ではない(正確には畳み込み)。
(工学)
・実装 DAC の標準方式。

1.6 信号空間 Lp

1.6.1 L1, L2, L∞
(数学)
・∥f∥_1=∫|f|
・∥f∥2=(∫|f|²)^{1/2}
・∥f∥∞=ess sup|f|
(工学)
・エネルギー信号は L2、有限信号は L∞。

1.6.2 有界性とエネルギー
(数学)
・L2 は Hilbert 空間。
(工学)
・FFT・フィルタ設計が数学的に成立。

1.6.3 Parseval
(数学)
・∥x∥² = ∥X∥²。
(工学)
・スペクトル解析の基礎。

============================================================
第II章 微分法と小信号解析
2.1 微分の定義

2.1.1 極限
・f'(a)=lim_{h→0}(f(a+h)-f(a))/h。
2.1.2 連続性
・微分可能⇒連続。
2.1.3 導関数の意味
・“局所的な傾き”。

(工学)
・アナログ波形の変化、立ち上がり。

2.2 平均値の定理

2.2.1 Rolle
2.2.2 MVT
2.2.3 単調性

(工学)
・応答時間や遅延の理論的下限。

2.3 多変数微分

2.3.1 偏微分
2.3.2 Jacobian
2.3.3 Hessian

(工学)
・ゲイン gm, λ, ro などの MOSFET 感度解析。

2.4 無限小と小信号解析

2.4.1 線形化
2.4.2 テイラー展開
2.4.3 微分方程式の局所線形性

(工学)
・AC解析、線形モデル、伝達関数。

============================================================
第III章 積分とフーリエ解析
3.1 積分の意味

3.1.1 面積
3.1.2 総和の極限
3.1.3 線形性

3.2 可積条件

3.2.1 L1
3.2.2 L2
3.2.3 BV(有界変動)

(工学)
・有限エネルギー信号、ノイズ解析の厳密化。

3.3 フーリエ変換

3.3.1 成立条件
3.3.2 Riemann-Lebesgue
3.3.3 Parseval

(工学)
・Bode、周波数応答、フィルタ設計。

3.4 広義積分

3.4.1 無限区間
3.4.2 振動性
3.4.3 フーリエ積分の収束性

============================================================
第IV章 級数と収束
4.1 limsup / liminf

4.1.1 定義
4.1.2 離散信号の収束
4.1.3 漸化式と安定性

(数学)
・収束しない列の一般化。
(工学)
・IIR や適応フィルタの安定性。

4.2 正項級数

4.2.1 比較判定
4.2.2 比例判定
4.2.3 Z変換の収束領域 ROC

(工学)
・ポール位置で安定性が決まる。

4.3 絶対収束・条件収束

4.3.1 絶対収束
4.3.2 フーリエ級数
4.3.3 ギブス現象

4.4 アーベルの定理

4.4.1 極限保存
4.4.2 フーリエ級数端点
4.4.3 境界挙動

4.5 二重級数

4.5.1 Fubini
4.5.2 計算順序
4.5.3 2Dフーリエ(画像)

4.6 無限積

4.6.1 積の収束
4.6.2 特性関数
4.6.3 IIR ポールの積表示

============================================================
附録1 集合と関数空間

A1.1 集合・写像
A1.2 σ代数
A1.3 可測関数
A1.4 Lp
A1.5 Hilbert 空間(L2)
→ フーリエ級数・最小二乗法・信号空間の基礎。

============================================================
附録2 論理記号

A2.1 ∀,∃,⇒
A2.2 収束の論理化
A2.3 BIBO安定性の論理記述

============================================================
附録3 測度論

A3.1 測度 μ
A3.2 ルベーグ積分
A3.3 期待値
A3.4 PSD(パワースペクトル密度)
A3.5 ノイズ過程の可測性

============================================================

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