はじめに
2026年9月2日、Googleは汎用モデル「Gemini 3.8 Flash」と同時に、サイバーセキュリティに特化したモデル「Gemini 3.8 Flash Cyber」を発表しました。ただし、このモデルは一般には公開されていません。「Fairwind Program」という審査制の枠組みに参加した、信頼された防御者だけが使えます。
本記事では、公式ブログと公式ドキュメントをもとに、Gemini 3.8 Flash Cyberの性能、誰がどうやって使えるのか、あわせて提供される脆弱性修正エージェント「CodeMender」との関係を整理します。
Gemini 3.8 Flash Cyber とは
Google公式ブログによると、Gemini 3.8 Flash Cyberは、脆弱性の検出と自動パッチ適用で最先端の性能を持つ、Googleで最も高性能なサイバーセキュリティモデルです。汎用のGemini 3.8 Flashと同じ基盤の知能を共有しており、サイバーセキュリティ領域での厳しい訓練が加えられています(Introducing Gemini 3.8 Flash and 3.8 Flash Cyber | Google)。
Google Cloudの公式ドキュメントでは、Gemini 3.8 Flash Cyberは「Gemini 3.8 Flashをサイバーセキュリティ向けに追加学習させたモデル」と説明されています。Gemini Enterprise Agent Platform上ではGA(一般提供)ですが、アローリスト制で、利用するにはGoogleの担当チームへの連絡か、Fairwind Programへの申請が必要です。モデルIDはgemini-3.8-flash-cyberで、サービス固有条項のGemini Cyberに関する規定(第31条(a))の対象です(Gemini 3.8 Flash Cyber | Gemini Enterprise Agent Platform | Google Cloud Documentation)。
汎用モデルとの違いを表にまとめます。
| 項目 | Gemini 3.8 Flash | Gemini 3.8 Flash Cyber |
|---|---|---|
| 位置づけ | 長い工程のコーディングや自律エージェント向けの汎用モデル | サイバーセキュリティ向けに追加学習したモデル |
| 利用できる人 | 開発者、企業、有料の個人ユーザーなど幅広く | Fairwind Programで審査を通った防御者 |
| サイバー分野の安全策 | 悪用を防ぐ安全策あり | サイバー分野については、より緩い安全策を適用 |
| 料金 | 入力100万トークンあたり$0.75、出力$3.75(導入価格。2026年12月31日まで) | 公式の料金ページを参照 |
公式ブログによると、Gemini 3.8 Flash Cyberでは、攻撃(エクスプロイト)よりも脆弱性の修正を優先して開発されています。サイバー分野の安全策が緩められているため、より包括的なサイバー能力を必要とする、信頼された防御者にだけ提供する、という設計です。
性能: Google公開の評価結果
公式ブログとFairwind Programのページでは、次の評価結果が公開されています。いずれもGoogleが公開した数値です。
| 評価 | 結果 |
|---|---|
| CyberGym(脆弱性発見の標準ベンチマーク)Pass@1 | Gemini 3.8 Flash Cyberが86.2%で首位。比較対象として、GPT-5.5-Cyberが85.6%、Mythos 5が83.8%、GPT-5.6 Solが83.6%、前世代のGemini 3.5 Flash Cyberが77.5% |
| 実世界を想定した脆弱性発見(社内ベンチマーク) | 20のプログラミング言語にまたがる複雑なコードベースで、成功率70%超 |
| CWE-Bench(パッチ生成の外部ベンチマーク) | Pass@1は47.2%。首位モデルの47.8%とほぼ並びながら、大幅に低いコストで提供 |
| プロンプトインジェクションへの耐性(Gray Swan) | 前世代から大きく向上したと説明 |
CyberGymでは、前世代のGemini 3.5 Flash Cyberの77.5%から86.2%へ向上しています。ただし、首位との差は小さく、あくまでGoogle自身が公開した評価である点には注意が必要です。
実際の成果: Google社内と外部パートナー
公式ブログでは、Google社内でGemini 3.8 Flash Cyberを使った成果も紹介されています。
| 組織 | 内容 |
|---|---|
| Chromeセキュリティチーム | Chromeの脆弱性に対する正しいパッチの生成数が、はるかに大きい商用の最良モデルの2.6倍だった |
| Wiz | 社内のペネトレーションテスト用ベンチマークで、再現率が7.5〜9.7%高く、コストは他の主要モデルの2.3〜5.2分の1だった |
| Google Cloudの脆弱性研究チーム | 通常は発見までに数ヶ月かかる重大な基盤的脆弱性を、2時間未満で発見した |
Fairwind Programのページには、パートナー企業の評価も載っています。たとえばSnowflakeは、自社の公開リポジトリに対する2日間の試行で、重大度の高い指摘で大型のエンジンに引けを取らず、確認作業のノイズも減らせたと述べています。低いコストで、たまに実行する使い方ではなく、常時実行できる点も評価されています。Armadinは、より大きなモデルと同等の性能を、低い価格と優れた応答速度で実現できたとしています(Fairwind Program | Google DeepMind)。
なお、「数ヶ月が2時間未満に」という成果は、Google Cloudの脆弱性研究チームによる1件の事例で、すべての脆弱性調査に当てはまるわけではありません。
Fairwind Program とは
Google公式ブログによると、Fairwind Programは、政府や信頼されたパートナーが、Googleの最先端のサイバー防御機能を使うための限定アクセスプログラムです(Proactive cyber defense for governments and enterprises | Google)。
背景には、防御側が直面していた選択のジレンマがあります。1つは、導入コストが高く、企業のコードベース全体で制御しにくい巨大なフロンティアモデルを使うこと。もう1つは、複雑な脆弱性の修正が難しく、ツールやインフラを自前で作る必要がある小型のオープンウェイトモデルを使うことです。公式ブログは、このジレンマへの答えとしてFairwind Programを紹介しています。
また、攻撃者が新しい能力を悪用できるようになる前に、防御側に強化のための猶予期間を与える、という狙いも示されています。
最初にアクセスを段階的に提供する対象は、次の3つです。
| 対象 | 目的 |
|---|---|
| 政府・国のサイバー当局 | 公共部門のネットワークや市民サービスを、標的型の侵入から守る |
| 重要インフラの運営者 | 医療、通信、エネルギー、金融などの必須サービスを、運用の妨害から守る |
| 中核的な技術プラットフォーム | 広く使われているソフトウェア基盤を守り、下流の何百万ものユーザーの安全性を一度に高める |
参加パートナーは、世界で650を超えています。
参加条件とガバナンス
デュアルユース(防御にも攻撃にも使える)の能力を扱うため、参加には厳しい条件が課されています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| アクセスできる人 | 組織内のサイバーセキュリティ、インシデント対応、ペネトレーションテストのチームに限る。従業員のアクセスと利用を追跡する必要がある |
| 認証 | ユーザー単位の認証、フィッシング耐性のあるMFAなどのアクセス制御 |
| 許可される用途 | 防御目的・学術研究目的での、許可された脅威シミュレーション、リバースエンジニアリング、マルウェア分析。マルウェアの作成といった悪意のある用途は禁止 |
| 再配布の禁止 | アクセス権の共有、再配布、販売は禁止 |
| 事前審査 | 申請組織の過去のセキュリティ履歴や、倫理的な運営の実績を確認するための身元調査を実施 |
申請はWebのフォームから行います。学術機関については、防御的なベンチマークを行う研究室からの申請を歓迎する一方、学生の利用にはCodeMenderの利用を勧めています。
データの扱いについては、Agent Platform上でGemini 3.8 Flash Cyberをマネージドモデルとして直接利用する場合、ゼロデータリテンション(データを保持しない運用)に対応するとされています。
CodeMender: 見つけた脆弱性を修正まで自動化する
Fairwind Programでは、Gemini 3.8 Flash Cyberは、脆弱性修正エージェント「CodeMender」と組み合わせて提供されます。公式ブログによると、脆弱性を見つけて終わりにするのではなく、見つけて、検証し、修正するところまでを大規模に自動化することが狙いです。従来は手作業で数週間かかっていた脆弱性の修正を、組織のセキュアなクラウド環境の中で、検証済みでそのままデプロイできるパッチとして数分で生成できるとされています。
CodeMenderの仕組みは、Google Cloudの公式ドキュメントで次のように説明されています(CodeMender overview | Gemini Enterprise Agent Platform | Google Cloud Documentation)。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 役割 | コードベース内の深い脆弱性を、見つけて、検証し、修正するAIコードセキュリティエージェント |
| 構成 | 推論やオーケストレーションはGoogle Cloud側で実行し、ローカルのcm CLIがコードへのアクセスを仲介する |
| コードの扱い | ソースコード全体はGoogleのサーバーにアップロードされず、送られるのは必要なコード断片や脆弱性情報、パッチ案、コマンドの実行結果などに限られる |
| データ保持 | セッションデータは最大7日間保持され、その後自動削除される。顧客のソースコードがモデルの学習に使われることはない |
| 既定のモデル | Gemini 3.8 Flash。--modelフラグで変更できる |
| 主なコマンド |
cm find(発見)、cm verify(検証)、cm fix(修正) |
| 安全上の注意 | Gemini Cyberモデルを使う場合はサービス固有条項第31条(a)の対象。書き込みやツール実行の人による確認を無効にする場合は、顧客が責任を負う |
CodeMenderの対応言語は、C/C++、Java、Python、TypeScript/JavaScript、Go、Rust、Rubyです(CodeMender: AI Agent for Code Security | Google Cloud)。
なお、CodeMenderはGoogle Cloudの公式ブログで2026年7月21日にプレビューとして発表されました(Now in preview: Find and fix software vulnerabilities with CodeMender | Google Cloud Blog)。現時点では限られた顧客向けのパブリックプレビューで、利用にはGoogleの営業チームへの連絡が必要とされています(Install and configure the CLI | Gemini Enterprise Agent Platform | Google Cloud Documentation)。
Fairwindの対象外でもできること
Fairwind Programに参加できない場合でも、Fairwind Programの公式ブログによると、Google Cloudの顧客であれば、Gemini Enterprise Agent Platform上の一般公開モデルとCodeMenderを組み合わせて、コードを事前に保護できます。Googleの脅威防御ソリューション「AI Threat Defense」を併用する方法も案内されています。CodeMenderは、一般公開モデルと組み合わせて使う形のほか、AI Threat Defenseの中核コンポーネントとしても提供されるとされています。
立場ごとの選択肢を整理すると、次のようになります。
| 立場 | 使えるもの |
|---|---|
| Fairwind Programの参加者 | Gemini 3.8 Flash Cyber(単体、またはCodeMenderと組み合わせ) |
| Fairwindの対象外のGoogle Cloud顧客 | CodeMender(一般公開モデルと組み合わせ)、AI Threat Defense。CodeMenderはプレビューで、利用には営業チームへの連絡が必要 |
| 一般の開発者・企業 | Gemini 3.8 Flash(汎用モデル) |
注意点
- 一般には使えません。 Gemini 3.8 Flash Cyberは審査制で、審査基準を満たす組織にだけ提供されます。申請しても利用できるとは限りません
- 性能の数値はGoogleが公開したものです。 CyberGymのように外部の標準ベンチマークを使っている場合でも、比較の条件や対象モデルはGoogleが選んだものです
- CodeMenderはプレビューです。 対象は限られた顧客で、本番運用を前提とした一般提供ではありません
- デュアルユースの能力を扱います。 許可された用途以外での利用は禁止されており、アクセスできる人も組織内のセキュリティ担当に限られます
まとめ
- Gemini 3.8 Flash Cyberは、2026年9月2日に発表された、汎用のGemini 3.8 Flashをサイバーセキュリティ向けに追加学習したモデル
- 脆弱性の発見と自動修正に強く、攻撃よりも修正を優先して開発されている。CyberGymでは前世代の77.5%から86.2%に向上した
- Chromeのパッチ生成で商用の最良モデルの2.6倍、Google Cloudの脆弱性研究チームによる重大な脆弱性の発見が2時間未満、などの成果が公開されている
- 提供は、政府、重要インフラ、中核的な技術プラットフォームなどを優先する「Fairwind Program」を通じた審査制で、参加パートナーは650超
- 参加には、アクセスできる担当者の限定、フィッシング耐性のあるMFA、身元調査などの条件があり、マルウェア作成などの悪意のある用途は禁止
- 脆弱性修正エージェント「CodeMender」と組み合わせることで、検証済みのパッチを数分で生成できるとされる。CodeMender自体は限られた顧客向けのパブリックプレビュー
- 対象外でも、Google Cloudの顧客はCodeMenderと一般公開モデルの組み合わせを利用できる
サイバー分野のAIが、能力の高さと悪用の懸念をどう両立させようとしているのかを知りたい方の参考になれば幸いです。
参考リンク
- Introducing Gemini 3.8 Flash and 3.8 Flash Cyber | Google
- Gemini 3.8 Flash Cyber | Gemini Enterprise Agent Platform | Google Cloud Documentation
- Fairwind Program | Google DeepMind
- Proactive cyber defense for governments and enterprises | Google
- CodeMender overview | Gemini Enterprise Agent Platform | Google Cloud Documentation
- CodeMender: AI Agent for Code Security | Google Cloud
- Now in preview: Find and fix software vulnerabilities with CodeMender | Google Cloud Blog
- Install and configure the CLI | Gemini Enterprise Agent Platform | Google Cloud Documentation
本記事は2026年9月時点の公式情報をもとにまとめています。Fairwind ProgramとCodeMenderは提供範囲の拡大が予定されており、条件は変更される可能性があります。実際の利用を検討される際は、最新の公式情報をご確認ください。