シリーズについて:「職場の暗号辞典」は、エンジニアが職場で使う言葉の「本当の意味」を翻訳するシリーズです。
- Vol.1:設計レビュー編
- Vol.2:コードレビュー編
- Vol.3:障害対応・振り返り編
- Vol.4:スプリント・スクラムイベント編
- Vol.5:1on1編
- Vol.6:採用面接編(本記事)
- Vol.7:見積もり編
- Vol.8:技術選定編
はじめに
採用面接は、お互いが「良く見せようとしている場」です。
応募者は職務経歴を盛り、面接官は会社を魅力的に語る。どちらも嘘をついているわけではないのですが、言葉の裏にある現実をそのまま受け取ると、入社後に「聞いていた話と違う」ということになります。
この記事では、採用面接でよく聞く言葉を素直な日本語に翻訳します。応募者側・面接官側、両方のフレーズを扱います。転職を考えている人にも、採用に関わるエンジニアにも、使える内容を目指しました。
翻訳辞典:採用面接編
「弊社はフラットな組織です」(面接官から)
翻訳: 役職はあります。ただ、声の大きい人が強いです。
「フラット」という言葉は、採用面接で最もよく使われる形容詞の一つです。しかし「フラット」の定義は会社によってまちまちです。
ある会社では「役職に関わらず誰でも意見が言える」という意味。別の会社では「役職はないが、暗黙のヒエラルキーがある」という意味。また別の会社では「上司が気さくに話しかけてくれる」という意味だったりします。
見極め方: 「具体的にどんな場面でフラットさを感じますか?」と聞く。「エンジニアが直接社長に提案できる」という具体例が出れば本物に近い。「みんな仲良しです」だと怪しい。
「裁量を持って働けます」(面接官から)
翻訳: 指示が少ないので、自分で何とかしてください
「裁量」も採用面接の頻出ワードです。本当に権限と責任が委譲されている環境の場合もありますが、「リソースも方針も不明確なまま放り込まれる」環境を「裁量」と呼んでいることもあります。
裁量が機能している環境は、「決裁権がどこにあるか明確」「失敗しても責任を取り方が明確」「自分で優先度をつけて良い範囲が明確」という特徴があります。この3つが曖昧なまま「裁量があります」と言われる環境は注意が必要です。
見極め方: 「直近で現場のエンジニアが自分の判断で動かせた一番大きな意思決定は何ですか?」と聞く。具体例がスラスラ出るかどうかで判断できます。
「チャレンジングな環境です」(面接官から)
翻訳: 忙しいです。整っていない部分もあります。
「チャレンジング」は中立的な言葉に見えますが、採用文脈では「大変だが成長できる」という意味でポジティブに使われます。しかし裏を返すと「問題がある」「未整備な部分がある」「人が足りない」のいずれかを示唆していることが多い。
もちろん本当にチャレンジングな環境が好きで伸びる人もいます。ただし「チャレンジング」が「残業が多い」「オンコールが頻繁」「技術的負債が山積み」の言い換えになっていないかは確認すべきです。
見極め方: 「最近一番チャレンジングだった出来事を教えてください」と聞く。技術的な課題なら前向き。「人が辞めて大変だった」「リリースが遅れ続けて」なら組織的な課題の可能性があります。
「風通しの良い職場です」(面接官から)
翻訳: 少なくともこの面接担当者は、そう思っています
「風通しの良い」は主観的な評価です。面接官が本心からそう思っていても、それは面接官の経験に基づくもので、部署や立場が違えば体感は変わります。
この言葉が出たとき、確認すべきなのは「誰にとっての風通しか」です。シニアにとっては言いやすくても、ジュニアにとっては言いにくい職場はたくさんあります。
見極め方: 「入社した人が最初に驚くことは何ですか?」と聞く。ポジティブな驚きならよし、答えに詰まるか「まあ、慣れれば」と言い始めたら注意サインです。
「成長できる環境です」(面接官から)
翻訳: 大変なので、嫌でも成長します
「成長」も採用文脈の定番フレーズです。大抵の場合は本当のことを言っています。ただし「どうやって成長するか」が会社によって全然違います。
- 型:「先輩にOJTで教えてもらいながら成長」
- 試行錯誤型:「失敗しながら自分で学ぶ(サポートは薄め)」
- 負荷型:「業務量が多いので自然と力がつく」
このうちどの成長を指しているかによって、自分に合うかどうかが変わります。
見極め方: 「入社して1年後に成長を感じた人の話を聞かせてください」と聞く。具体的なエピソードに「どんな状況で」「何を自分で学んだか」が含まれているか確認します。
「前向きな退職理由をお聞かせください」(面接官から)
翻訳: ネガティブなことを言わないでください(でも本音も聞きたいです)
採用面接の定番質問です。「ネガティブなことを言うと印象が悪くなる」という恐れから、応募者が「より大きな挑戦を求めて」「御社の〇〇に魅力を感じて」という建前を言い、面接官も「そうですか」と受け取るという儀礼になりがちです。
実は面接官側も、本音の退職理由を聞いた方が参考になると思っています。ただし聞き方によっては場が壊れるので、お互いに当たり障りのない会話に着地します。
応募者としての対処法: 完全な本音を言う必要はありませんが、「前向きな理由」と「実際の不満」を1:1くらいで混ぜると信頼性が上がります。「マネジメントへの道が見えにくく、技術を深めたい方向性と合わなくなってきた」のように、不満を「方向性の違い」に変換する。
「弊社のカルチャーに合う方を探しています」(面接官から)
翻訳: 今のチームと似たタイプの人を探しています
「カルチャーフィット」は採用において合理的な基準の一つですが、「カルチャーに合う」の定義が曖昧なまま使われると「自分たちと似た人を採用する」だけになります。
同質性が高まるとイノベーションが起きにくくなるという研究もありますが、採用の場ではまだ「カルチャーフィット」は重視されがちです。
応募者としての対処法: 「御社のカルチャーを具体的に教えていただけますか?」と聞く。「〇〇という価値観を大事にしていて、それが▲▲という行動に現れています」と答えられる会社は本物。「みんな仲良し」「チームワーク重視」だと曖昧です。
「御社を志望した理由を教えてください」(面接官から)
翻訳: 他社と比べて当社を選ぶ理由を、自分たちに都合よく言ってください
面接の定番中の定番質問です。面接官は「本当の志望理由」より「この人がどう自分たちの会社を認識しているか」を確認したいことが多い。
「御社のビジョンに共感して」という答えは準備してきた感が強く印象に残りにくい。「〇〇の課題を解決したくて、御社の△△というアプローチが自分のやりたいこととの一致点だと感じた」という具体性のある答えの方が面接官の記憶に残ります。
応募者としての対処法: 「なぜここじゃないとダメか」を1文で言えるようにしておく。「大きな市場を狙っている会社に行きたかった」ではなく「〇〇という課題に対して△△のアプローチを取っている会社に行きたかった」という特異性が刺さります。
なぜ面接に暗号が生まれるのか
採用面接は情報の非対称性が最大になる場です。
応募者は会社の内情をほとんど知らない。面接官は応募者の実際の働きぶりを知らない。どちらも「良く見せたい」インセンティブがあります。
その結果、会社は「フラット」「裁量」「成長」という言葉を使い、応募者は「御社のビジョンに共感」「チャレンジしたい」という言葉を使う。お互いが「期待に応えた言葉」を言い合う場になりやすいのです。
採用面接の暗号を減らすために
応募者として:
- 抽象的な言葉(フラット・裁量・成長)を聞いたら必ず「具体的に教えてください」と聞き返す
- 「入社後にギャップを感じた人の話を聞かせてください」という質問は、最も情報が取れます
- カジュアル面談・OB訪問・Glassdoor(海外版)などを使って、面接外の情報を集める
採用担当のエンジニアとして:
- 「フラット」「成長」より「具体的なエピソード」で会社を語る
- 「うちの会社のここが大変です」を正直に言える面接官は、候補者から信頼されます
- 入社後のギャップを減らすことが、長期的な定着率を上げる最善策です
おわりに
面接の言葉を翻訳すると、多くが「良く見せたい」という共通の動機から来ていることがわかります。
どちらが悪いわけでもないのですが、お互いが正直に話せる場を作れると、入社後のミスマッチが減ります。面接官が「ここが大変です」と言える会社は、それだけで信頼感が上がります。
次回はVol.7:見積もり編。「2〜3日あれば」「工数は調整できます」「仕様が固まれば」——PM・エンジニア間の永遠の摩擦を翻訳します。
シリーズ一覧:職場の暗号辞典
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- Vol.2:コードレビュー編
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- Vol.8:技術選定編