1. はじめに
私はこれまで、設備検査や製造現場で画像認識モデルを実務に導入してきました。
その中で、単にモデルを選ぶだけではなく、データ収集・ラベル精度・学習戦略・後処理など、さまざまな要素を組み合わせて精度を向上させることの重要性を実感しました。
本記事では、こうした実務経験に基づき、物体検出モデルの精度向上に必要な要素を整理して解説します。
2. 物体検出とは
物体検出とは、画像の中から特定の物体を識別し、その位置(バウンディングボックス)とクラスを同時に予測するタスクです。
特徴としては以下が挙げられます:
- 位置情報の取得:単なる分類ではなく、座標情報が必要
- 複数物体の同時検出:重なりや小物体も対象
- タスク例:人検出、欠陥検出、車両検出、医療画像の病変部位検出
物体検出モデルには、単段検出器(YOLO系、RetinaNet)や二段階検出器(Faster R-CNN、DETR)などがあります。
3. モデル関連の要素
物体検出精度を上げるためには、モデル構造や学習方法の選定が重要です。
3-1. モデル選択
- 単段検出器:高速で軽量、リアルタイム用途向き
- 二段階検出器:高精度、特に小物体や複雑な背景に強い
- Transformer系(DETR):重なり物体やグローバル関係の把握に有利
3-2. モデル容量・アーキテクチャ
- 深い層や多段の特徴ピラミッドを活用
- CSPDarknet、EfficientNet、BiFPNなどで特徴抽出を強化
3-3. 学習戦略
- 適切なバッチサイズ・学習率・損失関数の調整
- データ並列・モデル並列を活用した分散学習
- Gradient AccumulationやMixed Precisionで大規模モデル学習を効率化
4. データセットの重要性
精度向上において、データは最も重要な要素の一つです。
4-1. データ量と多様性
- 十分な量のデータが必要
- 角度、サイズ、照明条件、背景など多様性を含むと汎化性能向上
4-2. ラベル精度
- アノテーションミスは学習のノイズ
- 高精度なバウンディングボックスとクラスラベルが重要
4-3. データ拡張
- Flip, Rotation, Scale, ColorJitter, CutMix, MixUp, Mosaicなど
- 特に小物体や稀なパターンの検出精度を上げるのに有効
5. 精度測定の方法(APについて)
物体検出の精度は主に AP(Average Precision) で評価されます。
5-1. APとは
- Precision-Recall曲線の面積を表す指標
- 0〜100%で表現、値が高いほど正しく検出できている
5-2. APの種類
- AP50:IoU=0.5での精度
- AP@[0.5:0.95]:IoU 0.5〜0.95で平均
- 小物体や重なり物体に対しては、後者の指標がより厳密
5-3. AP向上の意味
- 例えばAP50が50% → 1000個中500個正しく検出
- 3%向上 → 530個正しく検出
- 誤検出や見逃しが減り、下流タスクの信頼性が向上
6. 実用化に向けた取り組み
物体検出を実務で活用する際には、以下の取り組みが重要です。
6-1. 後処理の最適化
- NMS(Non-Maximum Suppression)やConfidence Thresholdを調整
- Soft-NMSやWeighted-NMSで小物体精度改善
6-2. テスト時拡張(TTA)
- 推論時に画像反転・スケーリングを複数実施して平均化
- 精度1〜3%向上の効果
6-3. ハードウェア・分散学習
- 高速ストレージや低遅延ネットワークで学習効率向上
- GPUクラスタでの分散学習により、大規模データセットでも実務時間で学習可能
6-4. モデル運用・更新
- 定期的に新しいデータで再学習
- 精度劣化やデータ分布変化に対応可能
7. まとめ
物体検出で精度を向上させるには、モデル・データ・学習戦略・後処理・運用体制の5要素を総合的に最適化することが鍵です。
- データ:量・多様性・ラベル精度・拡張
- モデル:アーキテクチャ・容量・学習戦略
- 精度測定:APで評価、3%の改善でも実務効果大
- 実用化:後処理、TTA、ハードウェア最適化、運用体制
これらをバランスよく改善することで、精度の高い物体検出システムを実務で活用することが可能になります。