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リモートワークでの「非同期」の勧め

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これはリモートワークに関するポエムである。

要点はただ1つ。 同期することを諦めない限りリモートワークは成立しない。

リモートワークと働きやすさは必ずしも両立しない

リモートワークは私にとっては特別なことではなくて、1992年に東京での通勤に疲れて大阪での生活を始めたときに、社会制度としてはまだ裁量労働制すら日本には確立していなかったころから始めている。もっとも、当時所属していた会社の人達の配慮なしには実現し得なかった話であり、今の労働強化の実情を考えれば現在でも周囲の理解なしには実質機能しない仕事のやり方だろうと思う。

ただ、リモートワークで 働きやすい環境 が得られるかどうかは、結局のところ自分の働き方と仕事の内容によるとしかいいようがない。リモートワークであることが働きやすさを保証するものではない。

長距離通勤とリモートワーク

私は過去長期にわたる長距離通勤によって2度退職に追い込まれている。1度目の1990年から1992年までの日本DECでの仕事は、世田谷区北部から横浜市保土ヶ谷区までの長距離通勤が毎日続き、結局体力の限界に達して辞めざるを得なくなった。当時はリモートワークの可能性はゼロだった1日本でおそらく当時一番社内ネットワークの進んでいる会社の1つであったにもかかわらず。 日本語のVTエミュレータだけでも使わせてくれれば随分楽に仕事ができたのに、と今でも思っている。

そして2度目の2010年から2012年の京都大学での仕事では、豊中市北部から京都の出町柳まで通勤しなければならず、なおかつ常時呼び出される可能性があるという過酷なものであった。当然ながら自宅でも仕事をしたし、通勤途上でも出張先でもどこでもやった。いわばリモートワークが前提の過酷な労働であった。ここでのキーポイントは、 他人と同期して仕事をしなければならない という制約が非常に厳しかったことである。

同期していることを強制される環境でのリモートワーク

自分がリモートワークを進めたからといって、他の人達がオフィスに通勤してその場にいることを要求する限り、会議は減らない。最終的にはこれは同期を強制している労働環境から変えないとどうにもならないということを痛感した。リモートワークの場合は 同期を緩めてできる限り非同期で物事を進める ようにしないと、結局睡眠時間や家族との時間を削って仕事を増やしているだけになりかねないということを身をもって学習した2

時差を越えられないリモートワーク

ごく短期間米国のベンチャーに在籍していたことがあるが、そこで一番キツかったのは、ほぼ常時24時間対応しなければならなかったことである。米国西海岸、米国東海岸、欧州(ロンドン)、日本と4つの拠点があると、この4つの拠点で 同時に会議を開催することは誰かの犠牲を伴わなければ不可能 である。業務命令とはいえ、日本時間で午前4時開始の遠隔会議に出席するのが毎日になると、家族との生活の両立は難しくなる。私が会社都合で離職することになった理由の1つかもしれないと今では思っている。

それでなくとも、時差を越えるリモートワークは大変難しいらしい。海外の仕事を探していたときに、ある欧州の経営者から言われたのは、 時差のある相手とはビジネスは大変困難 だということであった。だからその経営者がやったことは、現地の別の会社と連携し、現地法人化してローカルな時間の問題は解決するということだった。残念ながらその会社はまだアジアには展開していないため結局直接仕事ができるという状況には至っていないのだが。まあ歴史的にみても、南北で経済のブロックができるという例が多いのは事実で、それだけ人間は睡眠の縛りからは逃れられないのかという気がしないわけでもない。

反「多様性」そして強制同期社会の代表である日本

ある程度大きな社会だと似たような傾向は出てくると思うが、それでも日本は「みんないっしょに」というのが社会の病理になるほど多様性が低い国として世界では稀に見る存在である。特に言語多様性3は非常に低い。そして全員一斉に通勤して首都圏では一斉に電車が遅れて動かなくなって、それでも早朝出勤して深夜に戻るのが普通とみなされているオソロシイ場所である4

6年以上前にこの「みんないっしょに」「同じ時刻で」「同じ場所で」活動する傾向を「強制同期社会主義」と呼ぶことにしたが、どうもこれは日本だけではなくて、ナチス・ドイツの強制的同一化(Gleichschaltung)、つまり「すべての専門組織や社会組織をナチスの思想と政策に同期させる」政策までさかのぼることができる。今の日本はむしろこの「強制的同一化」を極限まで進めた結果、社会の問題が大きく出てきているように見える。

「同期」はリモートワークでやるのに適していない

同じタイミングを強制する行為は、本質的にリモートワークに適していないと思う。この考え方は30年前に電子メールを自分が使い始めて以来、一貫して変わっていない。

日本の会社の多くでは「朝会」なるものを毎日やっているところがあるようだ。いろいろ事情はあるだろうから、他所様の文化に対して文句はいわない。でもリモートワークの社員を戦力にしたいのなら、毎日「朝会」をやるのは止めたほうがいいと思う。人が眠りから覚める時間はさまざまだし、仕事よりも優先度の高い介護や育児などの作業5に朝の時間を使わなければならない人達は多いだろうし。

そもそも会議というのもリモートワークには適していない。自分の考えを口頭で述べることしかできない人が日本の官僚型組織には多くて(つまり事前にagendaをA4判1~2ページの文書にまとめることができない人達が多くて)、そのために会議をやっているフシがあるのだが、本来会議というのはインタラクションの場であって報告の場ではないと思う。そういう意味では、音声の電話会議も、テレビ会議も、リモートワークの本質からは外れる行為だろう。海外出張先から日本の会議に出るために睡眠時間を削って対応している人達を見ると、いったい何のために海外出張しているのかと疑義を挟まざるを得ない。

「非同期」のための道具をインターネットは提供し、開発してきたのではなかったのか?

電子メールも、チャットツールも、今やどこにでもある掲示板も、これらの前提は「蓄積交換」、つまり同期を緩めて非同期にすることで、単位時間あたりの負荷を下げ、リズムの違う人達の連携を可能にすることが大きな目的だったように思う。

しかし、日本の、いや人類の「強制的同一化」への要求はまだまだ強く、これらの非同期なツールをまだ使い切れていないし、それが前提で社会を動かせるほど社会は進歩してもいない。Cメールや今ならLINEなどで 何分以内に返事を返さないとイジメに遭うという習慣がティーンエイジャーで蔓延しているのを昔聞いたことがあるが、なんと人間は愚かな存在かと、愚考せざるを得ない。 そういうことで忠誠心や仲間意識を測る人間が一人でもいる限り、リモートワークの環境は望むべくもないだろう。言い換えれば、リモートワークへの障害をなくすためには、必要のない同期手順を減らしていくことが重要ではないかと思う。

強制同期から逃れるために

ここ10年ぐらいのマルチコア化に対応するためのソフトウェア開発は、いわばどうやって同期プログラミングから逃れるかの過程であったような気がする。具体的な作業としては、不必要な同期を避け、最低限の同期(具体的には相互排除問題を解かなければならない事態)で済ませることによって、アムダールの法則6による制約からどうやって逃れるかを追求してきた。あいかわらずイベントループが人間は大好きだが、並行プログラミングの考え方の有効性もようやく世の中には根付きつつある7

人間社会の各種作業手順にも、よりいっそうのマルチコア化と同様の非同期化が必要であることは、あえていうまでもないだろう。そもそも光の速度も物流の容量も人の移動できる速度にも制約条件がある。これらを考慮しないビジネスに未来はないのではないか。

リモートワークには初めから距離や時間という制約がある。しかし言い換えれば、その制約は、非同期化を推進する原動力となり得るのではないか。

そして我々の社会も強制同期を緩めていく生き方にしないと、もう回らなくなっているのではないか。高齢化、労働力不足、インフラの疲弊。

…そう思いながら、1992年からの23年間、暮らしてきている。日本ではこういう生き方は、社会の常識に対する挑戦であり、なかば反社会的行為とみなされているような気もする。サラリーマンを23年で辞めざるを得なかったのも、結局は周囲の無理解、あるいは自分の人徳のなさ故に、こういう生き方を理解していただけなかったせいかもしれない。

それでも、2015年12月の今は、理解のあるお客様に恵まれて、ギリギリではあるがなんとか生きていけているような気がしているのは、きっと奇跡に違いない。どのお客様も、無駄な同期を排し、本来の意味で効率良く作業することを支持してくださっている。ありがたい。

そういうお客様のために、そして家族と自分のために、リモートワークなり、そのための開発環境を日々整えたりしている。そんな毎日である。


  1. 管理職にしか許可されていなかったらしい。 

  2. 国立研究開発法人や国立大学法人でのリモートワークはもう教員レベルでは限界に達しているような気がする。 

  3. https://www.ethnologue.com/statistics/country 

  4. 米国カリフォルニアのベイエリアでもよほどお金がないと職場の近くに住めなくて長距離長時間通勤が常態化しているのはもはや同じらしいが。 

  5. こういうことをしなくていい人達というのは今後減りはしても増えることはないと思う。 

  6. https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%83%80%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%81%AE%E6%B3%95%E5%89%87 

  7. Erlang/OTPElixirといった並行プログラミング指向の開発環境を広めるお手伝いをしているのは、実は自分のリモートワークを前提とした生き方が深く関係しているのだろうと思っている。