初めまして。
普段はAppExchangeパートナーでSalesforceエンジニアをしておりますYudaといいます。
前職はSalesforce社でテクニカルエバンジェリストをしておりました。
今回初めてSalesforce Advent Calendarに参加します。
参加するのが夢だったので嬉しいです。
主催者のKosakaさんが技術的なトピックじゃなくても全然大丈夫ですと言ってくださったので、お言葉に甘えて全く技術的ではないトピックで書こうと思います。
📢Salesforce Advent Calendar 今年もつくりました!🎄☁️ 技術的なトピックじゃなくても全然大丈夫です。奮ってご参加ください!https://t.co/oaQnpNSBgM
— Shun Kosaka (@shunkosa) November 3, 2022
執筆の動機
今回書くテーマは「Salesforceと宗教」にしました。
少し奇妙なテーマですがこれには理由があります。
私はキリスト者なのでクリスマスガチ勢なのですが、そんな自分にとってアドベントカレンダーという言葉は純キリスト教的にどうしても聞こえてしまいます。
というのもアドベントというのは、キリスト教会では待降節と訳されて、キリストの「降」誕を「待」ち望む時期なのです。
なのでSalesforce Advent Calendarは、キリストの誕生を待ち望みながらSalesforceの記事を毎日書くお祭りとも読めなくないのです!(読めません)
しかしながら、非キリスト者にとっては、アドベントカレンダーと聞いてもキリスト教を意識することはないとは思います。
完全な自己満テーマですね。
ただそれでもSalesforceという会社はサステナビリティだけではなく、宗教の価値を広く認めてくれていると感じる素敵な会社でもあるので、その実態を少しでも多くの人に知ってもらいたいとも思っています。
この記事を執筆するにあたって何かしらのヒントを得ようと思い、Salesforceの創業者でありCEOのマークベニオフの最新著書「トレイルブレイザー」を読みました。
そうすると思ったよりも、宗教に関する記述が複数箇所で取り上げられていたのです。
今回はこの本から宗教に関する記載を抜粋して、自分自身のSalesforce社での経験を織り交ぜながらマークの宗教思想について考察したいと思います。
よろしくお願いします!
マークの語る"shosin"(初心)の重要性
彼が自身の著作やインタビューなどで言及しているように、マークが深く東洋思想に傾倒していることは比較的有名である。
アメリカ人、特にカリフォルニア人と東洋思想と聞くと、ニューエイジを想起する人も多いかもしれない。彼自身も少し皮肉的に自らがニューエイジであることを認めている記述をしている。
世界のどこでも、全オフィスの全フロアに小さなマインドフルネス室をつくるようになった。一息つく必要があるときに、従業員がいつでも逃げ込める静かな場所だ。いかにも「カリフォルニアっぽく」聞こえるかもしれないが、これは単なるニューエイジの思いつきではない。マインドフルネスはあらゆる場所で最も大事なことだ。
しかしながら、彼はただ単にニューエイジ的なだけでなくその源流の一つとも言える仏教思想や禅についても深い興味がある。
実際にコロナ前はよく京都の龍安寺を訪れ、禅についての理解を深めていたという。
私は京都の北西部にある龍安寺で、日本人の言うところの「初心」を磨くために、生涯の旅に出ることになった
この「初心」という言葉はマークの宗教思想を語る上で外せない言葉である。本を構成する11章のうち9章目のタイトルがまさに「初心」であり、合計30回もこの言葉が登場する。
そのうち初めてこの言葉が登場するのが上に引用した箇所なのだが、原典においても"shoshin"と表現されており、この言葉が彼にとって仏教や禅の思想と切り離せないことを物語っている(2回目以降は"beginner's mind"として表現されている)。
マインドフルネスによって「初心」に立ち帰る
この大切な「初心」に立ちかえるための方法として、瞑想やマインドフルネスが挙げられている。
マークのマインドフルネス好きは社内でもよく知られており、この本の中でも人生における最良の学びはマインドフルネスだと彼は言い切っている。
マインドフルネスとは、今この瞬間に自分の内側や周囲で起こっていることに気づくことだという。
普段何気なく仕事をしていると、さまざまなタスクとその締め切りに追われて、そのようなことで頭がいっぱいになってしまうことも多いだろう。
そんな時こそパソコンやスマホを閉じて、目を瞑り、心を開いてその瞬間に意識を向けることが大切だとマークは語っている。
マインドフルネスは単なるマークの趣味を超えて、Salesforce社内でも一つの文化を形成している。
ニューエイジの部分の引用でもあった通り、Salesforceのオフィスの中にはマインドフルネスを行うための専用の部屋がある。
もちろん日本のオフィスにも存在しており、特にSalesforce Tower Tokyoができてからは全フロアにマインドフルネスルームが設置された。
筆者もキリスト者のため、Salesforce在籍時はふとお祈りしたくなるとよくマインドフルネスルームを訪れていた。
当時まだオフィス移転前だったためJP Tower内にあったその部屋は、入ると坐禅を組めるような敷物があり、和風な間接照明が部屋の隅に置いてあった。
窓も部屋の中にあったと思うがブラインドが設置されていたのか、部屋全体としては薄暗かったような印象がある。
部屋の端には椅子とマインドフルネスに関する書籍なども置いてあった。
通常は利用する従業員は少なく、ほとんどの場合で他人と居合わせることは少なかった。
一度だけ他の従業員が利用していた際も、その人は外国籍の従業員のように見えた。
日本は、マークが禅や初心の素晴らしさを知るきっかけとなった国ではあるが、実際にはマインドフルネスはそこまで普及していないようである。
ただ米国においては社内で開催された瞑想のセッションがすぐ定員に達するなど、やはりマインドフルネスは大きく注目を集めており、しっかりとSalesforceの一文化を成しているように思える。
「初心」とV2MOM
マインドフルネスによって「初心」に立ち帰ることができるというのは今述べた通りだが、この「初心」は、Salesforce創業当時から続く目標達成のフレームワークV2MOMとも深い関わりがある。
V2MOMは、それぞれVision, Value, Method, Obstacle, Measureの頭文字でありそれぞれ以下のようなシンプルな問いによって設定される。
①Vision……何がやりたいのか
②Value……自分にとって何が重要か
③Method……どのようにやり遂げるか
④Obstacle……何が成功の妨げとなるか
⑤Measure……どうすればやり遂げたことがわかるか
全世界のSalesforce社員は皆、このV2MOMを期初に設定することが義務付けられており、作成されたV2MOMは社内の全員に公開される仕組みになっている。
よってこのV2MOMさえ見えれば、その社員が今期どのような目標を掲げており、どのようなアプローチと評価手法を採っているのか、またその進捗はどれくらいかを知ることができる。
そして、このV2MOMを作成するときは「初心」に帰る必要があるとマークは言う。
過去をベースにして目標を決めるのではなく、白紙の状態から未来を想像して目標を設定すべきだからだ。
実際多くの企業で今期の目標を設定するときは、過去のデータや取り組みをもとに決めることが多いと思う。
そうではなくて常に「初心」に立ち帰り、専門家という自覚を一度捨てて、ありとあらゆる可能性を検討し、今一番自分にとって重要なもの、目指すべきゴールを見つめ直すことが、V2MOMの真髄なのだ。
キリスト教とマークベニオフ
彼の宗教思想の中心が東洋思想であることに疑いの余地はないが、本の中にいくつかキリスト教に関する記述が出てくるようにキリスト教的思想もまた彼に影響を与えていることがわかる。
本の中から2箇所を抜粋する。
与えることによって受け取る
まずはアッシジの聖フランシスコの祈りを引用している箇所だ。マークはこのとき、サンフランシスコで採択することになったプロップCと呼ばれる法案を支持していた。
この法案の中身は「大企業の法人税を引き上げて、ホームレス問題の解決策の財源に充てる」というものである。
サンフランシスコには多くのテック大企業が存在しているため、中にはこの法案に反対を表明する会社や個人もいた。
プロップC法案は当初の世論調査において劣勢だったため、これを支持するマークは厳しい戦いを強いられた。
その中で彼を支えたのが以下にあるようにアッシジの聖フランシスコの祈りである。
私を導く光となったのが、サンフランシスコ市の名前の由来となった守護聖人、アッシジの聖フランチェスコだ。特に励まされたのが、「闇があるところに光を、(中略)絶望のあるところに希望をもたらすことができる」、そして最後に出てくる「与えることによって受け取る」という言葉だ。
アッシジの聖フランシスコは、12-13世紀を生きたカトリックの聖人であり清貧を守り抜いたことで知られる。
この祈りの中でも最もマークが好んだのが、上にある通り「与えることによって受け取る」という言葉である。
おそらくこの言葉もまた以下の聖書の一節が元になっている。
与えなさい。そうすれば、あなたがたにも与えられる。(ルカによる福音書6:38)
この言葉が出てくるのは、山上の垂訓と呼ばれるイエスが弟子や群衆たちに自分の教えを語るシーンであり、新約聖書の中でも最も重要な場面の一つに数えられる。
そしてこのような「与えることによって受け取る」という考えは、マークにとってただの綺麗事ではなく、自身の経験に基づいた確かなものであった。
マークは創業当時から続けてきた1-1-1モデルこそが、Salesforceのビジネスの成功の一助を担っていると考えていたからである。
何かを得たいと思ったときに、まず先に与えること。
今回のプロップCの例で言えば、短期的に見れば法人税の引き上げによってSalesforceは利益を失う。
ただし、これもまた回り回ってSalesforceの成功につながると考えた。
Salesforceでは社会貢献活動のことをGiving Backと称することがよくある。
これは逆に自分たちは既に多くのものを受け取っていると考え、受け取ったもののうち一部を社会に還元しようという考えに基づいている。
Giving Backの考えもまた広い意味でキリスト教的と言えるであろう。
キリスト教においても多くの恵みを神からいただいていると考え、それに対する感謝の印として神に対して奉仕活動を行うからである
隣人を愛する
2番目は、マークが聖書の内容をそのまま引用してツイートしている箇所である。
このときは、トランプ政権が移民に関する不寛容政策を発表して、国境で政府により家族が分断されるという事件が起きていたときである。
そのような背景の元、マークは以下のように聖書を引用した。
6月14日に、国境を越えて不法侵入したとして捕らえられ、旧ウォルマートの建物に収容された1500人の移民の子どもたちの記事を読んだ後で、私は聖書のマタイ伝からの引用をツイートした。「イエスは彼に言った。あなたは心を尽くし、魂を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。これが第1の大切な戒めだ。そして第2の戒めもこれと同様に重要である。自分を愛するようにあなたの隣人も愛しなさい」
以上のように本の中ではこの聖書の内容を説明するような記述はなく、単純に聖書を引用してツイートしたことが述べられているだけである。
おそらくキリスト教的な素養がある一般的なアメリカ人には特段の説明がなくても、なぜこの場面においてこの聖句を引用したのかが伝わると思われるが、一般の日本人には理解が難しいと思われるため補足したい。
上の引用には第一の戒めと第二の戒めが出てくるが、今回のメッセージに関わるのは第二の戒めである「自分を愛するようにあなたの隣人も愛しなさい」の方である。
隣人愛はよくキリスト教を表す性質の一つとして取り上げられる。隣人愛における隣人とは単純に自分ではない近くの他人を指すこともあるが、ある文脈においては外国人を示すこともある。
それはルカによる福音書において隣人愛の実践として「善いサマリア人」のたとえ話があるからである。
この話の中には、強盗によって半殺しにされて倒れた人が出てくる。
その人の近くを同胞であるユダヤ人たちが通りかかるのだが、彼らはこの人を無視して見捨ててしまう。
そして最終的にこの人を助けたのは、外国人であったサマリア人であったと言うのがこの話の大体のあらすじである。
そしてイエスは、このサマリア人のようになりなさいと当時のユダヤ人たちに説いたのである。
最初の分断された移民の家族の話に戻ると、善いサマリア人のようにアメリカ人は隣人たるメキシコをはじめとする中南米からの移民たちを助けるべきだというのが、マークの聖書を引用したツイートのメッセージなのだ。
このようにマークはキリスト者ではないが、自分の行動の思想的支えとしてカトリックの聖人の言葉を用いたり、自身の考えを表現する方法として聖書を引用したりすることからもわかるように、キリスト教思想に対する一定の賛同があるのだと思われる。
マークはなぜ宗教を必要とするのか?
ここからは本の内容の分析というよりも、自分が本を読んで感じた個人的な推察を話します。
今回改めて「トレイルブレイザー」を読んで感じたことは、本当に宗教に関する記述が多いということです。
東洋思想についての話がいくつか出ることはもちろん読む前から予想はしていましたが、キリスト教に関する内容が2箇所も取り上げられたことは全く予想していませんでした。
ここまで宗教の話が出てくるビジネス本は、アメリカ人著者の作品だとしてもそうそうないのではないかなと思います。
なぜこんなにもマークは宗教的な話を扱うのでしょうか。
それは彼自信が道のないところに道を開拓するトレイルブレイザーだからじゃないかなと思います。
彼はまずビジョンを描く人です。
Salesforce創業時も「Amazonで本を買うように業務用アプリケーションが使えたら」というようなビジョンから始まっています。
視座を高めて、未来の可能性を見つめて、初めて人はビジョンを描くことができると思います。
このための方法論が彼にとっては、マインドフルネスであり「初心」なのだと。
そして一度描いたビジョンを達成するために、道なき道を進むと様々な批判や評論にさらされると思います。
このときに精神的支柱となるのは、偉大な起業家の先人たちやマークの父や祖父の言葉はもちろんですが、聖書の言葉であったり、アッシジのフランシスコの言葉であったのだろうと思うのです。
彼は世界は良くなると本気で信じているし、それを達成しようとしています。
これからも彼が描く理想の未来像に期待したいと思います。
参考
- マーク・ベニオフ,モニカ・ラングレー. トレイルブレイザー企業が本気で社会を変える10の思考 (Japanese Edition) Kindle 版.
- Benioff, Marc. Trailblazer: The Power of Business as the Greatest Platform for Change Simon & Schuster UK. Kindle 版.