教科書を読む機会がありました
諸々の手続きをするため、役所に行ったら「教科書展示会」なるものが行われていました。
これは、教科書の適切な採択に資するため、毎年全国で開催されている制度です。
今年 (令和3年度) は、6/11 ~ 7/31 の任意の14日間を中心として行われています。
学生の頃にずっと塾講師のアルバイトをしていたこともあり、30分ほど軽く読んでみたところ、中学校の技術科の教科書が進歩している!!!!ということに大変感動しました。
特に、情報系の分野が大きく変わっていました。
具体的には、以下の部分に関して、大きく進歩していると感じました。
- 情報セキュリティや情報モラルについて、把握しておくべき部分にしっかり言及している。
- システム開発の基礎となる部分をちゃんとカバーしつつ、中学生にも理解できるよう実例を交えて解説している。
今回はその感動を是非みなさんに共有したいという思いから、中学校技術科の教科書の情報分野の内容を簡単にご紹介いたします。
あわよくば、是非教科書展示に足を運んで、その目で教科書を読んでいただければという思いを込めています。
拝読した技術科教科書
教育図書の「技術 702・703 技術分野教科書」です。以下、この書籍に関するご紹介をさせていただきます。
教育図書 | 技術702・703 技術分野教科書
筆者のステータス
- 高校から情報系の学科に入学し、情報系に特化した教育を受けてきた。
- 学生の頃、6年間ほど塾講師のアルバイトをしており、主に中学生の数・理・英を教えていた。
- 現在は業務系システム開発の会社に就職し、PG・SEをしている。
- プログラミング教育には、興味があるが二の足を踏んでいる状態で、知識は皆無。
内容 (★マークに注目!)
ここでは、教科書の内容をご紹介します。
一旦、これを読んだうえでの感想は抜きにして、教科書に掲載されていた内容を要約いたします。
なお、章立ては教科書からの引用ではなく、本記事で独自に付けたものです。
長くなりますので、お忙しい方は★マークを付けた箇所のみピックアップして読んでいただければいいと思います。
第1章 情報処理の基礎を学ぶ
コンピュータの仕組みを知る
[本書 p.186~197]
基本的な箇所です。スマートフォンやタブレット、PCなどの情報機器を使って多くの人と情報のやり取りをする中で使われる情報の技術を知ることを目的とします。ここは私も中学生の時に技術で勉強しました。
- アナログ情報とデジタル情報の違い、情報の量の表し方 用語: アナログ情報, デジタル情報, 2進数, デジタル化, ビット(bit), バイト(byte), bps
- 静止画・文字のデジタル化の方法 用語: ピクセル, 解像度, dpi, 文字コード
- ハードウェア・インタフェースの説明 用語: 入力装置, 中央処理装置(CPU), 出力装置, ハードウェア, センサ, アクチュエータ
情報通信の仕組みを知る
[本書 p.196~197]
いまや生活と切っても切り離せなくなった、インターネットなどの情報通信の仕組みを学習します。
付録資料として、パケット通信の仕組みや、IPアドレスの仕組み、URL, メールアドレスの仕組みが書かれていました。
用語: 情報通信ネットワーク, インターネット, LAN, 通信プロトコル, TCP/IP
★ 情報セキュリティ・モラルを知る
[本書 p.196~203]
情報通信におけるセキュリティと、それを利用する側のモラルや各種法律を学ぶことを目的とします。
- 情報セキュリティの技術を知る 用語: ID, パスワード, ファイアウォール, 暗号化, 情報セキュリティ技術, サイバーセキュリティ
- 情報モラルと情報の扱い方 用語: 情報モラル, 知的財産, 知的財産権, 肖像権, プライバシー権
特に、情報モラルの部分については、知的財産権、著作権や肖像権について明記されているほか、個人情報に対する自衛(特定・ネットストーキング等への対策)や、情報の即時性と真偽(フェイクニュース)についても明記されていました。
情報技術の利用シーンを知る
[本書 p.204~205]
情報技術の発展に伴い、実生活で利用されるシーンや、未来の情報技術について学ぶことを目的とします。
例として、以下のような技術が紹介されていました。
- 人工知能の発達化、作業の自動化
- 電子マネーでの支払い
- 自動翻訳機による言葉の壁を越えたコミュニケーション
- AIを利用した自動車の衝突回避システム
特に、未来の技術として、車の自動運転技術について明記されていたのもポイントでした。
プログラムの作り方を学ぶ
[本書 p.208~219]
ここから実際にPCを触ります。PCの付け方、消し方、部屋の明るさ、正しい姿勢を学んだうえで、ビジュアル型プログラミング言語の Scratch または、日本語入力型プログラミング言語の なでしこ のいずれかを使ってプログラミングを学習します。
ここでは、簡単なゲームとサンプルプログラムの紹介が行われていました。
- 追いかけっこゲーム
- 数当てゲーム
第2章 双方向性のあるコンテンツの技術を学ぶ
★ 双方向性のあるコンテンツとは?
[本書 p.220~221]
コンピュータとコンピュータがネットワークでつながる、いわゆるクラサバ環境の技術を学びます。
双方向性のあるコンテンツの例として、以下が紹介されていました。
- 動画配信サービス
- SNS
- リモートプレイのゲーム
そして、具体的に、ショッピングサイトでどのようにクライアント・サーバでやり取りするかという仕組みが紹介されていました。
- Client: 商品一覧のコンテンツを見たいと要求する
- Server: 要求を受け取り、商品一覧のコンテンツを返す
- Client: 商品一覧のコンテンツを受け取り、希望の商品・送り先などを送信する
- Server: 希望の商品・送り先などの情報を受け取り、注文を受け取ったことの確認、発送日の案内を返す
- Client: 自分の注文内容を確認し、ショッピングサイトとの接続を切る
★ コンテンツの設計の仕方を学ぶ
[本書 p.222~p.243]
実際に双方向性のあるコンテンツを作り、目的設定、構想、設計の方法を学ぶことを目的とします。
身の回りにある「あったらいいな」を、双方向性のあるコンテンツを活かして実現する手段を学びます。
1問1答クイズの制作を例に、手順を説明しています。
テーマ | 内容 | 1問1答ゲームでの具体例 |
---|---|---|
問題を発見する | 「あったら楽しい」「あったら役に立つ」と思うことを見つけ、テーマを考える。 | 友達と知識をやり取りできると楽しそう |
目的や条件をもとに、構想を考える | 目的を整理する。 使う人や場所、時間の制約といった条件を検討する。 |
友達とクイズを出し合って楽しめるコンテンツを作ろう |
構想を具体化する | 目的や条件に合うように、機能についてのアイデアや、画面に表示する内容、必要な部品などを整理する。 | 出題者が問題を出す 回答者が問題に答える 答え合わせをして結果を表示する |
設計をまとめる | アクティビティ図を作成して、具体的な処理内容を整理する。 UI設計(画面設計)を書く |
1問1答ゲームの設計計画表 |
合計22ページもの分量でしっかりと丁寧に説明されていました。
第3章 計測・制御システムの技術を学ぶ
★ 計測・制御システムとは?
[本書 p.244~245]
第2章は全てソフトウェアの内容ですが、第3章ではハードウェアを含む技術の仕組みを学びます。
計測・制御システムの例として、以下が紹介されていました。
- 全自動洗濯機
- 電気冷蔵庫
- ロボット掃除機
- ロボットスーツ
そして、具体的に、(温度センサ付きの)電子レンジを使った温め方の仕組みが紹介されていました。
- 計測:センサでスープの温度を計測する
- 処理:スープの温度が低い場合、温める命令を出す
- 制御:マグネトロンから電磁波を出してスープを温める
★ 計測・制御システムの設計の仕方を学ぶ
[本書 p.246~263]
実際に計測・制御システムを作り、目的設定、構想、設計の方法を学ぶことを目的とします。
身の回りにある「あったらいいな」を、双方向性のあるコンテンツを活かして実現する手段を学びます。
自動点灯ライトの制作を例に、手順を説明しています。
テーマ | 内容 | 自動点灯ライトでの具体例 |
---|---|---|
問題を発見する | 生活の中での願いや問題を見つける。 | 暗いと廊下の足元が危なくて… |
目的や条件をもとに、構想を考える | 目的を整理する。 時間の制約や準備されている機器で作れるかといった条件を検討する。 |
廊下を自動で明るくするライトがあるといいな |
構想を具体化する | 機能やデザイン、材料、外装、計測から制御を行うまでの処理の方法を検討する。 | 光センサ、LED、電池、制御用マイコン |
設計をまとめる | プログラミングに向け、アクティビティ図を書く。 作業工程を明確にする。 |
明るさを計測し、暗いときLEDを点灯、明るいとき消灯。 |
こちらも合計18ページもの分量でしっかりと丁寧に説明されていました。
第4章 技術のプラス面とマイナス面を知る
情報技術を一通り理解したうえで、情報技術の発展に伴いプラスになった面と、マイナスになった面を考えます。
そして、情報技術のプラス面・マイナス面を客観的に判断してあるべき姿を考えていく必要があることを学びます。
技術の例 | プラス面の例 | マイナス面の例 |
---|---|---|
スマートフォン技術 | SNSでのコミュニケーション、情報収集、位置情報の確認など、1台の機械で多くのことができる | 誤った操作によって、多くの人に間違った情報が瞬時に流れる懸念 なりすましや誹謗中傷など |
コンピュータプログラミング技術 | プログラムの命令通りに、人間に代わって作業をしてくれる | プログラムが間違っていると、生活に支障をもたらし、社会に大きな混乱を招く可能性がある |
自動ドアなどの計測・制御技術 | 人が出入りする時、ドアを自分で開ける必要がなく、労力の削減ができる | 上手く動作せず、自動ドアに挟まれてけがをする恐れがある 停電になると日常生活に支障をきたす |
人工知能技術 | 人が話す言語の壁を越えたコミュニケーションができる 人に代わってできる仕事の幅が広がる |
人工知能がすべき仕事と人のすべき仕事を明確にしないと、人の仕事が奪われる恐れがある 予想外の結果が起きた時、人工知能に責任を負わせることは難しい |
感想
正直、感動しました。中学校の教科書であることを忘れてしまうほどの充実した内容でした。
ITエンジニアでも普通に勉強になることも多く、教科書の内容を掘り下げて勉強すれば、ITパスポートや基本情報技術者も取得できそうだと個人的には思いました。
ここからは、技術の教科書の内容を読んで、個人的に感じたことを6点ほど、述べていきます。
情報セキュリティ・モラルの部分が非常に充実していた
まず、情報セキュリティや、情報モラルの部分が非常に充実していたと思いました。
特に、教科書内で、デジタル化によって侵害の頻度が高まった、知的財産権や著作権、肖像権などの各種権利についてしっかりと言及されていたのは、とても良いことだと思います。
また、プライバシーの漏洩防止の一対策として、「撮影した写真のEXIF情報に撮影場所の情報が載ること」もコラムとして明記されていました。とても具体的で、わかりやすく、中学生にも理解できる内容だったと思います。
さらに、フェイクニュースを広めてしまう危険性についても言及されていました。こちらは、「そもそもフェイクニュースとは何なのか?」ということをもう一歩踏み込んでほしいなと個人的に感じました。
正確な情報とは一体なんなのか?どこソースの情報が正しいと言えるのか?という所まで生徒に考え、議論させられるような内容だったら、さらに良いのではないかと思いました。
これ、要求分析からコーディングまでちゃんと網羅してる!!
第2章を一通り読んで、「これ、要件分析、要件定義、設計、コーティングの流れをちゃんとカバーしてるじゃん!」ということに驚きました。いわゆるV字モデルの下り部分(?)と意味合い的には対応していると思います。
プログラミング言語や、規模感、要求レベルは違えど、システム開発で我々が行っていることと本質的に大差がなかったのが驚きでした。そして、その情報が中学校の技術の教科書に載っているというのに感動しました。
「プログラミングができること」から、「プログラミングを道具としたモノづくり」へのシフト
そこで一つ疑問があります。「なぜ昔はここまで書かれてなかったのか?」ということです。
我々の生活にITが切っても切り離せない関係になり、社会的にプログラミングをできる人が求められるようになったという社会情勢もあると思いますが、プログラミングの敷居が低くなったことが大きく寄与しているのではないかと思います。
昔は、BASICやC言語などが一般的に初学者向けの言語とされてきた文化があると思いますが、それでもプログラミングの敷居が高い状態だったと思います。「プログラミングができること」が目的になっていたと思います。
しかし、それは本来は違うと思います。プログラミングはあくまで道具の一つであり、実現手段の一つにすぎないのではないかと個人的には思います。
何を作るか?を念頭に置き、プログラムという道具を使ってそれを実現させることこそが本質であり、そこの部分をしっかりと中学校の教科書レベルで抑えているのが素晴らしいと思いました。
その背景に、Scratch をはじめとしたビジュアル型プログラミング言語のお陰で、プログラミングの敷居が一気に下がったことが挙げられます。
プログラミングの理解への労力を減らし、モノづくりに重点を置けるようになっていると感じています。
教えられる先生はいるのか?という課題
ここまで技術科の教科書が充実化すると、教える側の先生が大変そうという声も多いと思いますし、ちゃんと教えられる先生がいるのか?と思う人は多いと思います。私もそう思います。
私個人の漠然とした意見ですが、残念ながら、ここまでしっかり教えられる先生は多くないと思います。
中学校の技術科は情報だけでなく、木工、金工、土木技術も同列に学びます。技術科の先生はそれらを全てサポートする必要があり、第2章や第3章のような開発・設計のイロハをきっちり教えるのは不可能に近いと個人的に思います。
実技教科なので、第2章や第3章の内容は先生によってはまるまるすっ飛ばされる可能性もあると思いますし、用語の説明をして、キットを使って体験させ、定期テストで理解度を問うのが関の山だと思います。
でも、私個人としてはそれでも良いと思います。その理由は次の項目に移ります。
教科書レベルで情報が載ることが重要。あとは生徒の探求心次第。
話は変わりますが、中学生の時にこんな経験ありませんか?
- 理科の資料集を読みまくって、習わない物質の化学式とか覚えた
- 地図帳を使って妄想国内旅行、世界旅行をした
- 戦国武将の勢力図や武士の名前をめちゃくちゃ調べた
- 漢字辞書で画数がめっちゃくちゃ多い漢字を調べた(「鬱」とか?)
- 数学のことを調べたら、気付いたら高校レベルの公式や単位まで覚えてた
あ、私は 1. と 2. と 4. が当てはまっていますw
このように、授業で習っていないことでも、自分の興味や関心で、色々と探求した経験は少なからずあるのではないかと思います。そして、そのとっかかりとなるのは、教科書や資料集、辞書などの学校で配布されている書籍が多いのではないかと感じています。
なので、教科書レベルで第2章や第3章のようなことが載っていさえすれば、興味のある生徒は自分から調べていくと思います。親に頼んで Scratch をインストールしてもらったり、プログラミングスクールに通ってみたり、ITに詳しい近所の人に助けてもらったりなんかもできると思います。そうなると、もう先生は必要ありません。
だからこそ、教科書に載っていることが大事なのです。
載っていないと、とっかかりすら掴めず、「知る機会すらなく、大人になった」人が出てくるかもしれないためです。
一方で、「技術科の先生は何を教えればいいのか?」ということですが、私個人の意見としては、「興味の有無関係なく、全生徒が知っておくべきことを教える」ことだと思います。
そういった意味では、第1章の情報セキュリティ・モラルの箇所は非常に重要だと思います。興味の有無関係なく、老若男女問わず全員が頭に叩き込むべきことです。
中学校の段階から、技術科の授業として、セキュリティ・モラルの点をきっちり指導していただくことを私は期待します。
大人たち(今のエンジニア)はどうなる?
さて、中学校の技術科の授業でこのレベルのことが載っていることから、自身の危機感を覚える人はとても多いと思います。下手すれば10年後、私たちは老害になっているかもしれません。
でも個人的には、「まあ、大丈夫じゃないですか?」と楽観視しています。
今やITが社会基盤全体を支えている時代。能力が高い人が居たとしても、ちょっとベクトルの向きを変えれば、戦える場所はいくらでもあると私は思います。
ただし、「知識がアップデートされた人材」がどんどん入ってくるのは事実です。
それをしっかり認め、自身も知識をアップデートする必要性が今後より高くなると思います。
未来に期待をしつつ、「自分も負けていられない!」という気持ちでいっぱいです。
最後に
大変長くなってしまいましたが、以上が中学校の技術科の教科書を読んで感じたことです。
最後に、本記事の内容を簡単にまとめます。
- 中学校の技術科の教科書の情報分野を読んだ!
- 情報セキュリティや情報モラルの内容が非常に充実していた!
- 知的財産権、著作権、肖像権についての言及があった
- プライバシー漏洩の危険性と対策、情報の正確性について明記されていた
- プログラミング学習の内容が充実していた!
- クラサバ環境、センサ・アクチュエータ制御に関する実例が載っていた
- V字モデルの要求分析からコーディングまでをカバーする実習が掲載されていた
- 技術の教科書すげぇ!!!
- 教科書に載ることが大事。とりかかりは用意して、あとは生徒の探求心で!
- 技術科の先生には、セキュリティ・モラル周りを重点的に指導していただくことを個人的に期待します
- 現役のエンジニアは、今後知識がアップデートされた人材が入ることを意識する。それを認め、自身も知識をアップデートする重要性がより高くなると予想される。
教科書展示会、是非行きましょう!
もしご興味がありましたら、ぜひ教科書展示会に行ってみてください。
今年 (令和3年度) は、6/11 ~ 7/31 の任意の14日間を中心として、各自治体(市・郡単位)の役所・役場・図書館に教科書が展示されています。
開催時期や開催場所は自治体によって異なりますので、以下のページをご覧ください。
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