若干マシでは有るけど相変わらずInfoQの日本語訳は酷いな、、、 https://t.co/Hjm3o5gpKj
— dairappa (@dairappa) September 23, 2020
言いっぱなしになるのもあれだと思うので、InfoQ訳へのコメントと改訳案を、とくに酷いセンテンスに入れておきたい。
まずは冒頭から。
原文
Mary Poppendieck posits that the product owner role is a proxy in between people doing the work and people needing the job done, and this causes delays, misunderstandings and bloat in our software engineering process.InfoQ日本語訳
プロダクトオーナという役割は、仕事をしている人たちと仕事を終わらせる必要のある人たちの中間に立つ仲介者で、これが我々のソフトウェアエンジニアリングプロセスに遅延、誤解、膨張を生み出している、とMary Poppendieck氏は断じている。
もう冒頭から酷い。
- 原文では"work"と"Job"を明確に使い分けているのに、日本語は両方仕事になっている。特にアジャイル文脈ではこの2つは確実に異なることで、Workは技術的な作業、Jobはビジネス的な仕事を指す。
- 「中間に立つ仲介者」ってお前は小泉環境大臣か。proxyは、この文脈だと違う目標のもとで動いている人たちを取り持つような意味に捉えるべき
- プロセスの膨張って何が言いたい。アジャイル文脈での膨張とは、仕様が無駄に膨れること。
改訳案
プロダクトオーナーの役割は、作業者と終わらせるべき仕事(ビジネス課題)がある人の間を取り持つことだが、それこそがソフトウェア開発プロセスにおける遅延や齟齬、(仕様)追加をもたらせている。Mary Poppendieck氏はこのように断じている。
次は多分一番ひどいところ。
原文
Cohn and Poppendieck appear to agree that we should be distributing the responsibility for product decisions back into software engineering teams as a joint responsibility, like we already do for testing and architecture is a preferred way to improve our ability to build software and respond to change faster.InfoQ日本語訳
我々がすでにテストで行っているように、プロダクト判断の責任は協同責任としてソフトウェアエンジニアリングチーム内で分散するべきであるという点と、ソフトウェアを構築し、変化に迅速に対応する能力を向上するためには、アーキテクチャが望ましい方法であるという点で、Cohn氏とPoppendieck氏の意見は一致しているようだ。
日本語として意味をなしていないことに誰も文句を言わないのだろうか?
- 「我々がすでにテストで行っているように...アーキテクチャが」ってちょっとまてどこで英語区切っているんだ。確かに原文にコンマがほしいところだろうけれど、どう考えたって 「the responsibility for product decisions / back into software engineering teams / as a joint responsibility / like we already do for testing and architecture / is a preferred way to improve... 」にしないと意味が通らないでしょ意味が。
改訳案
Cohn氏とPoppendieck氏は、プロダクトに関する決定についても、テストや設計について既に行っているように、チームが全体として責任が終えるように分散していくべきである、という点で一致しているようだ。
最後は翻訳という役割を放棄したかのような投げやりの一文。
原文
Cohn says this would require developers to "move beyond thinking of themselves as code monkeys."InfoQ日本語訳
これには開発者が、"コードモンキー(code monkey)という自らの思考から抜け出す"必要がある、とCohn氏は言う。
- 「コードモンキー」をどう日本語話者に伝わる言葉にするかが腕の見せ所でしょう。なんでそのまま訳すの。せめて訳注つけようよ。
- そもそも「thinking of themselves as」すなわち「自分自身を〜とみなしている」というのを「思考」という言葉を当てるのもどうかと思う
改訳案
これには開発者が「自分たちはコードを書く猿でいい(コードだけ書いていればよい)、という思考から抜け出す」必要がある、とCohn氏は言う。
いや、ほんとに、酷いと言うか、本当にソフトウェア開発の文脈をわかった人が翻訳をしているのかを疑うレベル。翻訳者も監訳者も酷いと思う。無料で文句言うな、と怒られるのかもしれないけれど、こんなレベルの記事だったら無料でも出すべきではないと思いますよ、InfoQさん。