1. はじめに
アナログ信号処理では微分器・積分器を回路で実装しますが、ディジタル信号処理(DSP)では 差分方程式やZ変換 を用いて実現します。
この記事では、サイン波をサンプリングした場合を例に、デジタルでの微分・積分・定積分を「伝達関数」の視点で整理します。
2. サイン波とサンプリング
連続時間のサイン波
x(t) = A * sin(2π f t + φ)
サンプリング
サンプリング周期 Ts = 1/fs のとき、離散信号は
x[n] = A * sin(2π f n / fs + φ)
で表されます。
ここで fs はサンプリング周波数、n はサンプル番号です。
ナイキスト条件
fs ≥ 2 * fmax
でなければ エイリアシング が発生します。
3. デジタル微分の伝達関数
前進差分近似
y[n] = (x[n] - x[n-1]) / Ts
Z変換すると
Y(z) = (1 - z^-1) / Ts * X(z)
よって伝達関数は
H(z) = (1 - z^-1) / Ts
周波数応答
z = e^(jω) を代入すると
H(e^jω) = (1 - e^-jω) / Ts
= (2j / Ts) * sin(ω/2) * e^-jω/2
- 低周波域では jω に近似 → 微分の性質を再現。
- 高周波では誤差が出やすい(ノイズ強調)。
4. デジタル積分の伝達関数
累積和近似
y[n] = y[n-1] + Ts * x[n]
Z変換すると
Y(z) = Ts / (1 - z^-1) * X(z)
伝達関数は
H(z) = Ts / (1 - z^-1)
周波数応答
z = e^(jω) を代入すると
H(e^jω) = Ts / (1 - e^-jω)
= Ts / (2j * sin(ω/2)) * e^jω/2
- 低周波で 1/(jω) に近似 → 積分特性を再現。
- ω → 0 のとき大きく発散する → 直流成分に敏感。
5. デジタル定積分
有限区間 [0, N] の和
連続時間の定積分
∫_0^T x(t) dt
をディジタル化すると
y[N] = Ts * Σ (x[k]) , k=0〜N
- これは「信号の面積」を離散的に求める処理。
- サイン波の1周期を積分すればゼロに近づく(数値誤差を除けば理論上0)。
デジタル伝達関数と固有値問題
1. デジタル伝達関数とは
ディジタル信号処理では、システムを差分方程式で表します。
例:1次IIRフィルタ
y[n] = a * y[n-1] + b * x[n]
Z変換すると
Y(z) = (b / (1 - a z^-1)) * X(z)
これを伝達関数と呼びます:
H(z) = Y(z)/X(z) = b / (1 - a z^-1)
- H(z) がシステムの「応答の性質」を決定。
- アナログのラプラス伝達関数 H(s) と対応している。
2. 伝達関数と極・零点
分母がゼロになる z を 極 (pole)、分子がゼロになる z を 零点 (zero) と呼びます。
安定性の条件は:
極の絶対値 < 1 (単位円の内側にあること)
3. 行列表現と状態空間モデル
伝達関数を行列で表すと「状態空間表現」になります。
x[n+1] = A x[n] + B u[n]
y[n] = C x[n] + D u[n]
ここで
- A : 状態遷移行列
- B : 入力行列
- C : 出力行列
- D : ダイレクト項
4. 固有値問題と安定性
行列 A の固有値 λ がシステムの安定性を決めます。
det(A - λ I) = 0
- λ が 単位円の内側 → 安定
- λ が 単位円上または外側 → 発散や振動が起こる
つまり
- 極 = 行列 A の固有値
- 極配置 = システムの安定性を決める
5. サイン波応答と固有値
サイン波入力
x[n] = sin(ω n)
を入れると、システムの固有値に応じて応答が変わります。
- λ = e^(jω0) に近い固有値を持つとき、ω0 付近の周波数成分が強調される。
- 逆に λ が小さいとき、信号はすぐに減衰する。