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【前編】「私が去れば元通り?」 退職前の数ヶ月で公立小学校 職員室に仕掛けたDXは続くのか

Last updated at Posted at 2025-12-02

はじめに - 数カ月後に退職が決まっているのにDXをスタート!?

どうも、約1年半前まで公立小学校で教員をしていました、えぬおかです!
5年間教員を務め、転職。今は株式会社Works Human Intelligenceでエンジニアをしています。

弊社アドカレの3日目です。

少しみなさんと記事の系統が違う気もしますが、
テクノロジーで以前の職場である公立小学校の職員室を『楽しく』カイゼンしたお話をしたいと思います。

今回は、レガシーでアナログな文化が根付く「公立小学校の職員室」を、テクノロジーとエンジニアリング思考で『楽しく』カイゼンした記録をまとめました。

本テーマは前後編の2部構成でお送りします。

【前編】「ヒト」と向き合う(本記事) なぜ退職直前にDXを始めたのか? アナログな現場を変えるための「共感」や「仕掛け」について。

【後編】「モノ」を作る SharePointやありものの機材を駆使して、具体的にどんなシステムを構築したのか? その技術的な裏側について。


最近よく耳にする「DX」。 大企業では巨額の予算やコンサルが入ることも珍しくありませんが、私が取り組んだのはそんな華やかなものではありませんでした。

  • 教員20人未満の小さな職員室
  • 若手が少なく、百戦錬磨のベテラン先生が多い職場
  • 年度末で予算がない
  • しかも、自身の退職まで残り数ヶ月

まさに「時間なし・予算なし・人手なし」の状態。「自分が去ったあと、このDXはどうなるのか?」と常に不安を感じながらのスタートでした。

退職直前の3月、ギリギリで運用を開始し、私はそのまま退職。

「私が去れば元通り?」

このタイトルを見て、バッドエンドを予想した方も多いのではないでしょうか? 正直、私自身が一番そう思っていました。「退職後に聞くのが怖い」とさえ思っていたのです。

しかし1年半後、元同僚との飲み会でその結末を知ることになります。 なんと仕掛け人がいなくなった後も、職員室DXは続いていたのです。

本記事では、なぜアナログ文化の根強い小規模校でDXが定着したのか。その裏にあった「組織」や「人」へのアプローチを中心にお話しします。

今回のDXで実現したこと

詳細な技術選定や要件定義については後編の技術記事に譲りますが、まずはこのDXで何が変わったのか、ざっくりと共有します。

  • 「場所」の制約からの解放 職員室の壁一面を占拠するホワイトボードでしか見られなかった情報が、いつでも手元のPCで確認できるようになった
  • 「時間」の制約からの解放 毎朝の情報共有(朝礼)を廃止・縮小をアシスト。デジタルへの移行が、そのまま代替手段となった
  • 「意識」の変革 これが最大の変化ですが、職員の意識が「物理(黒板)」から「オンライン」へ

成功の鍵は「影響を受ける人」を味方につけること

キーパーソンは「一番偉い人」ではない

DXや業務改善において、最も重要な「キーパーソン」は誰だと思いますか? 真っ先に思い浮かぶのは、組織のトップである「校長先生」かもしれません。

もちろん、最終的なGoサインを出す決裁者(校長先生)は重要です。しかし、現場を動かす上で絶対に抑えておくべきは、「今回の変更によって、最も業務に影響を受ける人」です。

なぜトップダウンだけではうまくいかないのか
組織変革においてトップダウンは強力ですが、それだけでは定着しません。 なぜなら、トップ(校長先生)がGoサインを出す際、最も気にしているのは「現場が混乱しないか」「実務を担う人間が納得しているか」だからです。

つまり、トップを説得するための最短ルートは、実はトップに話を持っていく前に、現場のキーパーソンから合意を得ておくことなのです。

では、私が具体的に誰を巻き込み、どんな根回し(合意形成)を行ったのか。その裏側をご紹介します。

最も影響を受けるのは「学校運営の守護神」

では、職員室DXにおいて「最も影響を受ける人」とは誰でしょうか。 前章で触れた「ホワイトボード中心の運用」を思い返すと、自然と答えは見えてきます。

それは、教頭先生と事務の先生です。

学校運営を支える「神ノート」の存在

彼らは、外部からの連絡や行事日程の調整を一手に引き受け、それをホワイトボードに反映し、全職員に周知する役割を担っています。 その膨大な情報を管理しているお二人のノートは、年度末にはまさに「神ノート」と化します。情報はパンパンに膨れ上がり、側面には無数の付箋がびっしり。

今回のDXは、この「神ノート」と「ホワイトボード」で行っていた熟練の業務フローを、根底から変えることを意味します。 つまり、彼らの協力なくしてDXの成功はありえません。

「説明」ではなく「体験」してもらう

だからこそ、私はトップ(校長)に話を通す前に、まずこのお二人に相談を持ちかけました。 言葉だけで「便利になります」と伝えても、長年の習慣を変える不安は拭えません。

そこで、作成済みだったプロトタイプを実際に触ってもらいました。 「ここを押せば予定が入る」「これなら書き直さなくていい」 実際に体験してもらうことで、「これなら私にもできるかも!」「むしろ楽になるかも!」という実感を持ってもらうことに注力しました。

仕上げは「トップダウン」の力で

現場(守護神たち)の合意が取れたら、最後は校長先生の出番です。 やはり学校という組織において、校長の言葉は絶対です。DXを「個人の趣味」ではなく「学校全体の方針」にするには、トップダウンでの宣言が不可欠です。

校長は「説得する敵」ではない

いざ校長室へ。 この時、私が意識していたスタンスがあります。それは「校長を説得すべき攻略対象(敵)と捉えるのではなく、共に職場を良くするパートナーと捉えること」です。

そもそも、今回のプロジェクトのきっかけとなった研修には校長先生も同席していました。「あの研修で見た未来、うちでもやりませんか?」という提案なので、共通言語があり、話は早かったです。

不安材料を先回りして消す

校長先生への説明で、特に強調したのは以下の2点です。

「教頭・事務の先生からは既に合意を得ており、協力体制ができていること」

「今ある機材で対応するため、追加予算はほぼかからないこと」

トップが一番気にする「現場の反発」と「お金」の問題。この2つがクリアされていると分かった時点で、校長先生に断る理由はありませんでした。

「皆が困っていることを解決できるなら、やろう」 その場ですんなりと受け入れられ、後日の職員会議で、校長先生の口から正式に「職員室DXの方針」が全職員に示されることとなりました。

DXで「誰一人取り残さない」

冒頭でも触れた通り、職場は定年退職後に再任用で働く「百戦錬磨の元校長先生たち」も多く在籍する、いわゆるベテラン揃いの環境です。 教育のプロフェッショナルである先生方ですが、ICT機器の操作に慣れている方ばかりではありません。

積み重ねてきた「信頼」

本格的なDXを始める前、私は日常的に「身近なICTの困りごと」を解決する役割になっていました。

  • 2in1印刷の設定を教えて、すごく喜ばれたり
  • スクリーンショットの撮り方を伝授して、感動されたり(その先生はコマンドをメモに書いてPCに付箋で貼っていた)
  • 「壊れた!」と言われて再起動したら大体直って、魔法使いのように感謝されたり
  • よく使うサイトのショートカットをデスクトップに置くと、「ありがとう!」と言われたり

これらは技術的に高度なことではありません。しかし、こうした小さな「お助け」を積み重ねていたことで、「PCで困ったらえぬおかに聞けばなんとかなる」という空気感ができていたことは、DXを進める上で大きな武器になりました。

DXを展開していく時も応援してくださって本当にありがたかったです。
改めていい温かい職場だと思います。

運用開始後のフォロー

せっかく新しいシステムを構築してもユーザーが根付かなければ意味がありません。

そこで運用開始直後、私は以下の徹底的なフォローを行いました。

全職員へのMicrosoftアカウントを振り分け

新システムへアクセスできなければ、学校運営に必要な毎日の情報を取得できません。 これまでは「黒板と紙」で事足りていたため、個人のPCアカウントすら有効化していないベテランの先生もいました。 そこで、まずは全職員にMicrosoftアカウントを割り振り、全員が「土俵」に上がれる状態を作りました。

物理的な「近道」を作る

全職員向けの使い方説明会を開催した際、操作説明よりも優先したのが「導線の確保」です。 希望者のPCを一台ずつ回り、デスクトップにポータルサイトへのショートカットアイコンを配置しました。

「ここをダブルクリックすれば、いつもの掲示板が出ます」 ホワイトボードを見に行くよりも、デスクトップのアイコンを押すほうが早い。その状態を作ることで、物理からデジタルへの移行コストを極限まで下げました。

「守護神」と伴走

そして、最も手厚くフォローしたのは、やはり情報の入力者である教頭先生と事務の先生です。 この2人が情報を入れてくれなければ、システムはただの空箱。情報があってようやく価値が発揮される代物です。

最初のうちは、投稿作業があるたびに隣で、一緒に画面を見ながら操作を案内しました。 「困ったらすぐに聞ける」状態を作ることで、運用初期の不安を取り除き、徐々に「自分一人でもできる」という自信をつけてもらうことを目指しました。

なぜ定着したのか?

冒頭の問いに戻ります。「私が去れば元通り?」という不安は、なぜ杞憂に終わったのか。 今振り返ると、DXが生き残った理由は、作ったシステムが高機能だったからではありません。 「現場の先生たちが、システムを『自分たちのもの』として受け入れてくれたから」、そしてシンプルに「DXによって、業務が確実にカイゼンしたから」です。

これまでのプロセスを振り返ると、定着の要因は以下の3点に集約されます。

  • 「守護神」を主役に置いたこと 一番権限がある人(校長)ではなく、一番業務が変わる人(教頭・事務)の「できる」を引き出し、サポートしたことで、運用が形骸化しませんでした
  • 誰一人、置き去りにしなかったこと ショートカットの配置や伴走サポートにより、PCが苦手な先生も変化に対応できました。「全員が使える」という状態を作ったことが、チーム全体の当たり前を変えました
  • 「信頼」という土台があったこと 日常の「スクショの撮り方」や「再起動」といった小さなヘルプデスク業務で築いた信頼関係が、「えぬおか がやるなら」という思ってくれたのかなと思っています

DXは「Digital Transformation」ですが、その本質はデジタルの技術そのものではなく、それを使う「Human(人)」へのアプローチだったのだと、今になって強く感じます。

後日談 - 仕組みが「文化」になった日

最後に、1年半後の飲み会で聞いた、もう一つの嬉しい変化をお伝えして終わります。

私がDXを導入した当初、予算はゼロでした。 職員室に設置したモニターは、倉庫に眠っていた10年以上前の古い大型液晶テレビ2台。天井に吊るす工事費もなかったので、本棚の前の床に直置きしていました。解像度もフルHDで、決して見やすいとは言えない代物です。

そもそも退職後、DXが続いているかすら分からず不安だった私ですが、飲み会で元同僚が教えてくれた現状は、私の想像を超えていました。

「あのモニターな、今は4Kの大きいやつになって、天井から吊るされてるで」

なんと、学校側が正式に予算を組み、業者を入れて工事を行い、最新の設備にアップグレードされていたのです。 床に置かれた古いモニターから始まった私のDXは、ついに学校の「インフラ」として認められ、元気に稼働しているようです。

嬉しくて、夏休み中に元職場へ見に行きました。
その時点で運用が続いているようであの時の頑張りが報われたようなに感じました。

かつて私が教員として働いていたあの職員室に、自分が仕掛けた仕組みが「文化」として残り続けている。 DXを行った担当者として、これほど嬉しいことはありません。

次回予告

さて、ここまで「ヒト」や「組織」を中心とした泥臭い話をしてきました。 皆様の中には、「ポータルサイトで何ができるの?」「技術的な構成は?」と気になっている方もいるでしょう。

次回の【後編】では、予算ゼロ・時間なしの中で構築した職員ポータルサイトの具体的な機能や、SharePoint活用術という「モノ」の部分について、ガッツリ解説します。

2025/12/08追記
書きました。よかったら見てください!

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