私は2012年にHCD-Net(人間中心設計推進機構)の「人間中心設計専門家」資格を取得し、現在はBIPROGY株式会社でUI/UXやサービスデザインに携わっています。
普段の業務や所属組織については、以下の過去記事をご参照ください。
2025年11月に開催された HCD-Net主催「HCDフォーラム2025」 にて、2つのセッションに登壇しました。
この記事では、当日の内容や議論から得られた気づきやポイントを整理してレポートします。HCDやUXの現場で悩む方に向けて、実践的なヒントや失敗からの学びをお届けします。
公式の開催レポートはこちら:
2025年度のHCDフォーラムについて
今年のHCDフォーラムは、HCD-Net設立20周年記念大会であり、
テーマは 「原点を受け継ぎ、次の時代へつなげる人間中心設計」 でした。
生成AIやDX推進、組織変革など、多くの企業が急速にビジネス環境の変化に対応しようとする中で、HCD(人間中心設計)をどのように活かすかが議論されました。
私は今回、以下の2セッションに登壇しました。
- セッション1:HCD失敗事例から学ぶ“しくじりクロストーク”
- ワークショップ3:HCD導入の壁突破ワークショップ
どちらも“リアルな現場”をテーマにした企画で、実務者同士の学びが非常に濃い時間となりました。
以下、それぞれのセッションで得た気づきや学びを詳しくご紹介します。
セッション1:HCD失敗事例から学ぶ“しくじりクロストーク”
◆ セッション概要
このセッションでは、登壇者がそれぞれ「HCD実践でやらかしたこと」を赤裸々に共有し、失敗の背景・本質・再発防止策などを深掘りしました。
いわゆる「成功ストーリー」では語られない、“失敗の裏にある現場のリアル”を共有しました。
同じく現場で実践をされている、2名の方を交え、クロストークを行いました。
お二人も開催レポートを書かれるとのことですので、ご興味ある方はご参照ください。(作成され次第、こちらにリンクを貼らせて頂きます)
- 岡本 里美氏(伊藤忠テクノソリューションズ株式会社)
- 熊田 可那子氏(アウルズビジネスパートナーズ株式会社)
今回、以下の3つのテーマを大きく扱いました。
- ペルソナ活用のつまずき
- プロダクトアウト思考の落とし穴
- 定性評価にまつわる誤解と難しさ
テーマ1:ペルソナ
登壇者3名の共通する失敗は、
ペルソナを「作ること」自体が目的化し、活用されずに終わってしまう
という問題でした。
- 情報は集めたが、インサイトまで落としこめなかった
- 初期仮説がズレており、MVP後にメインユーザーが“真逆”だった
- 作成したのに活用されず「必要だったの?」と言われた
このテーマでは、
「作るよりも、作ったあとにどう使うか」こそ本質
という共通認識が強く共有されました。
ペルソナは「作ること」自体が目的ではなく、関係者間の共通理解を深めるための“手段”です。
形だけ作るのではなく、インサイトにつながる構造になっているか、関係者がその本質を理解しているかが重要だと学びました。
テーマ2:プロダクトアウト
このパートでは、
技術起点でプロダクトを作ってしまい、ユーザー価値が見落とされる
という“あるある”な失敗が共有されました。
- 自社の得意技術、流行の技術を先行させすぎた
- 進行中プロダクトをそのまま当てたら、顧客の本質的ニーズとズレた
共通するのは、
技術 ≠ 価値 である
という根本的な問題だと感じました。
技術やビジネス起点でのプロダクトアウトをすべて否定するのではなく、
“価値とセットで語る”ことが大事であり、“原点(本質的価値)に立ち返る問い” を持ち続けることが重要です。
テーマ3:定性評価
定性データは人間中心の考え方の中で、重要な部分にあるものの、
解釈の恣意性・説得力の弱さ・効果測定の難しさ
が原因でつまずきが起こりやすいという話が出ました。
- プロダクトオーナーが主観に寄りすぎる
- 永遠に定性調査を続けてしまう
このテーマでは、
定性=感情と定量=ファクトの結びつけ方
が重要だという結論が見えてきました。
定性評価は“満足度やNPSで済ませがち”になりますが、
定性データと定量データの両輪をファクトとして扱い、検証のための仮説をきちんと立てることが重要となります。
◆まとめ ~わたしたちのしくじりを通して見えたこと~
3名の失敗談はバラバラのようでいて、共通するポイントがありました。
-
HCDの案件導入での失敗はプロジェクト関係者の「認識のズレ」から生まれる。
ペルソナやプロジェクトの目的、価値観、ゴールなどについて、関係者の間で共通理解ができていないと、途中で方向性が食い違い、失敗につながります。「何を目指しているのか」「誰のためのものか」という認識が揃っていないことが原因の根幹と考えます。 -
人間中心を原則とした設計プロセスの本質を捉えた上での実施が大事。
特にユーザへの本質的提供価値と、お互いの理解のための”対話”こそがポイント。
「作ること」や「売ること」にとらわれすぎると、本来の目的や価値を見失いがちです。HCDの本質は、関係者が対話を通じて価値観や前提をすり合わせることにあります。
その中で私は、
AI活用や技術トレンドへの向き合い方といった“現代的な実務課題”
について話しつつ、
HCDの本質はどの時代でも変わらない、
という視点から議論に参加しました。
トークの中で、
「何を作るか」よりも「なぜ作るのか」「誰のために作るのか」を関係者全員でしっかり話し合い、共通認識を持つことが、HCD成功のカギ
だと改めて感じました。
クロストークの後には、会場にいらっしゃる参加者の方を交え、活発なQAを実施しました。
実務の現場で課題に直面している参加者の方も多いのか、「うんうん」と大きく頷かれている方も多く、会場の反応から「同じ失敗を経験している仲間がこんなにいるのか…」と心強さ(?)すら感じました。
ワークショップ3:HCD導入の壁突破ワークショップ
◆ ワークショップの狙い
HCDを組織内に広めたいものの、
- プロセスが理解されない
- 工数が確保できない
- 評価制度に紐づかない
など、導入・定着における「壁」を多くの組織が抱えています。
このワークショップでは、参加者が自社の課題を持ち寄り、壁の“構造”を可視化しながら、突破の糸口を探るワークを行いました。
また、ワークショップ内ではHCD-NetのHCD導入パターンWGの以下の資料を参考にWS設計をさせていただきました。(資料の使用をご快諾いただきました、WGの皆様ありがとうございました。)
◆ 印象的だった参加者の声
ワークショップでは、参加者の皆さんの抱えるHCD導入の”壁(課題)”を共有いただき、近い内容の課題を持つ方同士でグルーピングを行い、課題と解決策についてディスカッションを行いました。
その中で特に印象的だった参加者の声と、そこから得られた示唆をご紹介します。
-
「HCDを説明すると“作業工程が増える”と見なされてしまう」
→【示唆】手戻りの削減や、効率化による業務時間の削減、利用頻度の向上によるビジネス効果など試算できる定量データを見せていく -
「経営層の視座と現場の視座にギャップがある」
→【示唆】対話によってギャップを埋める。経営層に対しては経営層に刺さる言葉で効果を説明し有用性を感じてもらうことが重要。(極論、自身が経営層になって推進することも?) -
「スキルよりも、社内の合意形成・期待値調整がボトルネック」
→【示唆】空中戦にならないよう、出来る限り具体的に見えるカタチでアウトプットや成果を見せていく
多くの人が似た壁に直面しており、業種を超えて共通する構造があることをあらためて実感させられました。
突破の糸口として、実務経験者が実際に自組織でどう取り組んだのか?(壁を突破したのか)ざっくばらんにディスカッションすることで、何らかのヒントを持ち帰って頂けたように感じました。
個人的には、「壁そのものより、壁が生まれる“組織の力学”に目を向けることが重要」ということを改めて感じさせられました。
2つのセッションを通じて感じたこと
◆ 失敗には“価値”がある
失敗の共有は本来勇気のいる行為ですが、「しくじり」や「壁にぶつかった事例」から学べることは非常に多く、むしろ成功よりもよく起こる事象であり、役立つ知見になり得ます。
試行錯誤しながら、我々UXデザイナーは壁を乗り越えて進む必要があります。
そのために、”対話”をしながら、次につなげることを考えて行く必要があります。
◆ HCD実践者同士のコミュニティが必要
”対話”という観点では、今回のフォーラムのように、実務者が本音で語り合い、悩みを共有し、知見を交換する機会は非常に貴重と考えます。
事例から学びを得ると同時に、「困っているのは自分だけではない」と感じられるだけでも、大きな励みになります。
まとめ
2つのセッションを通して、HCDやUXを実践していく上での難しさを再認識し、その上で本質と向き合うことの重要性を改めて感じました。
HCDを広めるには、
- 合意形成の設計
- 組織の構造理解
- 小さな成功体験の積み上げ
が不可欠であり、登壇を通し、私自身も新たな気付きを得ることが多くありました。
今後のプロジェクトに活かし、少しでもしくじりを回避していきたいものです。
この記事やセッションが、HCDの現場で悩む方のヒントや励みになれば幸いです。
ぜひ、ご自身の現場でも「なぜこのプロセスを行うのか」「誰のための価値なのか」を関係者と話し合ってみてください。
さいごに ~セミナーのお知らせ~
クロストークのセッションでも少し告知させていただきましたが、
来る12月9日(火)19:00~ 無料のUXセミナーを開催します!!
■セミナー概要
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日時:2025年12月9日 19:00~20:00(オンライン)
参加費:無料
参加登録:※12月8日15:00〆切
動画生成AI「Veo3」「Sora2」を用い、UXストーリーを“映像”として描く実験を通じて、体験をどう表現し、どう伝えるかというUXデザインの新たな可能性を探ります。
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