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Pokémon GO(ポケモンGO)を作った男、ジョン・ハンケ氏の歩んだ道のり

Last updated at Posted at 2016-08-07

はじめに

2016年7月22日にポケモンGOが日本で配信され、以前は人がまだらな公園に人があふれるようになるほどポケモンGOが流行っています。
ポケモンGOを作成しナイアンテック社を創業したジョン・ハンケ氏とはどのような人物なのでしょうか。
もともとGoogleアースや Googleマップ、ストリートビューなどを含むGoogle Geoチームを統括する副社長を歴任していた程の人物であり、イングレスやポケモンGOの人気アプリのリリースによりインタビュー記事も多くみられるので、まとめたいと思います。

2016/09/28に「「Pokémon GO」が生まれるまでの物語、ナイアンティックとポケモンに聞く」が公開されたため、情報を追記しました。

ジョン・ハンケ氏にまつわる年表

年齢 出来事
1967 0歳 テキサス州クロス・プレインズで生まれる
1968~ 1~5才 テキサス州クロス・プレインズという、信号が1つしかない人口1,000人の田舎町で育った。幼少の頃からゲーム好きであった。
1973~ 6~10才 普通のアメリカの子供のようにバスケットボールをしたり、バンドを組んでおり、将来の農家の候補者として牛の世話をしていた。
1978~ 11才~ 唯一ほかの子供と違ったのが、数学の先生が1977年12月発売の「TRS-80」を購入したことで、それを見て夢中になったことです。そこからプログラムを書いたりゲームをつくっていたりし始めました。
1980~ 13才~ 1979年11月発売のアタリ400とアタリ800を使って自分でプログラミングを習得した。ゲームのカートリッジが高くて買えないし両親もお金を出してくれません。それなら自分でゲームをつくろうと結果的に自分で色んなものをつくり上げる能力が身についた。
1982~ 15才~ 1982年にウィリアムスが発売したアーケードゲーム「ロボトロン2084」という周囲から敵が迫ってくるのを撃つシューティングゲームをもっとシンプルにしたようなものを、初めてゲームとして作成した。
動画:Let's Compare ( Robotron ) REMAKE
1985 18才 クロスプレーンズ高校を卒業し、テキサス州オースティン大学に入学
1986~ 19才~ 1985年に任天堂が発売したスーパーマリオブラザーズに似たようなアクションゲーム「Climber」をBASICや類似した言語で作り、雑誌社に当時200ドルで売却した。
1989 22歳 テキサス州オースティンの大学から学士号を得る。
1990~ 23歳~ ミャンマー&インドネシアで米国務省の仕事をしていた。
1994 27歳 カリフォルニア大学バークレー校に入学する。
1995 28歳 以前からゲーム会社の設立を夢見ており、同級生が立ち上げた「Archetype Interactive」というゲーム会社に参画、最初の3DグラフィックによるMMORPG(多人数同時参加型オンラインゲーム)とされている「Meridian 59」を開発する。1995年12月15日に初期版のオンラインが開始される。
動画:Meridian 59 (1996) - Official Trailer
1996 29歳 カリフォルニア大学バークレー校でMBA(経営学修士)を取得する。
1996年6月に会社が「3DO」によって買収
1996年9月27日に「Meridian 59」が月額定額で商業リリースした。3DOにてプロデューサーとなる。
1998 31歳 ゲーム会社「Big Network」を共同で設立し、COOとなる。
2000 33歳 「Big Network」が「eUniverse」によって買収
航空写真と地図をリンクする方法を考え出す。
2001 34歳 地球上のあらゆる場所の衛星画像を閲覧できるソフトを提供する「Keyhole」を創業し最高経営責任者(CEO)となる。
2004 37歳 Googleのエリック・シュミットやセルゲイ・ブリンらと面談。Keyholeのソフトを使い、部屋に居た全員の自宅の庭をズームしてみせた。
「Keyhole」がIPO直後の「Google」によって買収(3,500万ドル)
2005 38歳 Google Geoチームの責任者となる。2005年2月Googleマップ、2005年6月Googleアースを公開する。
2005年8月末に大型のハリケーン・カトリーナが米国南東部を襲ったとき、休日返上、徹夜で被害のあった地域のグーグルマップを最新版に更新した。「グーグルマップが最新の状況を反映してくれたおかげで、人々を救うことができた。ありがとう」と会社の留守電にはレスキュー隊から感謝の言葉が録音されていたという。この経験を通じ、「自分たちの仕事は単なるお金儲けではなく、本当に世界に貢献できるのだと考えるようになりました」と語った。当初数か月でグーグルを辞めるつもりでいたが、結果的には10年以上在籍することになる。
2007 40歳 スティーブ・ジョブスを説き伏せて2007年6月29日発売の初代iPhoneにグーグルマップを搭載させることに成功
2007年5月にGoogleストリートビューを公開する。
2009 42歳 Google Geoチームを統括する副社長となる。
2010 43歳 ゲームに対する情熱が再熱。地図とゲームを組み合わせた位置情報ゲームを開発したいと退職を願い出た。しかし、ラリー・ペイジに慰留され、社内で秘密のゲーム会社「ナイアンティック・ラボ(Niantic Labs)」(1849年のゴールドラッシュ時に工夫たちをベイエリアまで運んだ船の名前)を立ち上げる。
2012 45歳 2012年9月に最初のサービスである近隣の興味深い場所を探すフリーの Android アプリである「Field Trip」をリリースする。2012年11月に最初の位置情報ゲーム「Ingress」のAndroid版を招待制でベータ版の運用を開始する。
2013 46歳 ポケモン社CEOの石原恒和さんが「Ingress」に夢中になり、Nianticと一緒にポケモンとしての新しい遊びがつくれるのではないかと考え、2013年にプロジェクトを発足
2013年10月に誰でも参加可能のオープンベータに移行し、12月15日に「Ingress」の正式運用を開始する。
2014 47歳 多くのユーザーを獲得するため、有名キャラクターを使うことを考えます。時同じくハンケ氏とは全く違う理由からGoogleマップの時の部下である野村達雄さんがエイプリルフール企画で有名キャラクターであるポケモンを使おうと考えていました。野村さんは友人を通じてポケモン社とコンタクトをとります(ポケモン社はグーグル東京と同じ六本木ヒルズ内にありました)
2014年4月1日エイプリルフール企画(企画・開発担当:野村達雄さん)「Google Mapsアプリの中でモンスターを捕まえるゲームをプレイして、たくさん捕まえた人はGoogleに「Pokemon Master」という役職で採用されるかも?」を公開(動画:Google Maps: Pokémon Challenge)
2014年5月にポケモン社CEOの石原恒和との商談を行う。
2014年6月にナイアンティックとポケモン初のミーティング、開発で合意
2014年7月23日に「Ingress」のiOS版をリリースする。
2014年夏に「Pokémon GO(ポケモンGO)」の開発に着手(ゲーム収益は、ナイアンティック、ポケモン社、任天堂の3社で分配することで合意)
2014年10月に野村達雄さん、Pokémon GOの開発主担当に
2014年11月に「Pokémon GO」開発で正式契約
2014年11月28日に第18回文化庁メディア芸術祭のエンターテインメント部門の大賞に「Ingress」が選ばれる。
2015 48歳 2015年3月頃に「Pokémon GO」予告映像制作開始
2015年春頃にナイアンティック独立の方針固める
2015年7月11日に任天堂社長の岩田聡さんが胆管腫瘍により55歳で逝去
2015年8月にGoogleから独立する。
2015年9月10日にポケモン社の新プロジェクト「Pokémon GO」の参加を表明
2015年9月17日に2015年度ゲームデザイナーズ大賞のゲームデザイナーズ大賞に「Ingress」が選ばれる。
2015年10月に元部下でGoogleグループプロダクトマネージャー(Googleマップのストリートビュー統括)の河合敬一さんがナイアンティックに
2015年10月15日に任天堂・ポケモン・グーグルの3社が最大3000万ドル(約36億円)を出資することで合意する。
2016 49歳 2016年2月26日にフジテレビなどが500万ドル(約6億円)の出資を発表。
2016年3月29日に「Pokémon GO」のフィールドテストを開始する。2016年6月に日本で「Pokémon GO」プレス体験ツアー
2016年7月6日に「Pokémon GO」をアメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、7月14日、16日に欧州、7月22日に日本で配信により、全世界を巻き込んで一代ムーブメントを引き起こしている。
2017 50歳 2017年7月19日に野村 達雄氏が「ど田舎うまれ、ポケモンGOをつくる」を出版。
2017年11月25日にジョン・ハンケ氏が「世界をめぐる冒険 グーグルアースからイングレス、そしてポケモンGOへ」を出版。
2017年11月24~26日に鳥取県が「Pokémon GO」のコラボレーションイベントを鳥取砂丘などで開催し、砂丘に延べ8万7000人程が訪れるなど大盛況だった。
2018 51歳 2018年6月28日「Niantic リアルワールドプラットフォーム」を発表。
2018年10月17日TVアニメ「イングレス」の放送開始。
2019 52歳 2019年5月29日のポケモン事業戦略発表会2019にて、「睡眠をエンターテイメントにするアプリ”とのコンセプトの新作アプリ『Pokemon Sleep』を発表、2020年配信予定とされた。※2023年2月時点で未だに未配信
2020 53歳 2021年7月25日、26日に「ポケモンGO Fest 2020」をバーチャル開催(新型コロナウイルス感染拡大防止のため)、チケットの売り上げから500万ドル(約5億4,600万円)以上をBlack Lives Matter運動の支援のために寄付。
2020年9月1日に5Gを活用したAR体験の在り方を定義・推進する「Niantic Planet-Scale AR Alliance」を設立
2021 54歳 2021年8月にジョン・ハンケCEOが「リアルメタバース」というものを宣言
2021年7月17日、18日に「ポケモンGO Fest 2021」を開催。また、「ポケモンGO」は過去5年間で50億ドル(約550億円)に到達したと試算されている。
2021年11月1日にピクミンを連れて歩くスマホアプリ「Pikmin Bloom」の国内配信を開始
2021年11月に誰でも手軽にAR(拡張現実)ゲームやアプリを作成できるソフトウェアライブラリ群「Lightship ARDK」(AR開発キット)をリリース。同月に米投資ファンドCoatueから3億ドルを調達したと発表。評価額は90億ドルにのぼった。
2022 55歳 2022年5月にAR開発キット向けに、現実世界を拡張するうえで欠かせないVPS(ビジュアル・ポジショニング・システム)をリリース。
2022年9月に「Lightship VPS for Web」をリリース
2023 56歳 2023年上半期に「Peridot」をリリース予定、またアメコミの「マーベル」作品を題材とした新作「MARVEL World of Heroes」を2023年後半にリリース予定。関連記事

※年齢から年を求めたりPCやゲームの発売から逆算したりしているため間違っている可能性があります。

最後に

以前、「AlphaGoを作った天才デミス・ハサビスの経歴」の記事を書きましたが、両氏とも小さい頃からコンピューターゲームに興味を示し、自分でゲームを作りたいためにプログラムを独学で学んでいます。ゲーム会社を起業しているのも同じです。プログラムを学ぶ上でゲームを作成するのはモチベーションを保つ上でとてもいいですね。また、ゲームだけでなく両氏とも大学に行き成果を出しています。
特にジョン・ハンケ氏はあのスティーブ・ジョブスを説き伏せる交渉力を持つなどプロデューサーとしても高い能力を示しています。Keyhole社時代に能力が高いもののクセのある自社のエンジニア集団を統率することに悩んでいた際にフィル・ジャクソン氏の著書「シカゴ・ブルズ 勝利への意識革命」を読み、“禅”の考えを取り入れてマネジメント出来たことが活かされているようです。
ちなみにKeyhole社のエンジンア達は下記サイトによるとSilicon Graphics(SGI)から独立した方々だったようで、グラフィックに関する技術力は世界一だったと思われます。
参照:GoogleのKeyhole買収に見るシリコンバレーの栄枯盛衰

この際のマネジメント手法は「チーム一丸となるような高い目標や方向性を具体的に示し、部下を引っ張るのである。」である。
日本的な禅の考えが活かされていることは日本人として嬉しく思います。

参照

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