はじめに
私は、国内のソフトウェアベンダーに12年所属し、そのうち5年間、企業向けミドルウェアパッケージのプロダクトマーネジメントを行うチームのリーダーを担当していました。そのミドルウェアは、リリース後15年経った国内でもそれなりのシェアを持つプロダクトで、製品開発も安定し、円熟期にあるプロダクトでした。それと同時に、最後の1年間では、親会社に半分出向し、また別のIoT関連の新製品の立ち上げをリーダーとして担当しました。こちらの製品は、非常に歴史のあるプロダクトをベースに、その強みを新しい分野に活かしたイノベイティブな製品でした。偶然この状況は生まれたのですが、結果的に最後の一年間は、同時に2つの異なる性質を持つ製品のマネジメントを行うという非常に稀な経験を得ることができました。
この度、会社を退職することになり、またしばらくはプロダクトマネジメントに関わることもなさそうなので、前職での貴重な経験を忘れないよう体系的にまとめてみようと思い、今回筆をとりました。
ですので、このエントリは、日本で開発を行なっているソフトウェアベンダーにおいて、私の経験の中で考えたこと、感じたこと、また、様々な人にもらった貴重なアドバイスを元に、自分なりに考えをまとめたものです。広く様々な分野のプロダクトベンダーで活用されることを目的にまとめたものではなく、ましてや教示をするために記載しているものではない点をご了承ください。
プロダクトマネージャーは必要か
プロダクトマネジメントとは何かを定義する前に、プロダクトマネージャーという職掌は必要かを考えてみたいと思います。昨今、特にソフトウェアの分野において、プロダクトマネージャーの必要性が叫ばれています。その中でも常に改善を求められるWebサービスやゲーム業界では必要不可欠な存在とまで言われることも少なくありません。しかし、おそらくそういった意見をお持ちの方の大半は、今現状のプロダクトマネジメントに不満があり、改善をしたいと思われているからそのような発言をされているように私は感じています。
しかし、本当にプロダクトマネージャーがいなければプロダクトの成功はありないでしょうか。プロダクトの成功にはプロダクトマネージャーの努力は必要不可欠でしょうか。私はそうとは言い切れないと感じています。現にいくつかのプロダクトでは、プロダクトマネージャーという役割がなくても、十分な成功を収めています。
では、プロダクトマネージャーがいないプロダクトでも、成功するプロダクトと失敗するプロダクトがあるのは何故でしょうか。それは、大抵の成功しているプロダクトでは、プロダクトマネージャーという役割がいなくても、誰かが代わりにプロダクトのマネジメントをうまく行なっているからではないでしょうか。CTOなのか、開発部長なのか、はたまた社運をかけたようなプロダクトの場合は社長自らなのか。プロダクトに関わる人のうちの誰かが、自分の役割を超えてプロダクトの管理をしている。もしくは、その代わりは一人ではないかもしれません。複数のステークホルダーが円滑にコミュニケーションをし、効率的に役割分担をしている場合もあるかと思います。
つまり、必要なことはプロダクトマネジメントであって、プロダクトマネージャーという役割ではないということです。プロダクトマネジメントがうまくいっていれば、特段プロダクトマネージャーは必要ありません。反対にプロダクトマネジメントがうまくいっていないからといって、やみくもにプロダクトマネージャーという役割を設けてもうまくいかないでしょう。プロダクトマネージャーをまるで銀の弾丸のように考えるのはナンセンスです。必要なことはプロダクトマネジメントを正しく遂行することで、プロダクトマネージャーそのものの存在ではないということです。
誰がプロダクトマネジメントをすべきか
それでは、どのような人がプロダクトマネジメントをすべきでしょうか。やはりプロダクトを管理するのですから、素直に考えると、その製品の細かい機能や挙動を理解できている製品開発エンジニアが良さそうに感じます。多くの企業では、開発エンジニアが兼任していることが多いと思います。しかし開発エンジニアでなければいけないでしょうか?これも必ずしもそうではないと思います。実は、私は開発エンジニアではありません。ある程度ソースコードを読むことができるくらいのスキルはありますが、製品の開発部隊に所属したことはありません。そのような私でも、一応プロダクトマネジメントの真似事はできました。
つまり、開発エンジニアという「役割」が重要なのではなく、広い視野を持てる「能力」の方が重要ということです。プロダクトに関わるステークホルダーの全体像を理解し、それぞれの視点から物事を考えられる能力が必要です。ステークホルダーには顧客も含まれます。顧客がどのような視点を持っているか、想像できる必要があります。そのため、能力があれば、営業だってプロダクトマネージャーになれると思います。
人材としては、どちらかというと1つの知識に長けたスペシャリストよりも、満遍なく知識があるジェネラリストの方があっていると思います。
スクラムのプロダクトオーナーとの違い
昨今、スクラムで開発を行なっている企業も多くなってきていると思います。私の担当した製品でもスクラムでチーム形成を行い、開発を行なっていました。スクラムでは、プロダクトオーナーという役割があります。スクラムで開発されたことのある方であれば、このスクラムのプロダクトオーナーという役割と、プロダクトマネージャーという役割に違いがあるのか、疑問に持たれているのではないでしょうか?
私も製品を担当した際に考えたのですが、こと日本の製品開発においては、同一視しない方がよいと考えています。私の今のところの解釈は、プロダクトオーナーの役割はプロダクトマネージャーの業務に含まれるというものですが、シーンや各人の能力によっては、別々にした方がうまくいくシーンもあると思っています。日本の製品開発では、開発チームが顧客とコミュニケーションをとるシーンが極端に少ない場合が多く、そのため、外部と積極的コミュニケーションをとるプロダクトマネージャーと内部コミュニケーションに責任を持つプロダクトオーナーとで役割をわけた方がうまくいくケースが多いように感じています。
もちろん、一人の担当者が兼任できるのであれば、担当しても構わないと思います。
プロダクトマネジメントの定義
それではようやくプロダクトマネジメントの考え方を書いていきたいと思います。まず、プロダクトマネジメントの定義に関して。プロダクトマネジメントとは何でしょうか?また、それを任されるプロダクトマネージャーとはどういった役割でしょうか。昨今プロダクトマネージャーの役割としてよく以下のような話をされるのことが多いように感じます。
- プロダクトの売上、人員の全責任を負う
- 製品を統括するトップ。会社で言えばCEO的立場
- プロダクトの全機能を管理し、今後のプロダクト機能に全責任を持つ
しかし、この考え方は本質をとらえそこねているように思います。
IDEOのビジネスデザイナーが投稿したブログの翻訳が以下に掲載されています。
私の大好きな記事です。ここにその辺りの話がしっかり書いてあります。
[IDEOの女性ビジネスデザイナーが語る、誰も教えてくれないプロダクトマネージャーの本当の役割【寄稿]](http://thebridge.jp/2016/01/ideo-rohini-vibha-on-being-a-product-manager)
先ほど記載したとおり、プロダクトマネージャーは銀の弾丸ではありません。まるで事業全体をエキサイティングに変革してくれる救世主のように考えている人を稀にみますが、そのような人材はそうそういません。また、そのような人材がもしいるのであれば、また違った役割を考えた方がいいかもしれません。プロダクトマネジメントはなかなかの手間のかかる仕事なので。
おそらく一般的な企業では、製品を事業として管理している事業部長がおり、製品開発部隊を管理している開発責任者がおり、会社全体を引っ張っているCEOがいるはずです。プロダクトマネージャーはそのような役割の人たち全員の代わりではありません。
では、プロダクトマネージャーとは何者でしょうか?何をすればよいのでしょうか?私は以下のように定義していました。
プロダクトやサービスの社会的有用性を最大化する
「社会的有用性」という言葉はこういう文脈ではあまり使わないかもしれません。無理やり使っている感じもしますが、要はプロダクトやサービスが世間一般的に有用で有益であると思われるように努力をする。またする人。これがプロダクトマネジメント/プロダクトマネージャーの役割だと考えています。
長くなってしまったので、続きは第2回へ。