VRと年齢制限について

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1. はじめに

OcuFes 開発者会&OcuFesの終わった夜,早稲田さんからツイート来ました.

うーん,僕は眼科系はまったく素人だけれど,90年代初頭の第1次VRブームのころ,VR酔いの問題を最も早く真剣に討議されたところは,自分の専門である人間工学なので,これはまず調べなければならない..

この総務省で出した報告書が,世界でも多分もっとも最新,これまでのガイドラインも参照し,なおかつ幅広い専門家が討議した内容だとおもいます.眼科,視力矯正の先生方が参加されているところがあまり類のないすばらしい点です.

まずはここから.

総務省,3D テレビに関する検討会,3D テレビに関する検討会 最終報告書
(座長:畑田 豊彦 東京工芸大学 名誉教授・ 東京眼鏡専門学校校長)
2012 年 10 月
http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/02tsushin04_03000107.html

この報告書の参考資料にある,こんなコンテンツは酔いやすいから気をつけようというガイドライン的なものが,これまで私を含む人間工学関係者,TV関係の方がなじみがありました.
ISO TC 159/SC4が,人間工学での国際的な動きとしてはもっとも長い経緯があり,日本の先生方,特に産業技術総合研究所の先生方の活発なコミットがされてきています.
産総研 氏家先生による解説 
3D生体影響に関するISO国際ガイドライン
http://www.3dc.gr.jp/jp/act_rep/090917/ujike_090917.pdf

一方,2010年代に入ってクローズアップされているのは,年齢制限.何歳以下の小児には3D映像を見せないほうがいい,不可逆的悪影響が懸念されるという眼科的な問題です.
総務省の報告書では18ページから.
立体視が出来てくるのは視覚発達の中でも遅く,6歳ぐらいまではまだ発達が完了していない.調節性内斜視などの要因を持っている小児では,特に注意するべきだというトピックです.6歳以下は注意というガイドラインの根拠はこの問題からのようです.

この報告書には,具体的な症例が記されていませんが,日本眼科医会が出した
“国民の眼を守るために 映画、テレビ、ゲーム機で急速に普及!3D映像と上手につきあっていくには?~3D映像の楽しみ方と視機能への影響~(日本眼科医会報道用資料より)”
と題された資料の最後,大阪大学医学部,不二門 尚先生のスライドをご覧ください.
http://www.gankaikai.or.jp/info/20111015_3D.pdf
“遠視があって1歳頃より斜視になる調節性内斜視では、感受性期は6歳位まで続きま す。”とあります.
その後のスライドは,ちょっとショッキングで,赤青メガネをかけて観る,昔の3D映画で映画の後に急に内斜視になったお子さんの写真があり,この子は手術を受けることでしか治らなかったとあります.その次の,"3D映像のガイドライン作成の歴史"というスライドも必見.
不二門先生は,だからといって3D映像が小児に危険だから禁止,という立場はとっておられません.斜視の素因がないかどうか,眼科医に相談されることを勧める,とマイルドな書き方をされておられます.

この症例についての詳しい論文はこちらです.Open Accessです.
筑田 昌一, 村井 保一, (1988). 立体映画を見て顕性になった内斜視の一症例. 日本視能訓練士協会誌, 16, 69–72.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jorthoptic1977/16/0/16_0_69/_article/cited-by/-char/ja/
筑田先生,村井先生の考える発症メカニズムとしては,
“本症例の発生原因は, 立体映画を見たという以外,は っきりしないが,眼球運動のフィードバックコントロールのネットワーク上のどこかに障害が生じたのではないかと考えられる. (中略) 元来,融像力がそう強くなかったところへ,立体映画を見る為に,左右眼分離の状態で立体視をしようと努力し緊張を強いられた,そして,このネットワーク上に何らかの異常が生じ,フィードバックコントロールの機序がくずれ,それがきっかけとなって斜視が発症したのではないかと推測される”

3D画像視聴の注意点について,不二門先生がNursing Business (2012) Vol.6 No.3にお書きになられた"3D映像視聴時の症例と留意点"という記事がすごく短くまとまっています.
(残念ながら,Medical Onlineに契約していないと読めないです)
簡単にまとめますと,
・(Oculus諸賢はすでにご存知のように)ピント合わせである“調節”はスクリーンに合っているのに対し,寄り目の角度である“輻輳”の角度は様々に変わることが,眼精疲労の原因の一つ
・3D映像を正常な視覚の成人118名(平均年齢27歳)に4時間(間に10分休憩)見てもらう.直後と30分後に瞳孔径,屈折,眼位を計測.屈折度は近視化,瞳孔径縮小,5m眼位は内斜.30分後にはこれらの効果は消失.ゆえに正常視覚者には,2時間に1回の休憩で大きな問題はないのでは?
(ご参照:眼位計測
・飛び出す3D画像は輻輳が強く,注意が必要
・生まれた時から斜視がある,乳児内斜視の人は立体視が弱い.人口の1%はおられる.ハンディキャップにならないように配慮が必要
・1歳以降に発症する調節性内斜視では,7歳ぐらいまで発達過程にあり,斜視が誘発される危険がある.
・上にのべた3D映画を見た後に急性内斜視を発症したお子さんは4歳11か月のとき.経過観察しても元に戻らないので,3ヶ月に手術.立体視も正常に回復.
・これが6歳以下には3D映像の視聴には注意,の根拠
・正常の視覚がある成人においても,疲れたときに物が二重に見える人は,眼球の斜位が起きている.集中して見ている時は正位だが,疲れて集中していないときに斜位が起きている.このような人は斜視になりやすいので,注意が必要(長時間みない,休むこと)

なるほど,これが6歳以下注意ということですね.
輻輳不全のある場合,アトラクション系飛び出し3D画像には注意すべきという点,Oculusでの画像は,大面積の飛び出し系はあまり無いので,危険は少ないのじゃないかなあ.
(お急ぎの方はここまででおk)

2.もうすこし詳しく

不二門 尚,小児の両眼視と3D, 日本視能訓練士協会誌, Vol. 41 (2012) p. 19-25
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jorthoptic/41/0/41_041S001/_article/-char/ja/
こちらの論文はJ-stageでOpen Access.
この論文は上のNursing Businessの論文の,さらに詳しい内容ですが,興味深いのは,
"眼精疲労を起こしやすい、輻湊不全の人にとっては奥行方向中心の 3D 映像が望ましいが、 立体視の弱い人にとっては飛び出し映像が強調された3D映像でないと立体的に見えないという問題点がある。"

江本 正喜,3D映像による生体影響とガイドライン,日本視能訓練士協会誌
Vol. 41 (2012) p. 27-37
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jorthoptic/41/0/41_041S002/_article/-char/ja/
こちらもOpen Accessです
小児では,眼球間距離が小さいので,大人よりも視差が大きくなってしまうことに注意とのこと.IPDを調節できるようにハードウエアがなんとかならんか,というのはよく議論されていますね.

リスクがあるのは小児だけか?というと,大人も発症の記録がありました.
橋本ほか,3D映画鑑賞後,内斜視を発症した1例,あたらしい眼科,28(9), (2011)
http://www.atagan.jp/article/20110931.htm
58歳男性,時間が経つと治っています.
“右眼は円錐角膜があり,もともと弱視であった点,また,左眼は人工水晶体眼でありf調節が働きにくい点が急性内斜視発症の要因として重要と思われる.”
また,著者は,映画館で真っ暗な中で注視しつづけることも遠因かと述べています.

仁科ほか,3D立体映像の視聴に関する実態調査 : 多施設共同研究,日本眼科学会雑誌,117(12), 971-982, 2013
http://journal.nichigan.or.jp/Disp?style=abst&vol=117&year=2013&mag=0&number=12&start=971

仁科先生と大勢の先生によるこの論文を読むと,斜視であるけれども立体視が出来る例も相当に多い.斜視だから体験お断り,と言うのは,体験したい方の権利をないがしろにしてしまう部分もあり,とても言えない.
僕はこの論文にとても重い意義があると思っています.それについてはまた後で.

3."13歳未満注意"はどこから出て来た?

Oculus開発者会の前日夜でしたか,Oculus SDK & Driver 0.4.3がリリースされ,性能アップに喜んだと同時に,冒頭で出る注意書きも,13歳未満は注意と年齢が引き上げられました.
きゅーこんさんのご努力で訳が上がっています.

6歳以下注意は,上にあげた多くの資料にあるように,立体視のメカニズムが出来上がりきらないお子様がいるだろう,という発達過程での根拠がありますが,この13歳という根拠はどこから?と私もOculus諸賢も不思議でした.

@faifxさんから,以下の情報を頂きました

25年ぶりに,フランス語の文献を読むはめになりました.
13歳である理由は,文中に直接は,ほぼ出てきません.Saccadeと遠近調節,vergenceの3つの協調が完成するのが13歳ごろ,とFig.1にはあるのですけれど.
フランス語自信ないので,原文とgoogle英文翻訳を以下に.

de ne pas exposer les enfants de moins 6 ans aux technologies 3D (à l'exception des méthodes thérapeutiques sous contrôle médical)
英訳
not to expose children under 6 years of 3D technologies (excluding therapeutic methods under medical supervision)

de limiter l'exposition des moins de 13 ans et d'etre attentif aux éventuels symptômes induits
英訳
limit exposure of less than 13 years and to be alert to potential induced symptoms

Par ailleurs, le CES incite a sensibiliser les professionnels medicaux et paramedicaux de la petite enfance et les ophtalmologistes sur les méchanismes mis en jeu lors de la visualisation d'interfaces 3Ds, afin qu'ils puissent informer les parents su les symptomes et risques potentiels.
英訳
Furthermore, the CES has encouraged educate medical professionals and paramedical infancy and ophthalmologists on servo-mechanisms involved during viewing 3Ds interfaces, so that they can inform parents knew the symptoms and potential risks.
(このCESというのは,専門家委員会のこと)
懸念材料は眼球運動制御の発達についてらしい.が,具体的にどうなんだということが書いていない.専門家は,保護者にリスクがあることは周知しておくこと,という言い方にとどまっています.

ANSES report, 13歳まで"控えめに"の話は,どうやらStein & Kapoulaのこの本によっています.(というのは,このレポート,巻末の参考文献リストに抜けが多く,文中にちらちら乗っているのを拾うと.)
Stein, J. and Kapoula, Z., Visual Aspects of Dyslexia, (2012), Oxford Univ. Press, Oxford.
http://ukcatalogue.oup.com/product/9780199589814.do
ということでイギリスから新古本を買いました.

Zoï Kapoula, Movements of the Eyes in Three-Dimensional Space: Deficits of Vergence and Binocular Coordination in Dyslexia, (in) Visual Aspects of Dyslexia (2012)
48ページ,ディスレキシアではない子供の,両眼輻輳協調制御の発達という節.
Fioravanti, F. et al. (1995). Saccadic eye movement conjugation in children, Vision Research, 35, 3217-28.が,最初に小児の両眼サッケードをしらべ,輻輳が完全でないことを報告.

Yang & Kapoula (2003). Binocular coordination of saccade at far and at near in children and in adults, Journal of Vision, 3, 554-61.は,20度の水平方向サッケードを必要とする視覚刺激を,眼から20cmのところと150cmのところに設置.輻輳角は,20cmの時,17度,150cmのとき,2度となる.150cmのときには,7〜8歳で,大人とほぼ同じサッケードの移動量(角度/秒).ところが,20cmのときには,11〜12歳にならないと大人と同様のサッケード移動量にならない.
また,両眼の移動量は,大人でも全く同じにはならないが,子供の場合,その差が大きい.これは学習によって発達するのではないかというのが著者の説.本や文書を読む場合,眼から対象が近いので,それがトレーニングとなる(ということは,子供が長時間読書が辛いというのはこれが原因かもしれないなと,私は思いました)

この節はディスレキシアの人,特に子供は,なにかしら眼球運動制御が違うのではないかというのを調べた内容なので,以下,ディスレキシアとそうでない子供の測定結果の比較が続きます.また,この本そのものがタイトル通り,ディスレキシアの人の視覚運動制御や,脳内処理の仮説についてを扱っている本ですので,立体視についてそれが3D映像視聴にどう影響するかは論じられていません.

弱い三段論法ですが,
ディスレキシアやディスレキシックな人は7〜8%はいる(日本語の場合,非常に特殊で,ひらがなだと,1%以下で,世界で最も少ないことになる.一方,漢字だと6〜8%は該当する)
これらの人は,眼球運動制御が弱い割合が高い(ただどのくらい弱いか,何%の人がそうかは,まだまだ研究足りない)
なので,眼球運動制御が弱い人は数%はいるだろう
という推測になると思います.

以上のことから13歳未満は控えめにというのは,眼球運動制御の発達を考えてのことだと思われます.ならば,急なサッケードが必要な,広い視野を探索させるようなコンテンツにしなければいいのではないか,輻輳制御をあまりさせないほうがいいのなら,単眼視にすればいいのではないでしょうか.

私見ですが,13歳未満にはVRを体験させない,というよりは,
眼球運動制御が弱く,立体視がしにくい人にも,
なるべく楽しさを味わっていただきたい,寂しい思いをさせない
ということを考えたほうがはるかに生産的だと思います.

4.むしろ,立体視が出来ない人の差別にならないように気を配るべきでは

12月11日の,私のツイートをまとめます.
ーーーーーーーーーー
今朝は朝っぱらから,VRの年齢制限について,面白い議論をしたので忘れないうちにメモ.1.立体視が出来ない人を差別することが間違っても無いように.実生活では不便を感じていないにも関わらず,色弱の人は長い間,就職などでいわれなき差別を受けて来た.最近ようやく,本人が困ってなきゃ問題ないんじゃないのという認識が一般的になり,就職に対する差別はほぼ無くなって来た.

色弱の方々の長年の苦労を,ここで繰り返してはならないというのが.議論の第1のトピック.日常生活では何ら問題がないが両眼輻輳が苦手な人というのは,一定の数あるようで特に飛び出し方向が苦手な人は多い(不二門 (2012). 小児の両眼視と3D. 日本視能訓練士協会誌, 41, 1–7)

あなたは立体視できないからダメです,ではなく,ハコスコなどの単眼視デバイスなどと併用して,“経験ができなかった”という悔しさが残らないように努力する必要がある.

いまのOculus諸賢だと,この点について気配りが行き届いた方ばかりなので心配は無い.心配なのは,電子黒板等,IT化に積極的な教育現場で,VRの教育への応用について興味津々であろう.ここで間違っても差別的な認識をさせてはならない.教員に対して,じゅうじゅう事前教育をする必要がある.

たしかに,VRの教育応用への期待は大きく,この論文誌はまるまる特集号です.教育におけるVR, ARの応用について56本の論文.
Procedia Computer Science, 25, (2013) (Open Accessです)
2013 Int’ Conf. on Virtual and Augmented Reality in Education
http://www.sciencedirect.com/science/journal/18770509/25/supp/C

こちらはノルウェーとロシアのチーム.これもOpen Access.Oculus使ってます.
Increasing Immersiveness into a 3D Virtual World: Motion-tracking and Natural Navigation in vAcademia, IERI Procedia
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2212667814000264

また逆に,3D映像を使って,輻輳が苦手な人の機能訓練というのもある
半田知也,3D映像の現状と視機能検査・訓練応用,日本視能訓練士協会誌 (2012) ,41,45-52)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jorthoptic/41/0/41_041S004/_article/-char/ja/
(光トポによる計測,むしろ小児の立体視の困難について,3D画像を積極的に訓練に使おうという方向)

また,普段立体視があまりうまくできないが,3D映像を本人に合わせて調節することによって初めて立体視ができた!という例もある(仁科ら(2013),3D立体映像の視聴に関する実態調査 多施設共同研究, 日眼会誌,117,971-982)

我々の本業から言うと,高齢者のADL向上として,立体視の能力が落ちてくると,とうぜん転倒に影響がある.むしろトレーニングに積極的に活用できるものなら使いたい.
このあたりを,ガイドラインを作ったり,積極的に良い例を示したりする必要がある.急務.いまの企業やフェアでのOculus利用には不安が残る(繰り返すが,Oculus諸賢の分は心配を感じない.むしろリードして欲しい)

こんな方向もある.
小嶌ほか,失語症者に対するvirtual reality(VR)技術を用いた高次脳機能評価の試み: 言語聴覚研究: 9(2),80-88, 2012
http://medicalfinder.jp/doi/abs/10.11477/mf.6001100324#.VE4VmeXErbY.twitter
(買い物課題は,以前から認知症での日常生活動作の困難程度を見るのに使われている.ということは,逆に,トレーニングの可能性も充分にある)

その2.Nintendo 3DSの発売時には,相当に議論があったと思うが,その経緯を知りたい.6歳以上推奨,親の監督下,という制限がついていたと思うが,実際にはDSは3歳,4歳の子供が使うことは全然珍しくない.任天堂はその認識がないはずはなく,どういう落としどころだったのか.

その3.13歳以下はVRダメよ,では,次世代を作ってくれる若い世代が育たない.それは正しい.では,彼ら彼女らに,なにを感じて欲しいのか.もちろん彼ら彼女らが見つけていくものなのだが,どんな材料,どんな環境を与えたらいいのか.押しつけではなく.

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ハコスコ対応を簡便にするために,
Oculus用にUnityで作ったコンテンツでしたら,全球レンダリングしてムービー化するアセットを,@blkcatmanさんが既に公開されています.
http://blkcatman.net
http://blkcatman.net/?paged=2 ←その理論はこちら
https://www.assetstore.unity3d.com/en/#!/content/21979
https://www.youtube.com/watch?v=-Wj56cN4C6M&feature=youtu.be

これをうまく活用して,Oculus用とハコスコ用コンテンツが両方用意できれば,ベストですね.
飛び出す方向の立体視は,たまに使う飛び道具.
細かい探索を,広範囲にさせないようにコンテンツを作ることも肝要かと.
(DK2より実質解像度が下がるスマホ対応の意味でも)

このトピック,Oculus諸賢のご意見を継続的に頂きたく思います.
どうぞアイディアを御寄せください.
いつものタイムラインで,いつものようにお会いしましょう.

石原茂和

この投稿は Oculus Rift Advent Calendar 201420日目の記事です。