Geek Women の育ち方 ~時代とともに~

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GeekWomenJapan Advent Calendar 2016 16 日目 の記事 にして、初投稿です。

生い立ち

幼少期から本とパズルと数字が大好きだった、数学科卒のバリ理系。
大学時代からニコリストでしたが、現在は時間が足りなくてお休み中。

パソコンは一式数十万円という高価なものだったので、学生時代は一般的なアナログ生活。
就職したらコンピュータ使うことになるから(IT 系に行くことは決めてました)、それから考えればいいや、と思っていました。
もちろんスマホもケータイもありません。

入社試験からして Geek だった気がする話

ギリギリバブル入社組です。

就活は 4 年になってから、という時代で、教育実習(6月中旬)後に就活が本格化しました。
当時六本木森ビルに入っていた Apple の見学には行きましたが、就職は躊躇。
受付の女性がリンゴマークの T シャツを着ていたことが印象的でした。

結局、本命 2 社の就職試験を受けました。
1 社は英語の成績(とたぶん女性であること)で不合格。
もう 1 社の面接でのエピソードです。

普通、面接では卒業論文や卒業研究についての質問があり、ホワイトボードを使いながら答えるとされていました。同期入社の友人たちもそのように言っていましたが、私の大学の数学科では論文も書かないし、研究もありません。学部レベルでは 100 年以上前の数学を学んでいたためです。
で、何を質問されたかと言うと、「ドラゴン・クエストはご存知ですか?」と。
若干ためらいつつも「はい」と答えます。

以下、次のような応答が続きました。
(面接官)「ドラゴン・クエスト IV はやっていますか?」 → (私)「はい」
(面接官)「終わりましたか?」 → (私)「はい」
(面接官)「どのくらいかかりましたか?」 → (私)「毎日やっていたわけではないのですが、二ヶ月くらいでしょうか...」

RPG は大好きで & 時間もあったので、DQ は II から、FF は全部やっていました。
とはいえ、採用面接でこの質問とは。

あとで気付いたことですが、それなりに規模の大きい会社(一部上場)でしたので、会社全体としての採用試験 + 部門(事業部門?)としての採用面接だったようです(面接官の半数は配属された部門の大先輩でした)。
新入社員教育の後で配属された部の先輩方はやはり DQ や FF をやっている方が多く、ダンジョンマップやら隠しアイテムやらの情報をたくさんいただいたのでした。
パソコン通信、ダイアルアップ接続の時代でしたが、情報はちゃんと集まるところに集まっていたのでした。

初めてのブラウザは Mosaic on UNIX だった話

配属されて初めて触ったコンピュータは、事務処理用にはいわゆる「端末」と呼ばれるもの、開発用には UNIX 機でした。
まだ 1 人 1 台(以上)の PC という時代ではありませんでしたが、さすがに開発部門は恵まれていて UNIX 機はほぼ専用のものでした。

当然、メールも一般的なものでなく、開発部門で先行して(好きな方々ががんばって)導入していました。
ネットもメールも、部門サーバは部門で管理していました。異動の度に(部門名が変わる度に)サブドメインを変更したりと、面倒なこともありましたが、自由度が高かったので快適な Geek の卵生活でした。
(ML の立ち上げや管理も自前でできましたし)

初めてのウェブブラウザは、当然のことながら Mosaic で、インターネットの持つ可能性にドキドキしたものでした。
静止画が出るだけでも感動モノ!
この時期に fj に触れ、現在まで続く友人たちとの出会いがありました。

OS と開発言語の話

スタートはピュア C でした。
C 言語 on UNIX、X-Windows + Motif。
"Hello, world." からのスタートでした。

SVR4 系の UNIX で、CISC も RISC も触りました。
その後、Solaris、IBM の AIX、HP、DEC...。
いろいろ触れましたが、それぞれ個性があって苦労もあったり。

脇道にそれてちょっとメディアの話。
端末で使っていたのは FDD でしたが、8 インチ、5 インチから 3.5 インチがやっと主流になるところでした。
PC でも 3.5 インチ FDD が主流で、CD はまだまだ。
UNIX では MT でもカセットテープでもなく、CGMT。dd コマンド駆使しましたっけ。
MO とか PD とか、寿命も短かったですね。

スタンドアローンのソフトウェアの開発から、クライアント & サーバ型のソフトウェアの開発に担当が変わり、新しいもの好きの上司の元、いわゆるオブジェクト指向型の開発を C + X-Windows + Motif でやったことはいい思い出です(恐らく無理もあったのですが、実践により身に付きました)。
システムにメール機能を組み込むための独自ライブラリを作り込んだりもしました(MIME の規格と格闘しつつ...)。

PC がパワーを持ち始め Windows OS がリリースされから、開発機も Windows PC になりました。
といっても 3.1 とかではなく NT 系です。
NT3.51、NT4.0 はいい OS でしたねぇ。
当時は OS やソフトも FDD でインストールしたのですが、10 枚以上の FDD を差し替えては [Enter] しました。
Windows 95, 98, SE, Me も開発用に使うことはなく、NT4.0 から Windows XP へ。超安定した XP とは長く付き合いました。Windows XP から Windows 7 で、現在に至っています。
VM で Linux を入れています。懐かしいコマンドたちも指が覚えているものですね。

Windows に移行してからは、Visual C++ や Visual Studio で VC++ へ。
といっても、C から移植した若干クセのあるライブラリもありました(プリミティブなものは、わざわざ VC++ 化はしませんでした)。
またもや新しいもの好きの上司により、クライアント & サーバ型から 3 層アーキテクチャへ移行し、CORBA をカジッたりしました。
これは MVC の考え方に通じるものがあり、現在でも役に立っている知識のひとつです。

よんどころない事情により新卒で入社した会社を退職しましたが、ものづくりに携わっていたいという思いが強く、Ruby や Python をかじりました。
そして新たな環境で Ruby on Rails をがっつり。
今は RoR で 2 つめの PJ におりますが、システムが異なるとアプローチが異なって面白いです。RoR を始めて 2 年以上経ちますが、まだまだ新たな発見もあり、日々得ることがあります。

テキストエディタの話

UNIX では vi と emacs でした。
vi は正規表現に強く、これは vim にもつながっているようです。
emacs はテキストファイルの編集というより、メーラ基盤として使っていました。

Windows 移行後は、かなり長いこと秀丸ユーザです(ちゃんと課金してますっ!)。
不便がなかった、というのが使い続けていた理由でした。
(Visual C++ のエディタはイマイチで、デバッグするときにしか使わなかった記憶が...)

Ruby on Rails で開発するようになってからは、Linux では懐かしさも漂う vim、Windows では Sublime Text に(恋はしなかったけど)。
Sublime Text をかなり便利に使っていましたが、現在は Atom です。現 PJ のリーダも新しいもの好きで、Rubocop などとの相性がよい Atom を PJ で推奨したのがきっかけでしたが、ストレスなく快適に使っておりまする。(巨大なファイルは Atom では開かないことにしていますので!)

終わりに

すっかり昔話になってしまいました。
IT 黎明期(+雇均法施行直後)から現在までこの業界にいて、ダイナミックな IT 技術の進化を体感していることは得難い経験だと思っています。

新しいもの好きの方々のおかげで、新しいことやものに臨むことができました。
Keep trying.
自分で限界を作らず、貪欲に「知りたい」と思い続けることが大切ですね。

こんな自分に興味をお持ちの方がいらっしゃれば、お声掛けくださいませ。

長文となり、失礼しました。